台湾で急激に広がるアメリカ懐疑論「疑美論」の危険性 中国による誘導工作も

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キヤノングローバル戦略研究所主任研究員の峯村健司が5月12日、ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」に出演。2024年の台湾総統選について、また、台湾有事の可能性について解説した。

台湾で急激に広がるアメリカ懐疑論「疑美論」の危険性 中国による誘導工作も

米ロサンゼルス郊外での会談後、記者会見した台湾の蔡英文総統(左)とマッカーシー下院議長=2023年4月5日(ゲッティ=共同)

中国で台湾対策会議を開催、融和路線を強調

中国共産党政権は5月9日~10日の両日、2023年の台湾政策の方針を決める会議を開いた。台湾独立の動きを牽制する一方で、「中国と台湾の両岸は1つの家族」というスローガンを強調し、来年の台湾総統選に向けて経済交流などを通じた融和策を進める姿勢を示した。

飯田)台湾政策を担う王滬寧(おう・こねい)全国政治協商会議主席が、演説でこのようなことを言っていたそうですが、そうなのですか?

峯村)完全に8ヵ月後の台湾総統選に向けて、「余計なことを言わない」という姿勢ですね。先日、台湾出張に行ってきましたが、いちばんの目的はそこです。総統選がどうなるのかということで、民進党と国民党、両党の幹部たちにいろいろな話を聞きました。

2020年の総統選では、習近平氏の「我々は武力行使も辞さない」発言で蔡英文さんの支持率がV字回復し、再選が決まった ~台湾対策会議では「武力行使」などは発言せず

峯村)皆さんが言っていたのですが、国民党からすると2019年のトラウマがあります。どういうことかと言うと、当時は蔡英文さんの支持率が20%を切っていました。ところが、民進党からすると「神風」が吹いたのです。

飯田)そうでしたね。

峯村)「神風」とは、習近平氏の19年1月の演説です。「我々は武力行使も辞さないのだ」と言ったことによって、一気に台湾の人々のなかで「反大陸」の意見が上がり、蔡英文さんの支持率がV字に回復しました。

飯田)そうですよね。その上、香港の民主化運動が……。

峯村)そうです。さらに加速して、蔡英文さんの再選が決まったのです。今回も、中国に近いとされている国民党側の人たちのなかには、(中国側に)「頼むから余計なことを言わないでくれ」と言っていました。片や民進党の方は、「また神風が吹くだろう」という期待感があったように感じます。それぐらい中国側の言動は直接、総統選に影響してくるので、王滬寧氏はとても気を遣って発言したのでしょう。従来繰り返していた「武力行使」とは言わなかったのもそのためです。

「民進党以外の人たちは家族だ」と台湾に秋波を送る中国側

飯田)確かにそうですね。融和策、1つの家族、経済政策のような「アメ」の部分を強調している。

峯村)アメの部分しか言っていません。「台湾独立勢力には反対する」ということも必ず言っています。独立勢力とは民進党のことですので、民進党はダメだと。だけれども、その他の人たちは「みんな仲よしだよね、家族だよね」という、まさに秋波を送っています。

飯田)「同じ民族だよね」というような。

峯村)そうですね。

野党・国民党も「手ごわい」とされる民進党候補の頼清徳氏

飯田)民進党の方は、蔡英文さんの再選はないわけですね。

峯村)2期で終わりです。

飯田)次は頼清徳(らい・せいとく)さんが候補に立つと決まっています。この人も昔は独立を言っていたという話も聞きますが、どうなのですか?

峯村)中国共産党側からは「台湾独立派」と認定されていて、「指名手配犯」のような人物で警戒しています。一方で今回面白かったのは、民進党と国民党の両方の人が言っていたのですが、頼清徳さんに対する評価が高かったことです。

飯田)国民党側からも言われていたのですか?

