元日本銀行政策委員会審議委員でPwCコンサルティング合同会社チーフエコノミストの片岡剛士が10月30日、ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」に出演。10月30日から開催される日本銀行の金融政策決定会合について解説した。
日銀が金融政策決定会合を開催 ~YCC再修正はあるのか
日本銀行は10月30日から2日間、金融政策決定会合を開催する。日銀は7月に長短金利操作(イールドカーブ・コントロール、YCC)で長期金利の上限を1%まで引き上げたが、アメリカの長期金利上昇を受けて上限が近付き、市場ではYCCを再修正するとの観測も出ている。
飯田)日銀では10月30~31日に金融政策決定会合が、アメリカでは10月31日~11月1日に連邦公開市場委員会(FOMC)が開かれます。長期金利の上限について、本当に修正するのかどうか。日銀内の話なので、わからないと言えばわからないのですが。
片岡)五分五分ではないでしょうか。個人的には「まだ早いのではないか」と思いますが、足元の物価上昇の動きは、日銀のこれまでの想定に比べて「やや高くなりそうだな」という雰囲気が濃厚になっていると思います。
飯田)日銀のこれまでの想定と比べると。
片岡)今回の決定会合は「展望レポート」という形で、経済と物価の見通しを出した上で政策を決めていきます。日本の場合は仮に変更があるとすれば、こういったタイミングで「先々の見通しが変わったので政策変更します」という説明がつきやすいので、政策変更が比較的しやすい局面なのだと思います。
物価見通しが引き上げられる2つの材料 ~東京都区部の消費者物価指数が2%台から3%台へ上昇
飯田)展望レポートは3ヵ月に1回ぐらいで出るのですか?
片岡)前回が7月会合のときで、このときは審議委員・政策委員会の方々の物価見通しは今年(2023年)も来年も変わりませんでした。ただ、「物価は先々2%ぐらい」と見ている人たちと、「来年以降、1%台に下がっていくのではないか」と見ている人たちの2つに分かれていました。これがおそらく上の方向に再要請されるのではないかというところが注目材料です。
加重中央値が30年ぶりに2%に ~食料やエネルギー以外の品目にも物価上昇が波及していることも変化の材料に
片岡)なぜそう考えているかと言うと、2つ材料があります。1つは東京都区部の消費者物価指数の動きで、これが異常な勢いなのです。10月中旬の結果が出ていますが、2%台から3%台に「グッ」と上がりました。もう1つは、日銀が公表している物価の基調を示すいくつかの指標があるのですが、そのなかでこれまで2%をつけてこなかった「加重中央値」という数字があるのです。
飯田)加重中央値。
片岡)消費者物価指数は500ぐらい品目があるのですが、価格上昇率の高い品目から並べていって、ウエイトが中央になるところの物価上昇率はどこなのか……。
飯田)品目のなかには生鮮品なども含め、価格が上がったり下がったりを繰り返すものもあるけれど、全体の流れを見るには真ん中のものを取るといい。
片岡)そうですね。加重平均の中央値が、ついに2%になったのです。これまでは価格が大きく上がったり下がったりする品目を除いた刈り込み平均値など、他の指標は2%を超えて3%になっている状況でしたが、約30年ぶりに加重中央値が2%に到達しました。
飯田)30年ぶりに。
片岡)食料やエネルギー価格は依然として価格上昇の中心ではあるのですが、とは言え、他の品目にも物価上昇が波及していることを如実に示す指標だと思います。そういう意味では、日銀の物価のトレンドを示す指標がすべて2%をつけました。東京都区部もそうなので、少し変化の材料になってくると思いますね。
企業が賃上げを進め、需給ギャップもゼロ近傍になり、物価上昇率2%を超える展開が続く
飯田)価格の変動が激しくない品目でも2%を超えているのは、海外要因というより、国内の経済が回っているのですか?
片岡)当初は原油価格の上昇、あるいは円安は海外の物価上昇を輸入することに等しいので、円安が進むことによって国内物価も上がるため、海外メインの要因でした。
飯田)当初は。
片岡)しかし、今年(2023年)に入ってから物価上昇を受けて、企業が賃上げを進めた。また、十分とは言えないまでも需給のバランスで見た需給ギャップがゼロ近傍になり、デフレギャップの状態、つまり供給の多い状態から需給がバランスする状況にようやく近付く形で、需要の動きが十分ではないけれど、やや高まるような雰囲気も出てきている。
飯田)なるほど。
片岡)そのなかで物価上昇率が1年ぐらい2%を超えるような展開が続いていますから、この物価によくも悪くも慣れてきたところがあると思います。ですから、「判断が難しい情勢になった」と個人的には感じています。
政府がやるべきは可処分所得を増やす政策
飯田)我々の実感としては、「物価が高くなっても給料がそれ以上に上がっているわけでもないから、手元の可処分所得が減っているようにも見える」という気がしますが、過渡期的な状態なのですか?
