#9 金本知憲(阪神) 41歳で月間2度目の3打席連続HR
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◎2009年4月10日 東京ドーム
阪神 0 0 2 0 0 2 0 1 0 = 5
巨人 0 0 1 0 3 1 1 0 X = 6
HR(阪神)金本5号・6号・7号
(巨人)鶴岡2号・3号
「第5球、山口が投げた! 直球、打った! あー! 行ったか! 3打席連続か? 行ったー!!! 金本、怪物! 平成の怪物! 金本、3打席連続、第7号、糸を引くライナーでライトスタンドに3たび運んでいます! 左対左、ものともせず! 金本、ニコリともせずにホームイン! 恐ろしい41歳です!」(実況:ニッポン放送・松本秀夫アナウンサー)
2215試合連続出場の日本記録を持つ衣笠祥雄(広島)と並ぶ「日本プロ野球界の鉄人」といえば、1492試合連続フルイニング出場の世界記録を持つ“アニキ”こと金本知憲(広島〜阪神)である。連続フルイニング出場の記録が途切れたのは2010年4月、42歳のときだった。広島時代の1999年4月から約11年間、一度も試合中に退くことなく、常にスコアボードに「金本」の名前があったのだから、とんでもない偉業だ。
また金本は、試合に出続けただけでなく、阪神移籍2年目の2004年4月から2010年4月まで約6年間、880試合連続で4番打者として先発出場を続けた。これも日本記録で、主砲としてチームを引っ張り、若手にプロとしてすべきことを教え、長く低迷が続いていた阪神を勝てるチームに変貌させた功績は大きい。全タイガースファンが尊敬する、まさに“頼れるアニキ”だった。
金本は現役時代、数々の“伝説”を残している。ホームラン関連で外せないのが、2009年4月、41歳のときに記録した「月間2度の3打席連続ホームラン」だ。そもそも3連発自体めったに打てるものではないが、金本はそれを40代になってから、しかも“3日間のうちに2度も”やってのけたのだ。
最初の3打席連発は、4月8日、甲子園球場で行われた広島戦。この年、金本は開幕から絶好調で、毎試合打点を挙げ、前日の広島戦ではサヨナラ打を放っていた。このゲームでも勢いは止まらない。初回に右中間へ先制2号3ランを放つと、3回にはセンター右へ3号2ランを叩き込み、5回には右翼席へ4号ソロ! さらに第4打席もライト前にタイムリーを放って、この日4打数4安打7打点と大爆発を見せた。
1試合2発の「マルチホームラン」はそれまで32度も記録していた金本。だが意外にも1試合3発はこれが初めてで、40代での3打席連発はプロ野球史上初の快挙だった。普通、短期間でこんなに打ちまくれば“打ち疲れ”でバットもひと休みとなりそうなものだが、このときの金本は神懸かっていた。翌9日の広島戦でも、四球・四球・ヒット・犠飛と6試合連続打点を挙げると、10日は東京ドームに移動して巨人戦。ここで金本は再びとんでもないことをやってのける。
巨人の先発は内海哲也。初回の第1打席はセカンドゴロに打ち取られたが、3回、右翼席に7試合連続打点となる先制5号2ランを放つと、6回にも再び内海から右翼席に6号ソロ。さらに8回、山口鉄也から3たび右翼席に7号ソロ! 金本がダイヤモンドを一周すると、敵地にもかかわらずスタンド全体から拍手が起こった。この日、ショウアップナイターの解説を担当した関根潤三さんも「凄いね。もうその言葉だけ。完璧な当たりだもん」と金本を讃えた。
金本は4月8日〜10日の3試合で12回打席に立ち、9打数8安打・6本塁打! 繰り返すが金本知憲、当時41歳である。実は前年の2008年オフ、金本は2年続けて左ヒザを手術。2009年の春季キャンプでも右足内転筋を痛めて出遅れ、オープン戦は4試合だけ出場と、ほぼぶっつけ本番で開幕に臨んでいた。それでもこれだけの活躍ができたのは、本人いわく、それまでの“貯金”があったからだ。「自分を追い込むトレーニングを長くやっている選手は少ない。僕は限界までのトレーニングを40歳ぐらいまで続けたからこそ、21年間も現役を張れたんだと思う」。
同時に食生活にも気を配り、体の手入れも怠らなかった金本。「鉄人・金本」を生んだのは節制と、不断の努力だった。
<チャッピー加藤>





