1971年5月1日、堺正章「さらば恋人」が発売された。
前年末のザ・スパイダーズ解散後、初めて個人名義でリリースされたシングル第1弾であり、歌手としての代表作と呼ぶべき大ヒットとなった。グループ在籍中にもソロ活動は行っていたが、この曲がいわば堺正章にとっての事実上のデビュー曲となり、レコード会社もフィリップスから日本コロムビアへと移籍して心機一転を図っている。
作曲を手掛けた筒美京平にとって堺をはじめとして尾崎紀世彦や平山三紀といった若き実力派シンガーは、従来からのアダルトな歌謡曲とこの71年から本格的に台頭する10代のアイドルとの中間に位置する存在で、最新の洋楽トレンドを反映させつつ大人向けのポップスを実現するという意味でも存分に腕を振るえる対象であったと言えるだろう。その後の2年間にわたってシングル5枚全10曲を提供したほか、翌72年には全12曲を手掛けた傑作アルバム『サウンド・ナウ!』をプロデュースしている。
「さらば恋人」で注目されるのは作詞に元フォーク・クルセダースの北山修(きたやまおさむ)を起用したことである。当時やはり元フォークルの加藤和彦とのコンビでベッツィ&クリスの「白い色は恋人の色」をヒットさせるなど時代の寵児として脚光を浴びていた存在とはいえ、いわゆる歌謡界の職業作曲家とのコンビは斬新なものとして受け止められた。戦後生まれのフォーク/ロック系人材の登用という意味では、後の松本隆の出現を予期させる存在でもあったと言えそうだ。
さてスパイダーズ時代からMCや主演映画でコミカルな存在感を放ってきたマチャアキだったが、当時は大ヒット・ドラマ『時間ですよ』に出演するなど俳優としてもブレイク。同ドラマからは天地真理や浅田美代子といった新人アイドルが劇中で歌ってデビューしたことでも知られ、堺正章も主題歌として「涙から明日へ」や「街の灯り」をリリースし毎年のようにヒットさせている。特に後者を手掛けた作曲家の浜圭介は1971年末の奥村チヨ「終着駅」の大ヒットを皮切りとして、わずか1年半ほどの間に千葉紘子「折鶴」、三善英史「雨」、内山田洋とクールファイヴ「そして神戸」、さらにこの「街の灯り」と正しく神懸かり的な名曲連打であった。
その後の堺正章はドラマ『西遊記』や『天皇の料理番』に主演したほか、『カックラキン大放送!!』『紅白歌のベストテン』から『オールスター新春かくし芸大会』や『チューボーですよ!』に至るまでヴァラエティ番組や司会業でマルチタレントとして八面六臂の大活躍を続けている。
【執筆者】榊ひろと(さかき・ひろと):音楽解説者。1980年代より「よい子の歌謡曲」「リメンバー」等に執筆。歌謡曲関連CDの解説・監修・選曲も手掛ける。著書に『筒美京平ヒットストーリー』(白夜書房)。