日産独自のハイブリッド「e-POWER」が意味するもの
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ニッポン放送報道部畑中デスクのニュースコラム「報道部畑中デスクの独り言」(第421回)
苦境にあえぐ日産自動車。新たな再建計画「RE:NISSAN」では人員削減や工場閉鎖の話題が注目されていますが、再建のカギを握るのは商品のクルマであることは論を俟ちません。

e-POWER専用車の「ノート」(前期型)
■無視してきたわけではない、日産ハイブリッドの歴史
日産の苦境は北米で人気を博すハイブリッド車(以下:HV)を投入できていないこと、中国で電気自動車(以下:EV)競争の苦戦が要因として挙げられています。ここにきて世界的なEVの伸び悩みも、EVに舵を切った日産にとっては追い打ちになっています。
日産はゴーン体制当時、HVを「つなぎの技術」と切り捨て、EVに注力したことは以前お伝えしましたが、これまでHVを無視してきたわけではありません。トヨタ自動車が初代プリウスを投入した3年後、「ティーノ」という乗用車でHVを100台限定で生産しました。また、2010年代にはフーガやスカイラインのFR(前エンジン・後輪駆動)車にもHVを投入していました。しかし、本格的な普及には至らず、日産のHVは「e-POWER」に収斂されます。
e-POWERは、エンジンが発電した電気でモーターを回す「シリーズ方式」と呼ばれるHVの一種です。エンジンは発電専用で直接駆動には関わりません。動力の基となる電気を大容量の電池で起こすのがEVですが、これに対し、エンジンで発電するのがシリーズHVです。常時モーターで駆動しているので、EVのようなスムーズな乗り味が特徴です。
■e-POWERの競争力は……、「究極のシリーズHV」を目指す?
HVにはほかにも大きく分けて2つの方式があります。一つは「パラレル方式」。基本はエンジンで駆動し、発進時や高速などでモーターが補助するというものです。かつてホンダでは「IMA」というシステムでこの方式を実現していましたし、前出の日産FR車に導入されていたHVもパラレル方式の一つでした。さらにモーターの補助領域が限定されたものは「マイルドハイブリッド」と呼ばれます。
そして、「スプリット方式」、シリーズとパラレル両方の性質をあわせ持っています。トヨタの「THS(トヨタ・ハイブリッド・システム)」、ホンダの「e:HEV」がこれにあたります。THSは発電機とエンジン、駆動用モーターをつないだ動力分割機構により、モーターとエンジンの駆動を緻密に行うというものです。走行状況にあわせて、エンジン走行、モーター走行、エンジンとモーターの両方での走行など、最適な状態に自在に切り替えることができるほか、エンジンのエネルギーを充電する仕組みもあり、こういった機構で低燃費を実現しています。
一方、e:HEVはシリーズ方式を基本に、時速70kmを超える高速走行ではクラッチでエンジンと直結するシステム。こちらもEVモード(バッテリーのみ)、ハイブリッド走行(エンジンで発電し、モーターで走行)、エンジン走行を走行状況にとって切り替えられるとしています。

