阪神・藤浪を励ました広島・鈴木誠也の一言
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話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、7月30日のヤクルト戦に先発登板。敗れたものの、復活への兆しを見せた阪神・藤浪晋太郎投手にまつわるエピソードを取り上げる。
30日、神宮球場で行われたヤクルト戦で、今季(2020年)2度目の先発マウンドに立った阪神・藤浪晋太郎。2018年9月29日の中日戦以来、670日ぶりの勝利を懸けたゲームでした。
一方、ヤクルトは8番・捕手の西田以外、スタメンに左打者をズラッと並べる“藤浪用オーダー”を敷いて来ました。そのために打撃好調の右打者・エスコバーまで外したほどで、高津監督はこのオーダーについて、「ちょっといろいろなことがあって、あの打順になったというのは頭に入れておいてください」。
「いろいろなこと」というのは、藤浪とヤクルトの死球をめぐる“因縁”です。2016年4月、藤浪のストレートが谷内亮太の左手首に直撃。谷内は左尺骨を骨折し、長期離脱を余儀なくされました。さらに2017年4月には畠山和洋の顔面付近にぶつけ、このときは両軍総出の大乱闘に発展。もちろん故意ではありませんが、谷内の件もあり「お前、ええかげんにせえよ!」となったわけです。ヤクルトが左打者を並べたのは、死球回避の意味もありました。
ヤクルト戦に限らず、藤浪は右打者と対戦すると、なぜか投球が右方向に抜けてしまう傾向があります。しかも藤浪の球は威力のある剛速球ですので、右打者にとっては死活問題。荒れ球が藤浪の持ち味でもありますが、死球連発ではさすがに相手も黙っていません。ヤクルト戦での乱闘劇を境に、藤浪も「当ててはいけない」という意識が強くなり過ぎたのか、余計に制球を乱すようになりました。
それに伴って、成績も低迷。入団1年目の2013年から3年連続で2ケタ勝利を挙げていましたが、4年目の2016年以降は7勝、3勝、5勝、0勝。昨年(2019年)の1軍登板はわずか1試合にとどまり、1勝も挙げられないままシーズンを終えました。
まさに背水の陣で臨んだ今シーズン。1軍ローテ復帰も期待されていましたが、4月に新型コロナウイルス感染が判明。5月には練習に遅刻し、2軍降格処分を受けました。さらに6月には、2軍の練習試合で右胸の筋を痛めるなどトラブルが続き、結局、開幕ローテ争いからは離脱することに……。
しかし、15年ぶりのVを目指す阪神にとって、2ケタ勝てるポテンシャルを持つ藤浪の復活は欠かせない条件です。矢野監督は7月下旬に藤浪を1軍登録。23日、甲子園球場で行われた広島戦で先発起用しました。6回、ピレラに逆転満塁ホームランを浴びて負け投手になりましたが、150キロを超すストレートを中心に押して行き、5回までは無失点。復活を予感させる内容でした。
その1週間後、30日のヤクルト戦で2度目のチャンスをもらった藤浪。左打者が並ぶヤクルト打線に対し、初回、主砲・村上をこの日最速の154キロで空振り三振に仕留めるなど、上々の立ち上がりを見せました。2回、吉田大成にタイムリー二塁打を浴び先制点を許しますが、3回から6回までは要所を締めて無失点に抑え、味方の反撃を待ちます。
しかし阪神打線は、ヤクルト先発・高橋奎二の前に沈黙。藤浪は7回、エラー絡みで3点を失い、7回4失点で降板しました。ただし自責点は1で、10三振を奪い、四球はわずかに1つ。久々の白星はつかめませんでしたが、次につながる力投でした。
「結果として負けていますし、7回のああいう苦しい場面で粘れてこそ、だと思うんで」……試合後、そう言って悔やんだ藤浪。7回には、こんなシーンもありました。1死一・三塁の場面で、坂口の打球がワンバウンドで藤浪の右ヒジ付近を直撃。藤浪は、ホーム方向に転々とする打球を転がりながら処理し、一塁へ送球しましたが、これが悪送球に。痛恨の2点目を許してしまいました。
この後、ベンチに退き治療を受けた藤浪。右ヒジに力が入らず、降板も考えられましたが、あえて続投を志願しました。自分が任された試合は、自分で責任を取りたい……そんな自負を感じる行動で、本来の藤浪が戻って来たように思えました。
矢野監督も「3回以降は素晴らしいピッチングやった」と称賛。「攻撃陣も点を取れていないし、守備も足を引っ張っちゃったので。次回は何とか勝たせてやりたいね」と3度目のチャンスを約束しました。
藤浪復活を待ち望んでいるのは、阪神サイドだけではありません。実は、広島の主砲・鈴木誠也もその1人です。藤浪とは同じ1994年生まれ。大谷翔平と並んでプロ1年目から活躍し、同世代の象徴でもある藤浪に対しては、鈴木も特別な思いがあるのです。
今年の春季キャンプでは、こんなシーンがありました。2月23日、沖縄・コザで行われた広島-阪神のオープン戦。4回から藤浪がマウンドに上がると、広島ベンチは右打者に次々と左の代打を送りました。開幕前の死球離脱を避けるためで、オープン戦で藤浪が投げるたびによく見られる光景ですが、本人はそのことで悩んでいたようです。
ところが、鈴木は構わず右打席に立ち、藤浪に2打席、勝負を挑みました。結果は犠飛・左飛。試合後に鈴木は「シーズンで対戦するのが楽しみ」というエールまで贈ってくれました。「94年組」にとって、やはり藤浪は特別な存在なのです。
「同級生のすごいバッターが、(対戦を)楽しみにしてくれているのは嬉しい」と語った藤浪。今季初登板の広島戦、初回、1死一・三塁の場面でいきなり鈴木との対戦が実現しました。結果は遊ゴロ併殺打。その後は2打席連続四球でしたが、藤浪が内角を厳しく突くシーンもあったりと、この同期対決は見ていてワクワクします。藤浪が本格的に復活を果たせば、いろいろな意味でペナントレースはもっと面白くなりそうです。