日産はどこへ向かう? プアマンズ……、大いに結構
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先の小欄でお伝えしたように、日産自動車が2024年度の決算を発表しました。最終赤字は巨額の6709億円、「RE:NISSAN」と名付けた再建策では2026年度までに5000億円のコスト削減、2027年度までに車両工場を17から10に、そして2万人の人員削減が明らかにされました。

日産自動車本社
「業績改善をより緊急かつ迅速に進め、販売に頼らず収益を確保できる体質にならなければならない」(イヴァン・エスピノーサ社長)
高コスト構造の是正、インセンティブ(販売奨励金)の圧縮などによる利益構造の構築が先決のようです。
一方、工場閉鎖により、2027年度には中国を除く生産体制を350万台から250万台に削減することが示されました。協業による生産もあるため、これが販売台数に直結するものではありませんが、250万台という規模は、現状では日本のスズキを下回り、ドイツのBMWグループ、メルセデス・ベンツグループと同レベルになります。一般にこの規模では単独で生き残るには難しく、プレミアムブランドになるのか、新たな企業連合を組みながら大衆車中心のブランドを維持していくのか、企業としての理念も求められそうです。
日本車が「プアマンズ◎◎」と呼ばれていたころ
ところで、プアマンズ◎◎……、クルマの世界ではこのような俗称を持つクルマがあります。Poor Man‘s、文字通り「貧乏人の」という意味で、ネガティブな印象がありますが、転じて高性能を手ごろな価格で実現したクルマとも言えます。
日産にはかつてそうしたクルマがいくつかありました。「プアマンズ・ポルシェ」、これは初代フェアレディZ(S30型)、前エンジン・後輪駆動で、エンジンは汎用型のL型6気筒だったものの(一時期、DOHCエンジンが搭載された車種もあった)、モノコックボディ、スポーツカーにふさわしいスタイル、四輪独立懸架のサスペンション、最高時速は最も高いもので210km。ポルシェと同等の性能で価格は半分近く。北米では受けに受け、世界累計販売が約55万台と、当時のスポーツカーとしては空前の台数を記録しました。1970年代後半には「スーパーカー・ブーム」がありましたが、当時のスーパーカーの図鑑にはランボルギーニ、フェラーリ、マセラティ、ポルシェに混じり、初代Zとトヨタ2000GTが掲載されていたのを覚えています。

初代フェアレディZ(手前)と三代目ブルーバード(奥)
一方、「プアマンズ・BMW」の異名があったのが3代目ブルーバード(510型)、当時のBMWには「ノイエ・クラッセ(新しいクラス)」という、1500CCから2000CCのセダンがありました。直線基調の3ボックススタイルに、最先端のOHCエンジン、四輪独立懸架のサスペンションなどの高度なスペックをもつこのクルマは、大人気となっただけでなく、今日のBMWの原点となり、世界のメーカーに大きな影響を与えました。影響を受けた一つが、この3代目ブルーバードだったわけです。ファミリーカーでありながら、BMWとほぼ同等のスペックで、より安価で手軽なコンパクトセダン。日本だけでなく、これまた北米でも人気を博し、日産(当時はダットサンブランド)のブランドイメージを押し上げました。
欧米、特に欧州車に「追いつき、追い越せ」の時代ではありましたが、プアマンズが人気を博したのは、高い理想を持ちながらも、中身……、当時の価値観であれば「走る・曲がる・止まる」の基本性能が“本家”と遜色なく、高次元でバランスされていたことが理由です。スタイルやフロントマスクといった見た目だけでなく、本物を見抜く人たちの“メガネ”にかなったということでしょう。
技術向上と商品戦略のバランス 陥りやすい“ジレンマ”
1989年は日本車にとって、ヴィンテージ・イヤーと呼ばれます。この時代、国内だけでなく世界に出しても遜色のない、後世に語り継がれるクルマが輩出されました。バブル景気の時代、潤沢な開発費、旺盛な個人消費もそれを後押ししていました。ただ、当時の私は一段高いステージに上がった日本車に「ここまで来たか」と高揚する一方、「日本車が何だか遠くに行ってしまう」という一抹の寂しさを感じたのを思い出します。
クルマだけでなく工業製品には永遠のジレンマがあります。エンジニアはより高度な技術を導入した製品をつくろうとします。しかし、一般に高い技術であればあるほど価格は上がり、ユーザーの手の届かない世界に行ってしまいます。販売側はできるだけ安く提供したい、ユーザーも同じ性能であれば安く購入したい、そうした二律背反の要素をどれだけ高次元でバランスさせるかが、商品戦略の腕の見せ所となります。
そんな中、この時期発売された初代プリメーラは、高度なメカニズムを持ちながらも“普通の”4ドアセダンで、欧州のメーカーをうならせたと言います。これまた、プアマンズの精神から飛び出した名車と言えます。
翻って日産の現在の商品ラインナップをみると、確かに高い技術を誇るクルマはあります。ただ、技術向上の陰で、かつての「プアマンズ」を満足させていたようなクルマはあるでしょうか? 遠い彼方に行ってしまった……、そんな状況ではないでしょうか。

2023年のジャパンモビリティショーにも出展された「ハイパーパンク」
“ワクワク”は誰がためのもの?
「あれ乗りたいなというのをつくってほしい。30代ぐらいの人が惚れるような、ちょっと仕事をがんばって稼いだらあれを買おうかなという夢をもたせるようなことをしてほしい」
以前取材した「サニトラ専門ショップ」、青葉オートの松尾義明社長の言葉です。
決算会見では日本市場について「ラインナップの平均価格の向上」が示されました。エスピノーサ社長からは「国内の既存車種より大きな車両に関して、人気のある車種を日本市場に導入し、商品の範囲を広げる」という意向が示されました。これは海外の大型・高価格帯の車種を日本にも導入するという意味にとれます。多くの日産ファンはこのゾーンに共鳴するでしょうか。
「社長にとっていいクルマとは何なのか?」
決算会見ではこんな質問も飛び出しました。「何時間でもお話しできる」と目を輝かせたエスピノーサ社長は、「日産の心臓の鼓動を取り戻すこと」「ワクワクするクルマ、皆さんを笑顔にする、これこそがブランドを強化する」と話しました。
最近、日産のCM戦略には変化が現れました。「もちろん自動運転も電気自動車も大事、でもクルマってさ、ワクワクしなきゃ」……、エスピノーサ体制になった影響でしょうか、それ自体は決して間違っていないと思いますが、その「ワクワク」をより多くの人たちが享受できるクルマこそ、日産の救世主になるのではないでしょうか。ワクワクするクルマを日産では「ハートビートモデル」と呼び、「コアモデル(中心車種)」と分けているようですが、コアモデルの“普通の”車種にこそワクワクが宿ることが日産ファンの期待するところではないかと思います。
ワクワクするクルマが新車で500万円を超えるようでは多くの日本人は厳しいでしょう。「プアマンズの精神、大いに結構」、そう考える人は少なくないと思います。
(了)