阿久悠が作詞『スタ誕』女性歌手の名曲は?
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昨今のアナログ盤ブームで、改めて注目されているのが歌謡曲のレコード。デジタル音源より音に厚みがあり、またCDでは味わえないジャケットの大きさも魅力の一つ。あえて「当時の盤で聴きたい」と中古盤店を巡り、昔のレコードを集めている平成世代も増えているようです。
そんなアナタのために、ドーナツ盤ハンター・チャッピー加藤が、「ぜひ手元に置きたい一枚」を、アーティスト別、ジャンル別にご紹介していきます。
早いもので、日本の歌謡史に大きな足跡を刻んだ作詞家・阿久悠氏が逝って、今年でちょうど10年になります。日テレの『24時間テレビ』でも、亀梨和也主演のドラマ『時代をつくった男・阿久悠物語』が26日夜に放送されましたが、改めて、阿久氏の功績に気付いた方も多かったのではないでしょうか。
その守備範囲は、GS、アイドルソング、ポップス、演歌にとどまらず、企画モノ、アニメ・特撮主題歌、プロ野球の球団歌、果ては『ピンポンパン体操』まで、依頼されれば本当に何でも書きました。
この“野心的雑食性”が、日本の歌謡曲のフィールドを大きく拡げることにつながったわけです。そして、もう一つ忘れてはいけないのが、ドラマでもそこにスポットを当てていましたが、本格オーディション番組『スター誕生!!』を立ち上げたことです。
まったくの素人でも応募でき、しかも決戦大会では、芸能事務所・レコード会社のスタッフが直接札を上げて“入札”するという画期的なシステム。一部から「人身売買だ!」と批判も浴びましたが、「光る才能さえあれば、誰でもスターになれる」スキームを阿久氏が作ったからこそ、普通の女の子だった中3トリオ(森昌子・桜田淳子・山口百恵)や、明菜・KYON2が世に出たのです。
阿久氏は番組に審査員として出演。応募者が年端のいかない少女でも、辛辣な言葉を浴びせ、ときに泣かせてしまう鬼っぷりも当時話題になりました。
そこで今回は、阿久氏が作詞を手掛けた『スタ誕』出身女性歌手の、ぜひ持っておきたいレコードをご紹介しましょう・・・バンザ〜イ、ナシよ。
【その①】『感情線』黒木真由美(1975)
黒木真由美は、14歳のときに「スタ誕」に出場。決戦大会ではなんと18社から札が上がったほど逸材です。女性で黒木より多く札が上がったのは桜田淳子・山口百恵だけですから、今年のドラフトで言うと「清宮・中村クラス」の期待度ということになるでしょうか。デビュー曲『好奇心』から、阿久悠&都倉俊一のスタ誕審査員コンビが詞・曲を担当。本曲は第2弾シングルです。
エキゾティックな顔立ち、インディアンスタイルの長い髪で目立っていましたし、本曲もキャッチーで売れ線だったのに、なぜかセールスは伸びず、結局76年にソロ活動を停止…と思ったら、77年に「GAL(ギャル)」という3人組ユニットで再登場。当時仰天したのを覚えています。
他の2人(石江理世、目黒ひとみ)もスタ誕出身で、全員同じ系列の事務所。「ピンで売れないなら、まとめて売っちゃえ」という発想も凄いですが、プロダクション側も札を3回も上げた以上、何とかしたいという思いがあったのでしょう。審査員の阿久氏にも同じ思いがあったようで、第1弾『薔薇とピストル』、第2弾『マグネット・ジョーに気をつけろ』を書き下ろしましたが、こちらも不発に終わりました。成功話ばかり語られる阿久氏ですが「力作を書いたのに売れない」という悔しさも山ほど体験しているのです。
その意味でも持っておきたい一枚。500円前後で入手可能です。
【その②】『パパはもうれつ』しのづかまゆみ(1974)
ものまね番組の常連だった「しじみとさざえ」の「さざえ」こと篠塚満由美も『スタ誕』出身で、しかも決戦大会ではグランドチャンピオンに輝きました。これがデビュー曲ですが(当時芸名はひらがな表記)、阿久氏は彼女のバラエティ適性を見抜いていたのか、いきなり変化球を投げました。
主人公はパパに溺愛されて育った、ファザコンの娘。門限に少しでも遅れると首根っこを掴まれ説教。「カゴの鳥だけど、あなたの愛情は誰より大きいの。パパ、パパ、あなたは私の神様、叱られて殴られても仕方ない」…って、今なら炎上確実な歌詞ですが、当時でも十分クレイジーでした。
山本リンダの「ウラウラ」もそうですが、こういう“悪ノリ”の歌詞を堂々とブッ込んで、阿久氏は世間を試していたんじゃないかと思います。その集大成が、同じく『スタ誕』出身のピンク・レディーだったのは言うまでもありません。本曲、700円前後で入手可能です。
【その③】『狼なんか怖くない』石野真子(1978)
個人的に、『スタ誕』の最大の功績って何?と聞かれたら、それは「石野真子を発掘したこと」だと答えます。わが小・中学時代の心のアイドルでしたが、たぶん私と同世代で、石野真子が嫌いな男子はいなかったのでは?(ちくしょう、長渕、羨ましかったぜ!)
芦屋のお嬢様で、門限に帰らないと家の前で父親が鬼の形相で立っている、という家庭で育った石野真子。『パパはもうれつ』を地で行く環境で育った彼女に、阿久氏は王道の歌謡曲を歌わせるのではなく「企画モノのテイストを折り込んだ詞」を提供していきました。
タイトルは、ディズニーソング(『三匹の子ぶた』挿入歌)から拝借。少し前にピンク・レディーに書いた『S.O.S』(「男は狼なのよ…」)にも引っ掛けているのでしょう。ピンク・レディーには「男にご用心」と歌わせておきながら、石野真子には真逆のことを歌わせているのが、いかにも阿久氏らしいところです。ヒットメーカーに節操は要りません。
キスするときに「鼻が邪魔だと誰かが言ってたわ」の下りは、映画『誰が為に鐘は鳴る』のイングリッド・バーグマンとゲーリー・クーパーの会話を指していますが、こういうウンチクをヒット曲に折り込むことで、聴き手の我々は「観ておくべき名画」を教わっていった気がします。ジュリーの『勝手にしやがれ』『カサブランカ・ダンディ』もそうですけどね。
これは既存の作曲じゃツマらないと、作曲を吉田拓郎に依頼したのもさすが。本作、300円ほどで入手可能かと。なお、ジャケット撮影は篠山紀信です。