峯村)国民党側も「手ごわい」と言っています。頼氏は昔は「対中強硬派」のイメージが非常に強かったですが、いまはだいぶ柔軟になっています。「フレキシブルな人物」という評価です。

飯田)柔軟になったと。

峯村)いまは与党ですから、手堅く実績を重ねていて、「手腕はいいよね」という評価になっています。やはり現職に有利な流れがあるのが1つですね。

民進党と国民党が拮抗している今回の総統選 ~勢いはあるが内部がまとまっていない国民党

峯村)実際に台湾のなかで言うと、この間の地方選から見て、明らかに国民党が有利な流れです。私も仮説として「総統選でも国民党が勝つのかな」というイメージで台湾へ行ったのですが、意外とそうでもない。

飯田)そうでもない。

峯村)「本当に拮抗している」というのが両党の見方でした。確かに国民党の方が勢いはあるのですが、まだ国民党のなかでまとまっていないのです。有力候補の1人である侯友宜(こう・ゆうぎ)さんは評判が高いのですが、フォックスコン(Foxconn)の郭台銘(テリー・ゴウ)さんも立候補する可能性があります。

飯田)鴻海(ホンハイ)の総帥。

峯村)さらに他の候補も出馬する可能性があり、混沌としています。国民党の幹部自身も「うちはまとまっていないのだよね」と心配していました。この辺りを考えると、かなり拮抗しているというのがいまの状況です。だからこそ、中国共産党の王滬寧氏の発言は薄氷を踏むような、「余計なことを言ってはいけない」というコメントですね。

飯田)かなり神経を使いながら発言している。

峯村)使いながらですね。

台湾民衆党からは前台北市長が出馬へ

飯田)一方で、前台北市長の柯文哲(か・ぶんてつ)氏が第三勢力である台湾民衆党から出馬するという報道があります。民進党の票を食ってしまいそうなイメージもありますが、どうですか?

峯村)20%前後の支持率があります。ダメージを受けるのは必ずしも民進党だけとは限りません。どちらにせよ、第3の候補が出ることによって、ますますわからなくなる。票が割れて拮抗することにもなりかねません。「かなりの混戦」という印象でした。

台湾で急激に広がるアメリカ懐疑論「疑美論」の危険性 中国による誘導工作も

半導体大手、台湾積体電路製造(TSMC)のロゴの前を歩く男性(台湾・新竹市)=2021年1月29日 AFP=時事 写真提供:時事通信

台湾国内で広がる「疑美論」 ~アメリカはあまり信用できない

飯田)先の台湾統一地方選挙でも、大陸側からネット上でフェイクニュースがいろいろと流れたという話がありましたが。

峯村)以前から行われていますが、フェイクニュースは酷かったですね。今回の台湾出張でもう1つ気になったのが、「疑美論(ぎべいろん)」という言葉です。

飯田)疑美論。

峯村)「疑アメリカ論」ですね。

飯田)「美国」でアメリカと読むのですね。

峯村)それがどれくらい広がっているのかを見てきました。一言で言うと「アメリカはもうあまり信用できない」、「アメリカこそが両岸関係を乱しているのではないか」という「アメリカ不信論」です。思っていた以上に台湾国内で広がっていました。

疑美論が広がれば、「有事のときにもアメリカは助けに来てくれないのではないか」となりかねない

峯村)アメリカに近いような方でも、「アメリカの時代は終わった」とか「アメリカの覇権は衰退している」ということを「ポロッ」と言うのです。

飯田)台湾内でも言われているのですか?

峯村)なかでも言っていますね。非常に微妙な話で、疑美論が広がれば広がるほど、ある意味、中国共産党側には有利になります。さらに広がると、「有事のときもアメリカは助けに来てくれないのではないか」という考えになりかねないのです。

「アメリカにとって、我々は捨て駒ではないか」という不信感を持つ台湾国内 ~そこに中国からのインフルエンスオペレーションがミックスされている

飯田)しかし、アメリカ国内のニュースを日本から見ていると、台湾に対して強硬論というか、「守るよ」という強いメッセージが出ているように見えます。それでも疑うのですか?

