#19 小笠原道大(巨人) “小笠原デー”で逆転3ラン

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#19 小笠原道大(巨人) “小笠原デー”で逆転3ラン

 

◎2009年5月7日 東京ドーム

横浜  0 0 0  1 1 0  1 0 0 = 3

巨人 0 0 0  0 0 0  1 6 X = 7

HR(横浜)内川5号 ジョンソン3号

(巨人)李5号・6号 小笠原7号 阿部4号

 

2006年、北海道日本ハムファイターズの主砲として本塁打王・打点王のタイトルを獲得。チームを44年ぶりの日本一に導き、MVPに輝いた小笠原道大。そのオフ、巨人へFA移籍。1年目の2007年、巨人を5年ぶりのV奪回に導きこの年もMVPに選ばれた。リーグをまたいでの2年連続MVPは史上初の快挙だった。

 

2008年も、前半戦は左ヒザ手術の影響で低迷したが、その後調子を取り戻し全試合に出場。阪神との最大13ゲーム差を逆転した「メークレジェンド」にも貢献した。ただ巨人は2007年、中日にクライマックスシリーズで敗れ、2008年は日本シリーズで西武に敗退。リーグ連覇は果たしたものの、日本一からは2002年以来遠ざかっていた。

 

というわけで移籍3年目の2009年は、小笠原としても「今年こそは頂点に」と心に期するものがあったに違いない。巨人は4月、6連勝を2度も記録するなど開幕ダッシュに成功。5月も勢いは止まらず、6日の横浜戦では1番打者に初めて抜擢されたプロ3年目の坂本勇人がサヨナラアーチを放つ快挙を見せた。

 

迎えた翌7日の横浜戦。この日は「小笠原道大デー」と銘打たれ、来場者には小笠原が自らデザインした携帯ストラップなどが配られた。ファン思いの小笠原は写真撮影会も開催。これは小笠原の発案で、「ファンの思い出作りに少しでも役立てば」と、試合前練習とミーティングまでのわずかな時間を使って、抽選で選ばれた20人と一緒に記念写真を撮った。その中にはこの日が誕生日だった子どものファンもいて、小笠原は勝利をプレゼントできるよう「頑張るよ」と約束。そこにホームランも加われば、言うことなしだ。

 

しかしこの試合、巨人は苦戦する。横浜は4回、内川聖一のソロアーチで先制すると、5回にはダン・ジョンソンが一発。7回にもさらに1点を追加した。一方、巨人打線は横浜先発のルーキー・藤江均を打ちあぐね、7回2死まで5安打無得点に抑えられていた。ここで反撃の口火を切ったのが、韓国からの助っ人・李承燁だった。李はこのとき打率1割台と不振だったが、右中間スタンドへ弾丸ライナーのソロアーチを放ち、反撃のノロシを上げた。これで流れが変わる。

 

なんとか逃げ切りを図りたい横浜は継投策に出て、8回に新守護神の山口俊を投入。しかし巨人は1死一・二塁のチャンスを作り、この日3番の小笠原に打順が回ってきた。実はその前の打席、小笠原にとってちょっと残念なシーンがあった。6回、無死二・三塁のチャンスで、原辰徳監督は2番・松本哲也にスクイズを命じたのだ。

 

次打者が小笠原なので特に動く必要はないように思われたが、この日は9連戦の6試合目で、小笠原は連戦中23打数4安打と調子を落としていたことも背景にあった。スクイズは失敗し、最悪の併殺に……。三塁走者は投手の福田聡志だっただけに、小笠原としては複雑な思いもあっただろう。

 

しかし今度は、まさに絶好の状況で打席が回って来た。きょうは「小笠原デー」。子どもと約束もした。ここはしっかりと結果を残さねば……小笠原は山口が投じた外寄り146キロの球をフルスイング。大歓声の中、打球は東京ドームの外野スタンドに飛び込んだ。逆転3ラン!「ここ最近迷惑を掛けていたので、何とかしたかった」と語った小笠原。ファンの子どもにとっては、忘れられないバースデープレゼントになった。

 

この一発は、巨人打線に火をつけた。2死一塁から、6番・李がこの日2本目の2ランを放つと、7番・阿部慎之助も2者連続のソロアーチ。山口に強烈な1イニング3発を浴びせた巨人は8-3で快勝した。これをきっかけに復調した小笠原は、5月に打率.372、7本塁打、26打点と大活躍。野手部門で月間MVPに輝き、巨人はこの年リーグ3連覇を達成。日本シリーズで日本ハムを下し、7年ぶりの日本一に輝いている。

 

<チャッピー加藤>

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