1978年の8月24日、郷ひろみと樹木希林のデュエット・ソング「林檎殺人事件」が、TBSの『ザ・ベストテン』で3週連続1位を獲得した。
「林檎殺人事件」は、郷ひろみがレギュラー出演していたTBSのドラマ『ムー一族』の挿入歌だった。郷とやはりレギュラー出演者だった樹木希林が、劇中で唐突に歌い出すシーンが今考えても相当にシュールな光景だった。2人が変なサングラスをかけ、ふにゃふにゃした振り付けで歌うのだが、ドラマは別段ミステリやサスペンスものではなく、内容ともまったく無関係。もっともこういった「ホームドラマの中に突然異物を放り込む」ハプニング性の高い演出は、『ムー一族』を放送していたTBS「水曜劇場」の演出家・久世光彦の手腕である。『時間ですよ』に始まり『寺内貫太郎一家』そして前年の『ムー』とこの『ムー一族』のいずれにもこういった手法が取り入れられている。
『ムー一族』は前年に放送されていた『ムー』とドラマの設定はほぼ同じ。郷ひろみと樹木希林ペアは、『ムー』の劇中で既に「お化けのロック」を披露しており、この曲が臨時発売のシングル「帰郷」のB面であったにも関わらずオリコン2位の大ヒットとなったことから、『ムー一族』開始に際し、このコンビの新曲が視聴者に待望されていたのである。
作詞は阿久悠で、郷をホームズ、樹木をワトソンに見立てた設定もの。完璧なフィクション世界を歌うという意味では、ピンク・レディーの一連のヒット曲の応用ともとれる。作曲・編曲は同年に「微笑がえし」でキャンディーズを送り出した穂口雄右が、トロピカル系のディスコ・サウンドでお気楽さを演出。つまり「林檎殺人事件」はテレビでのパフォーマンス込みで楽しむ楽曲で、オリコンで6位止まりだったこの曲が、ハガキリクエストの比重が高い『ザ・ベストテン』では1位になったというわけだ。
デビュー以来、完成された美形のスーパー・アイドルとして70年代の歌謡界を駆け抜けてきた郷ひろみは、70年代後半に二枚目路線とは別の方向性が現れてきた。この『ムー』二部作でコメディの才能が開花したといわれたが、それを歌の世界でも見せてくれたのが樹木希林とのコンビだ。デュエット・ソングは過去にいくつも大ヒットがあったが、トップクラスの男性アイドルと30代半ばの個性派女優の組み合わせは初めてのこと。
この「あっけらかん」と底抜けに明るい、郷ひろみの個性を見抜いたのは久世光彦の前にもう1人いて、それはCBSソニーの担当ディレクター、酒井政利。75年7月にリリースされた「誘われてフラメンコ」のタイトルをつけたのは酒井で、詞を書く前にタイトルを言い渡された作詞の橋本淳が仰天した、という逸話が残っている。
77年の「お化けのロック」の後に出たシングル「禁猟区」も引き続き阿木=宇崎コンビが担当したが、歌詞中に突然「てん、てん、てん」と出てくる。文章にすれば「……」の意味なのだろうが、宇崎によれば阿木の詞にはもともと「てん、てん、てん」と書かれていて、そのまま曲をつけてしまった結果だそうである。これを、説得力を持って歌える歌手など郷ひろみ以外にはいないのだ。
そして、底抜けに明るいラテンのノリは郷ひろみの個性のひとつとなり、79年にはやはり阿木燿子作詞で「ナイヨ・ナイヨ・ナイト」、80年には「お嫁サンバ」を大ヒットさせている。ダジャレ路線と言い換えてもいいが、99年の「GOLDFINGER’99」の「ア・チ・チ」に至っては、多くの聴き手が「これを待っていた!」というヒットであった。陽気で明るい郷ひろみは、最早日本人の共通認識となったのである。
ちなみに「林檎殺人事件」は、同番組では通算4週連続で1位を獲得したが、3週目の1位になった週に、スタジオに登場した郷ひろみと樹木希林は、司会の黒柳徹子&久米宏と同じ衣装を着て登場、樹木はヘアスタイルまで黒柳を模して爆笑を誘った。
【執筆者】馬飼野元宏