峯村)台湾にとっては、それをあまり言ってもらうのも困ってしまうのです。例えば2022年夏に、当時のペロシ下院議長による台湾訪問がありました。これは一見、「台湾を守ってあげている」ように感じるでしょう。

飯田)そう見えました。

峯村)あのあと何が起こったかというと、台湾を包囲するように中国の大規模な軍事演習が行われました。結果として見た場合、台湾にとってマイナスになりかねない要素があるのです。これが加速してしまうと、台湾の人にすれば「アメリカにとって、我々は捨て駒ではないか」という不信感が出てくるわけです。

飯田)アメリカ国内の人気取りのために、ネタに使われているような。

峯村)利用されているのではないかと。これはアメリカに対する不信だけでなく、中国大陸側からのインフルエンスオペレーション、いわゆる「影響力工作」がかなりあります。

飯田)なるほど。

峯村)先日も「台湾積体電路製造(TSMC)を爆破してやる」とする米下院議員の発言が、中国のSNSで拡散されました。あれは別に「爆破するのだ」と言っているわけではなく、「いろいろな条件をつけるのだ」と言っているところだけを(故意に)切り取ったものです。

飯田)なるほど。

峯村)そういう報道を見て、「TSMCを爆破する? ふざけるなアメリカ!」というような憎悪が、台湾国内に広がる可能性があります。

台湾有事の際、「アメリカが助けに来ないのならば降伏してしまおう」となりかねない ~中国が疑美論を流すことは、アメリカと台湾を引き離すのに効果的

峯村)いまは残念ながら、台湾と中国を比べると、軍事力で言えば圧倒的に中国の方が強いわけです。台湾有事が起こった場合の肝は、「アメリカ軍がしっかりと参戦して防衛するかどうか」ということです。

飯田)そうですね。

峯村)だからこそ、有事の際に「アメリカが助けに来てくれなければ台湾は終わりだ。それならば諦めて降伏してしまおうか」となりかねない。

飯田)その方が犠牲が少ないから。

峯村)そういうことです。ですので、中国が疑美論をどんどん流していくことは、中国にとって有利になります。アメリカと台湾を引き離すにはとても効果的です。それを有識者の方も普通に言っていたのが少し驚きでした。

飯田)ある程度、インフルエンスオペレーションが効いてしまっているということですか?

峯村)効いている部分もありますし、本当に「アメリカは頼りないよね」と思っている有識者も少なくない。インフルエンスオペレーションと、「アメリカに頼っていいのだろうか」という疑念の両方がミックスされていることが、非常に危ういと感じました。

台湾では「有事のときには日本の自衛隊が助けに来てくれる」と思っている人が過半数

飯田)日本国内でも「台湾有事は日本有事だ」という安倍元総理の発言などがあり、支えようとしている部分もあるけれど、日本はそこまで存在感を示せていないですよね。

峯村)それももう1つの怖いところで、台湾有事について、台湾の方は「日本の役割に期待する」と言うのですが、「台湾有事は日本有事」という安倍さんの発言も、自衛隊が来て助けるという意味ではないですよね。それは法的には難しい。

飯田)難しいですね。

峯村)しかし台湾の世論調査などを見ると、「有事のときには自衛隊が助けに来てくれる」と思っている人が過半数ほどいるのです。これも危うい状況の1つで、「期待していたのに自衛隊は何もしてくれないではないか」と思われかねない。降伏論につながってしまうという意味では、この辺りをしっかりと台湾の人々に理解してもらわないと、かなり危険な状況になると感じました。

台湾とアメリカでの二国間の対話も難しい

飯田)だからと言ってオフィシャルな形で、例えば安全保障協議委員会(2プラス2)を行うようなことは、台湾との間ではアメリカもやりづらい。

峯村)やりづらいですね。こうした曖昧性が、台湾問題の根幹で本当に難しいところです。

飯田)そうですね。

峯村)先日、青山学院大学の授業で台湾問題を取り上げました。中国と台湾の成り立ちから説明しないと、学生には本質的な台湾問題を理解してもらうのが難しかったです。

飯田)台湾問題をテーマにすると。

峯村)ましてやこうした複雑な経緯をアメリカの一般の方々が理解しているか。おそらく1桁もいないぐらいです。この辺りが有事のときの本当の鍵になる。「なぜ台湾を助けなければならないのか」について、アメリカの国民たちを説得できるかどうかは、非常に難しいですよね。

飯田)「なぜ自分たちの息子や娘が血を流さないといけないのだ?」となりますよね。

峯村)「どちらもチャイナだろう? 同じ国ではないのか?」という話になりかねない。いまでこそ、ようやく議会のなかでも台湾と中国の区別がつく議員が増えてきましたが、私がワシントン特派員だったときには、まずそこから説明しなければなりませんでした。そんなレベルです。

 

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