新大関・正代 これまで三役に定着できなかった“個人的な理由”
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話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は9月30日に大関昇進が決まった、大相撲・正代関にまつわるエピソードを取り上げる。
「謹んでお受けします。大関の名に恥じぬよう、至誠一貫(しせいいっかん)の精神で相撲道にまい進してまいります」(正代、30日の大関昇進伝達式にて)
日本相撲協会は9月30日、東京・両国国技館で大相撲11月場所(2020年は福岡ではなく、東京で開催)の番付編成会議と臨時理事会を開催。大相撲秋場所で初優勝を飾った関脇・正代の大関昇進を決めました。
新大関が誕生するのは今年(2020年)3月の朝乃山以来。大関昇進伝達式では毎回、使者に対して新大関が口上を述べるならわしになっています。正代は前日の29日、報道陣の電話取材に応じ、口上の内容について「四字熟語です。今後の自分の生き方に当てはまる言葉を、師匠や後援会の人たちと相談して決めました」と表明。というわけで、正代がどんな言葉を使うかが注目されていました。
大関伝達式での四字熟語というと、最初に話題になったのが、貴ノ花(横綱・2代目貴乃花)が使った「不撓不屈(ふとうふくつ)」です。続いて若ノ花(横綱・3代目若乃花)が「一意専心(いちいせんしん)」、貴ノ浪が「勇往邁進(ゆうおうまいしん)」と、旧藤島部屋勢が口上で相次いで四字熟語を使い、最近は減りましたが、一時トレンドのようになりました。
正代がどんな四字熟語を口にするかは、もちろん本番まで内緒でしたが「それは聞き慣れない熟語ですか?」という報道陣の問いに、「聞いたことがない人の方が多いかも」と返答。その「なかなか聞かない言葉」が、口上で語った「至誠一貫」でした。
正代によると、この「至誠一貫」は後援者に勧められた言葉だそうで、もとは中国の儒学者・孟子の言葉です。「最後まで誠意を貫き通す」「1つの方針や態度で、最後まで貫き通す」という意味で、「相撲道に誠実で貫き通す思いで決めました」と明かしました。
伝達式後の会見で「とりあえずホッとしています。じわじわ緊張感があって、眠りも浅かった」「(口上は)かまずに止まらずに言えたんで、まずまずです」とコメントした正代。これを聞いて思い出したのが、5年前に行われた正代の「関取昇進会見」です。
東農大2年のときに、学生横綱となった正代。アマチュアでの実績を引っさげ、2014年3月、春場所で初土俵。順当に実力を発揮し、2015年7月の名古屋場所後に新十両昇進が決定します。所要9場所での関取昇進はかなりのスピード出世でしたが、実はプレッシャーに弱いところがあり、その前の2場所(春場所・夏場所)で「勝てば関取昇進」という一番を落としていました。
この関取昇進会見の際、師匠・時津風親方(元前頭・時津海)と行った会見が、相撲ファンの間でちょっとした話題になりました。「緊張して、昨日の夜から寝付きが悪かった」……今回の大関伝達式と、まったく同じです。
そんな正代に、時津風親方は「こんなに緊張してたら、勝てるわけがない」とチクリ。「何をするにもマイナス思考。気が小っちゃくて弱気。負けたらどうしよう、ということばかり考えている」と、報道陣の前で苦言を呈したのです。
しかし正代は、そんな師匠の思いを知ってか知らずか、「十両で対戦してみたい力士は?」と言う質問に「全然ない。できればみんな当たりたくない」とマイナス思考全開で返答。親方に「バカじゃないの?」と呆れられました。
さらに「十両力士との対戦を想像すると緊張する。メシも食えない」と弱音を吐く正代に、親方は「そんなに緊張するなら、酒を飲んで行け!」とゲキを飛ばし、「漫才コンビみたいな師匠と弟子だな」と話題になったのです。
この会見以降「ネガティブ力士」という有り難くないニックネームまで付けられてしまった正代。この弱気な性格が、実力を認められながら、なかなか三役に定着できなかった理由でもあります。
ちなみに関取昇進会見で「憧れの力士は?」と聞かれて「誰もいない」と答えた正代。まさに「我が道を行く」タイプで、それは現在も変わっていません。今回の大関昇進会見でも、シコ名の「正代」(本名)について「珍しい苗字なんで、変えるつもりはないです」と宣言。そんなところからも、「至誠一貫」という言葉は実に正代らしいなあ、と思った次第です。
白鵬・鶴竜の両横綱もこのところ休場がちで、新たに「柱」となってくれる力士の登場が待たれる角界。正代も「いままで以上に負けられない地位。いろいろ責任が伴う地位なんで、精進して行けたら」と、大関の重みはしっかり自覚しています。ユニークな個性はそのままに、「ネガティブモード」は封印してもらって、相撲内容でも、観客を魅了する相撲を期待したいものです。