建築家ル・コルビュジエから考える社会でのイノベーションの起こし方

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毎週水曜日午後6時から放送のニッポン放送「オリエンタルラジオ 中田敦彦のオールナイトニッポンPremium」。2時間半にわたる“本音”トークの中から、allnightnippon.com編集部が厳選した内容を、中田敦彦の“熱い語り”そのままに、毎週お届けする。

「オリエンタルラジオ 中田敦彦のオールナイトニッポンPremium」今週の“中田論” 第23回(3月6日放送分)

建築家ル・コルビュジエから考える社会でのイノベーションの起こし方

この日の放送では、オリエンタルラジオ中田敦彦がイノベーションとは何かについて語った。

中田:イノベーションって結局のところ新しいものをゼロイチで生み出すってことじゃないんだと思っていて。他業種から来た人だけがイノベーションを起こせるって思っているんですよ。全く新しい風を吹かせるってことは、その業界内にいた人じゃなくて、よそから来た人の方が吹かせられる。

上野にある国立西洋美術館でル・コルビュジエっていうすごい有名な建築家の展覧会をやっていて。びっくりしたのはコルビュジエって元々建築家じゃないんだよ。何をやっていたかっていうと画家だったんだよ。コルビュジエが画家から建築家になったっていう経緯にフォーカスした展覧会なの。これが無茶苦茶面白いんだよ。

コルビュジエってどういう時代の画家だったかっていうと、俺の大好きな第一次世界大戦と第二次世界大戦の間の次期ね。あのアールデコの次期なのよ。幾何学模様とそこら辺がカッコいいと言われていた直線美の時代。その時代ってピュリスムって言われてるのね。ピュリスムっていうのが、コルビュジエの師匠みたいなオザンファンってのがいるんだけど、そのオザンファンとコルビュジエで提唱し始めたのがピュリスム。

ピュリスムが何を打倒していこうと思ったのかっていうとあのピカソね。ピカソとブラックってのが主導してたキュピズムってやつなんだよ。キュピズムっていうのは、色んな物体を分解してあらゆる角度から見た上で、それを平面に落とし込もうぜっていう。顔これ!?みたいな。キューブ状になってるこれ!?みたいな。そのキュビズムの勢いが衰えてんじゃんと。もうあんなの古いんだよって始まったのがキュビズムなんだって。

面白いよな。あんな大天才のピカソに反旗を翻して「俺の方が新しいんだ」ってやったのが、そのコルビュジエの団体だったの。ところがコルビュジエとオザンファンっていうのは、ピュリスムを追求していくんだけど、多分限界が来るんだよね。「あっ、俺じゃねえかも」って。そこから何になったかっていうとコルビュジエが建築にいくのよ。オザンファンはまだ絵を続けるんだけど、コルビュジエは仲違いしてピュリスムの世界観を空間に持ってくるの。インテリアとか建築に持ってくるの。

その空間デザインにピュリスムを持っていった時に大爆発を起こすの。「なんじゃこりゃー」って。大評価されて一大建築家になるわけ。面白くない?「ピカソこの野郎」って言って、「俺のほうが新しい絵を描いてんだ、この野郎」ってやってたんだけど、ピカソを超えたとは歴史上なってないわけじゃん。ピカソには勝てなかった絵の世界で。多分ね。ピュリスムっていうのは、キュビズムを「古いんだよ、この野郎」ってやったけど、なかなかうまくいかない。

だけど他の世界に飛び出したら、ピュリスムって非常に構築的に線を捉えていて、空間を作るのがうまいんですよ。それを建築に持っていったら「なにこれ?新しい!」もうイノベーションに次ぐ、イノベーション。で、その何が面白いってその国立西洋美術館自体がコルビュジエのデザインなんだよ。入ってそれに気がつくの。

入る時は知らなかったの。出たらうわー!これかーって。俺もう泣けたもんね。「コルビュジエー。ここにたどり着いたのかよー」って。絵描きで苦労してさ、オザンファンのマネばっかしてるのよ。追いかけて追いかけて。でもね、ずっと見てて思うのはオザンファンのがちょっとうまいの。オザンファンの方がちょっとうまいなって思いながら、うわーってやってるの。

でもそこから飛び出して、この空間全体を作って日本の国立西洋美術館だよ。ロダンとかも飾ってるんだよ。モネとかも常設展で飾っているようなものすごい美術館を作ることになったっていう話なんだよ。面白えなって。人ってどっかで何かうまくいかなくても、その敗北とかそこで得た自分のアイデンティティを違う世界に持っていくことで一気に新しいものを生み出すことができるんだと。それがイノベーションだったりするのかなって思うんです。

イノベーションって何かと何かを組み合わせるってことなの。だったら俺はって思ったんだよ。俺はって。俺だってさ、武勇伝で出てきてあんなのお笑いじゃねえって。PERFECTHUMANだとか言ったら、あんなのお笑いじゃねえって。俺も後の世代に言われるんだよ。なんとかズムって。リズムズムの時代とかね。

「それまでは大喜利や漫才が主流と言われていたあの時代、M-1グランプリに出ることを拒否し、リズムと何々を追求した結果紅白歌合戦に出て。しかしその後中田は服を作り始め、大学で教え始める」みたいなね。コルビュジエよ、お前もかと。俺は作るぞ。俺なりの俺なりの西洋美術館を作ってみせると俺は思ってるの。

だからこのラジオのテーマである「人はいつからでも何者にでもなれる」っていうこれ一発なんだなって思ったんですよね。何者でもないっていうみなさんのための。俺がそれを示すから。俺がその何者かになるところを是非見て欲しい。

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