青山学院大学客員教授でキヤノングローバル戦略研究所主任研究員の峯村健司が1月23日、ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」に出演。CSISが公表した台湾有事のシミュレーションについて解説した。
アメリカの研究機関が台湾有事のシミュレーションを公表 ~日本の報道はピントがズレている
アメリカの有力シンクタンク・戦略国際問題研究所(CSIS)が1月9日、中国の台湾侵攻を想定した台湾有事のシミュレーション結果を公表した。想定した大半の条件下では、アメリカや日本の支援を受けた台湾が中国軍を撃退する一方で、「高い代償を伴う」と指摘した。
飯田)公表は9日ですから、2週間あまり前の話ですが、メディアやワイドショーなどでも取り上げられています。日本で報道されているのは「大きな代償を払うけれど、勝つ」というようなところですが。
峯村)勝つというところばかりがフォームアップされていますが、まったく違う。「ピントがズレている報道ばかりだな」というのが私の印象です。
シミュレーションの3つのポイント
峯村)今回、最大のポイントは大きく言うと3つあります。1つは、このゲームの前提条件がある「日本にある米軍基地を使える状況である」ということです。
飯田)日本の米軍基地を。
峯村)2つ目としては、米軍が台湾救援のためにきちんと参戦すること。3つ目は、米軍の参戦まで台湾が自力で領土を防衛することです。
台湾有事がリアルに起きたとき、空母を2隻失う前提で「台湾を助けるために参戦しろ」と大統領が本当に言えるのか ~シミュレーションでそう決断できる人はまずいないのが現状
峯村)そのなかでも、「米軍がしっかり参戦できるのか」が重要なポイントなのです。私は2013年にアメリカに行ってから、こうしたウォーゲームに参加しています。
飯田)そうなのですね。
峯村)「私が参加していたときと似たような評価だな」というのが私の印象です。なかでも今回のほとんどの勝ちシナリオで「アメリカの空母2隻を失う」という結果が出たことです。
飯田)アメリカの空母2隻を失う可能性。
峯村)空母を1隻建造するだけでも、1兆円と少し掛かります。乗組員は平時でも約5000人、有事ではさらに多くなります。2隻やられるということは、2兆円余りがパーになる。さらには、2万人以上の兵士が命を失うということです。
飯田)そうですね。
峯村)台湾有事のポイントは、こうした前提条件があっても、アメリカの大統領が「行け」と、「台湾を助けるために参戦しろ」と言えるかどうか。これがすべてなのです。
飯田)大統領が言うことができるのか。
峯村)私がこれまで参加したシナリオや、私自身が企画したシミュレーションなどでも、空母を派遣すると即決できる大統領にはお会いしたことがほぼありません。
飯田)シミュレーションでは大統領役をさまざまな人が担うと思いますが、決断できる人はまずいない。
峯村)そういうことですね。
リアルな世界では「空母が2隻やられてしまったね」では済まない
峯村)今回、なぜ米軍が参戦できたかと言うと、架空の世界だからです。シミュレーションでは、将棋やチェスのように地図上でコロコロと玉を動かしているので、「空母がやられてしまったね」で済むわけです。では「リアルな世界でそんなことができますか?」ということです。
飯田)リアルに有事が起きた場合、そんなことができるのか。
峯村)それが今回のシミュレーションにおける、最大のポイントだと思っています。
このシミュレーション結果を見て、中国は「アメリカは参戦してこない」と判断するはず
峯村)このシミュレーションを中国がどう見たかが重要です。もしも私が習近平国家主席だったら、「やはりアメリカの空母は2隻やられるのだな」と確信を持ちます。CSISは今回、24回のシミュレーションを行っており、準備を入れるとほぼ1年弱を費やしたようです。私の知り合いも何人も参加していますが、相当、お金と時間を掛けた精緻なシミュレーションです。
飯田)精緻なシミュレーション。
峯村)これをもってしても、やはりアメリカの空母は2隻失われる。さらには、駆逐艦なども400~500隻失う。その結果を見て、習近平氏は「アメリカは参戦してこない」と考えるはずです。今回のシミュレーションはそういう意味なのです。
飯田)なるほど。
峯村)以上が、対中国はどう見るかということです。
日本が中国の脅しに屈し、日本の米軍基地を米軍が使えない。また、米大統領が決断できずに参戦しない ~24のうちの負ける2パターン
峯村)では、対日本はどう見るのか。先ほど言った2つ目の前提条件である「日本の米軍基地が使用できるか」に着目するでしょう。中国から見れば、在日米軍基地を使用できないようにしたらいいのです。心理戦、法律戦など、さまざまな嫌がらせや圧力を掛ける。
飯田)中国が。
峯村)1つの脅しとして、日本に対し、「もし米軍基地をアメリカに使わせたら、日本人を100人捕まえるぞ」と。
飯田)中国にいる日本人を。
峯村)あとは、「核ミサイルを落とすぞ」と脅すこともありうる。そこで日本の総理大臣が「構わない。私の政治判断で米軍基地を自由に使ってくれ」と言えますか? ということです。そうした有事の際には「検討する」では済まされません。
飯田)即決しなくてはならないですから。
峯村)実は24パターンあるシミュレーションのうち、「2パターン」がポイントなのです。22パターンで勝っているのですが。
飯田)24のうち、22パターンで勝っているけれど。
「負ける」2パターンになる可能性が最も高い
峯村)負けている2パターンが問題です。負けている2パターンの1つが、日本が中国の脅しに屈してしまい、米軍が日本にある米軍基地を使えなかったパターンです。
飯田)米軍基地を使えない。