日産独自のハイブリッド「e-POWER」
一般にクルマの駆動は発進から低速域はモーターが有利ですが、高速巡航はエンジンが有利とされます。エンジンのみの走行モードをもつ他社のEVに比べて、e-POWERにはそれがなく、高速ではエンジン回転をより上げてモーターを回すため、変換ロスも増加します。高速の燃費が劣ると言われている理由です。
では、e-POWERをはじめとするシリーズHVは競争力が劣るのか。それは早計であると思います。ストップ・アンド・ゴーの多い日本をはじめ、高速移動の機会が少ない国・地域ではe-POWERでも十分と言えます。むしろ、クラッチや複雑な動力機構が不要なためコストも抑えられます。エンジンは駆動を考えなくていいのですから、様々なエンジン形式やバイオ燃料の使用など、設計の自由度も広がります。
さらに、エンジン音が鳴っている以外、乗り味は全面的に“EV”で、そのスムーズさに魅力を感じる人は少なくないようです。私も以前ノートを試乗したことがありますが、街中で走る限り、スムーズさはひとクラス上の高級車のようでした。静かさはEVには劣るものの、遠くでエンジンが回っているという感覚です。
ホンダのように高速燃費を補完するエンジン直結モードを追加する可能性はあるのか、日産では技術的には可能であるとしながら、モーター駆動による乗り味を優先するとしています。そもそもe-POWERはEVの延長線上で開発したものであり、エンジン駆動は想定していないという事情もあります。
HVの燃費を向上させる要素に伝達効率と発電効率があります。トヨタの動力分割機構やホンダの直結モードは前者で、日産は前者のような機構がなくてもエンジンの効率を上げることで高速燃費を向上させる開発をしていると主張します。発電専用のために、エンジンの利用領域を絞ることができる。つまり、高回転まで回すことなく、熱効率の良い領域を使うよう制御するというわけです。エンジンの熱効率は、ひと昔前は30%前後と言われてきましたが、最近は燃焼技術の改善などで40%台のものも出てきています。日産はさらにこれを50%台まで上げることを目標としています。
日産では最大で15%向上する第三世代のe-POWERを開発中です。上記のような策のほか、いま伝わっているのは、EVとe-POWERの部品をモジュール化(規格化し、交換可能な部品群)するというもの。「Xin1」と名付けられた手法により、コスト削減と、部品の一体化による精度向上を目指します。関係者は「これなら戦える」と期待感を示しています。
エンジン直結でないことの構造的な弱点はあるものの、エンジンの熱効率向上など、まだまだ“伸びしろ”はあるということか。EVが伸び悩む間に「究極のe-POWER」「究極のシリーズHV」を目指すのも一つのあり方かもしれません。

クラッチを用いたハイブリッドシステムを採用していた時期もあった(写真は志賀俊之COO(当時))
■ちぐはぐな商品戦略、健在のエンジン技術、課題は克服できるか?
言い方を変えれば、e-POWERの進化により、エンジン技術も磨かれるということになります。電動化を進める上で、さらなるエンジンの改良が必要というのは皮肉ではありますが、幸い、日産のエンジン技術はまだまだ健在と言えます。現にエンジンの基本性能を構成する要素である「圧縮比」を変えられるエンジンを実用化しており、一部は現行のe-POWERにも搭載されています。
量販ミニバンのセレナにはe-POWERのほか、内燃機関のみで走るICE 車(Internal Combustion Engine)も残されています。日産の販売関係者によると、法人用に細々と売れているそうですが、以前取材したセレナの発表会では、開発関係者がICE車(ガソリン)の走りについて、「春先にコートを脱ぐような気持ちよさ」と表現していました。エンジニアが悩みながらも最良の仕事をしようとする矜持を感じたものです。
技術面にはまだまだ期待できる一方で、商品戦略には気になる点があります。例えば価格、セレナのICE車とe-POWERにおいて、同じ仕様の両者の価格差は50万円を超えます。一方、ライバルであるトヨタ・ノア/ヴォクシーのICE車とHVの価格差は35~38万円程度、ホンダ・ステップワゴンも40万円前後です。他社とは違う技術を試みているものの、本来、シンプルなシステムで、コスト面で有利とされるシリーズHVでこの価格差はどういうことか……。これが世にいう日産の「高コスト体質」というものなのでしょうか。
また、シンプルなシステムや高速燃費の課題から、e-POWERは本来コンパクトカー向けで、上級車種や高価格車には向かないと久しく言われてきました。新たに発足したエスピノーサ体制では、利幅が大きい“上級路線”に執心のように見えますが、第三世代のe-POWERがこうしたイメージを払拭できるのか、伸びしろを埋めることができるのか。かつて商品企画の責任者だったエスピノーサ社長の手腕が問われるところです。
そして、EVはいずれ普及していくという見方で各社一致する中、来たる「EV時代」を前に持ちこたえることができるのか……、日産は正念場を迎えています。
(了)