片岡)まず政府がやらなければいけないのは、可処分所得を増やすような政策です。少なくとも増税したり、社会保険料を上げるようなことをして、政府のせいで所得上昇の波を抑えることがないようにしないといけません。
実体経済が強くない状況で再度、金利の上昇幅を広げれば、長期金利の上昇につながり設備投資などに悪影響が及ぶ可能性も
片岡)日銀としても微妙な情勢だからこそ、早すぎる形で冷や水を浴びせるようなことをしないで欲しいです。ただ昨今、日本の長期金利はジワジワと上がっています。10年物国債の利回りが0.8%に上がってきているのは、自作自演のようなところがあります。日銀が0.5%程度を上限としていた金利を、1%程度の上昇まで許容した結果、起きていることなので、ある意味で金利上昇は自作自演のところがあるわけです。
飯田)金利の上昇は。
片岡)これで1%の枠まで近付いてきたから、またもう1回枠を広げるのかという話になると、これもまた自作自演ということです。「何のためにやっているのか」が問われると思います。足元では微妙な経済情勢で物価が上がっている。ただ、実体経済という意味では、まだそれほど強い状況ではありません。
飯田)実体経済は。
片岡)それで再度、金利の上昇幅を広げるようなことをしてしまえば当然、長期金利の上昇につながります。そうなると設備投資など、いろいろなところに悪影響が及ぶのではないかという懸念が、より強まってきているのだと思います。
飯田)事実上の引き締めのようなものですよね。
片岡)そうですね。
利上げしても消費が強く、実体経済がよいアメリカ
飯田)一方、またアクセルをさらに踏むとなると、アメリカの場合はコロナ禍もあり「積極的に財政出動した結果、物価上昇につながった」という指摘もあります。
片岡)アメリカはその影響もあり、去年(2022年)も含めてすごい勢いで利上げしているわけです。しかし実体経済がよくて、例えば足元の7月~9月期の国内総生産(GDP)を見ても、前期比の年率で約4.9%です。一瞬、中国経済かと思ったほどです。
飯田)確かにそうですね。
片岡)中国のGDPも4.9%でした。4%を超えるような成長率で、内訳を見ると消費が強い。消費が全体のなかで2.7%ぐらいの寄与度があって、残りが在庫投資というような流れです。利上げの影響でほとんど設備投資が拡大していないことがわかっているので、着実に効いてはいるのだけれど、消費は強いというのがアメリカなのです。
飯田)アメリカの場合は。
片岡)物価は下がってきているけれど、なかなか思ったほどは下がらない。足元もまた景気が底入れしている。そうなると「利上げをどうしようか」というような話になるので、ここも微妙ですね。1回待つのか、それとも早めにもう1回利上げするのか。
就業者数の拡大が堅調で失業率も含めて雇用状況は悪くない ~物価上昇率が下がらず、GDPもよいアメリカ
飯田)少し前までは、ここをスキップして、次の会合で行うのではないかというのが大方の予想でしたが。
片岡)米連邦準備制度理事会(FRB)の場合、今回は経済見通しとセットで政策決定を行う回ではないのです。通常なら、ここはやらないのではないかと思います。ただ、足元の経済動向を見ると、「やってもおかしくはない」という状況です。
飯田)パウエルFRB議長は常々、「とにかく指標を見るのだ」と。だから「上げるとも下げるとも言わない」という発言をしています。
もう1回利上げしてもおかしくない状況
片岡)今週は雇用統計も出ますが、前回も製造業を中心に就業者数の拡大が堅調です。失業率も含め、雇用状況は悪くないことが確認できていますので、このタイミングで物価上昇率が思ったより下がらない、GDPも予想外によかったという話になると、「もう1回利上げする」と判断してもおかしくありません。
飯田)雇用がこれだけ堅調であれば、「物価が3%でもニューノーマルだ」という指摘も一部にはありますが。
片岡)ただ現状、アメリカの足元の雇用動向が市場の需給を反映しているかどうかは、再考の余地があると思います。働きたいけれど働けない、ないしは雇用したいけれどそういう人がいないというミスマッチの問題もありますので、そこをどう考えるかによって判断は変わってくると思います。
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