峯村)もう1つが、先ほど申し上げましたが、「やはり空母を2隻失ったらまずいよね」ということで、米軍が参戦しなかったパターンです。
飯田)大統領が「行け」と言えなくて。
峯村)台湾が単独で中国軍と戦い、ボロ負けしたと。この2つなのですが、これは24分の2ではありません。私はいままでいろいろな研究をしたり、シミュレーションに参加したりした結果、この2パターンになる可能性が最も高いと思っています。
戦争になるまでに、「どのような圧力や政治的な外交取り引きがあるのか」ということが台湾有事の肝
飯田)どちらかと言うと、安全保障や兵器の話よりは、政治ファクターですね。
峯村)その通り台湾有事は軍事よりも政治の問題なのです。先日、自衛隊OBの方々が行ったシミュレーションのようなものを見ました。正直に申し上げて、あまり現実的なシナリオとは言えません。
飯田)あり得ない。
峯村)米軍が中国軍とガチンコで戦うようなシナリオはわかりやすい。ノルマンディーの戦いような上陸作戦をやる方が華々しいでしょう。しかし、実際の台湾侵攻では中国軍はそうする可能性が高いとは言えません。
飯田)現実的ではない。
峯村)戦争になるまでに、中国からどのようなプレッシャーを受けるのか。どのような外交上の駆け引きをやるのかが、台湾有事の肝なのです。私があえて「台湾有事」という言葉を使うのは、台湾戦争でも台湾海峡戦争でも中台戦争でもなく、「有事」だからです。私が最初のころから「有事」と使っているのはそのためです。
中国がゴビ砂漠につくった精巧な「仮想・横須賀基地」 ~実際の横須賀基地と比べ
飯田)日本で言うと、米軍基地を抱える自治体等々の話になってきますね。
峯村)これは机上演習ですが、机上の空論ばかりでもいけないので、先週末、米軍横須賀基地を視察してきました。恥ずかしながら横須賀に行ったことがなかったものですから。
飯田)横須賀基地へ。
峯村)空母ロナルド・レーガンはまだ改修中でしたが、揚陸指揮艦のブルーリッジが帰ってきて、入れ替わりに別の自衛隊艦が出港するなど、目まぐるしく動いていました。日本の自衛隊の潜水艦も出航準備をしており、緊張感が漂っていました。
飯田)ここに第7艦隊の司令部があるわけですからね。
峯村)以前、取材したことがあるのですが、中国のゴビ砂漠に、まさに横須賀基地と同じ大きさ、同じ形の標的があるのです。横須賀基地の内部を見ると、その図のままなのです。中国軍がかなり上手く再現していたことを実感しました。
飯田)中国のつくった標的に。
峯村)衛星写真で爆撃したポイントを見ると、ガスタンクや司令部の跡などがありました。重ねて見ると「これか」とわかるくらいです。
飯田)標的を爆破した跡と重ねてみると。
峯村)当時の爆撃された映像を思い浮かべながら、実際の横須賀基地を見てみると、中国軍のミサイルの精度が上がっていることがわかりました。
米軍に日本の米軍基地を使わせない ~台湾は被害に遭わず、中国からは経済制裁を受け、日米同盟も崩れるという最悪のシナリオに
飯田)横須賀だけでなく、南西諸島にもいくつも米軍基地がありますが、そこを本当に使えるのかどうか。日米安保上は一応、「日本政府の承認が必要」と書かれています。しかし、そのプロセスをどうするかは、さまざまな密約があったのではないかと言われていますが、それくらい重要というか……。
峯村)重要というか、それが「すべて」だと思います。今回のCSISのレポートを見て、ある新聞社が「やはり日本は巻き込まれる」と報じていますが、巻き込まれるのではありません。日本そのものの話なのです。先ほどのシナリオの「日本が米軍基地を提供しない」というパターンで考えると……。
飯田)日本にある米軍基地を使わせないと。
峯村)台湾もどこも被害を受けず、日本だけが批判されて、中国からも圧力を掛けられ、経済制裁を受けてボロボロになる。アメリカからも「日本は何をやっているのだ」と言われ、日米同盟も壊れるという最悪のシナリオになる可能性があります。気付くと、「日本だけが戦わずして負ける」という結果です。これが最も蓋然性が高いシナリオだと私は考えています。
日本没落の決定打となる最悪のシナリオになり得る
飯田)日本が戦わずして負ける。
峯村)そうなった場合はどうなるのか。今回のCSISのシミュレーションの総括では、「アメリカは勝つかも知れないけれど、国力が弱まることにつながるかも知れない」というように書かれていました。日本もまさしくさらに弱体化することになるでしょう。
飯田)アメリカの国力が大きく弱まる。
峯村)日本も国を挙げて動かなくてはならないと思います。そうでないと、日本没落の決定打になるような最悪のシナリオにもなり得る話だと思います。
台湾有事は日本の危機
飯田)国際的にも、日米同盟もなくなってしまい、自分たちで守ることができなくなってしまう。
峯村)そういう意味では、台湾有事は日本の危機です。台湾が中国に併合されて、日本もボロボロになってしまったら、日本の末路はどうなるのか。そう考えると、一部の新聞の論調は危機感が足りないとしか思えません。
飯田)中国からすれば、日本は勝手に転がり込んでくるから。
峯村)そうなります。そもそも防衛的には、台湾を獲られてしまえば、南西諸島は実質、何も守れない状況になるのです。南西諸島は、片一方に鹿児島があり、もう一方に台湾があることによって、鎖のように強くなっている。しかし、片一方の台湾が獲られてしまったら、台湾というフックが取れて「ブラン」としてしまい、やられ放題になってしまいます。さらに、太平洋側からも攻撃にさらされるようになり、二正面で圧力を受ける。そういう最悪のシナリオです。
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