原監督が日本シリーズで「全試合DH採用」を了承した本当の理由

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話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。本日は、今年(2020年)の日本シリーズで全試合採用が決まった「DH制」(指名打者制)と、巨人・原辰徳監督がその提案を受け入れた背景について取り上げる。

原監督が日本シリーズで「全試合DH採用」を了承した本当の理由

【プロ野球巨人練習】笑顔でグラウンドを引き揚げる巨人・原辰徳監督=2020年11月17日 東京ドーム 写真提供:産経新聞社

「有利とか不利とかいうことは度外視してね。面白いシリーズになると思うよ。スリリングな気の抜けない、ファンがドキドキするね」(11月19日、原監督のコメント)

19日、NPBと12球団の間で臨時実行委員会が行われ、21日に開幕する今年の日本シリーズでは、全試合でDH制が採用されることになりました。従来、セ・リーグ球団のホームゲームでDH制は採用されておらず、パ・リーグの投手も打席に立っていました。

しかし、18日にソフトバンク側から「交流戦中止で、今季1度も打席に立っていない投手に余計な負担が掛かる」と、巨人のホームゲームでもDH制採用の提案があり、巨人側もこれを了承。“今年に限って特例で”全試合DH制が決まりました。

このシステムで日本シリーズが行われるのは、1985年、阪神-西武以来35年ぶりのことです。バース・掛布・岡田の強力クリーンアップを擁する阪神が西武を4勝2敗で下し、球団史上初の日本一となったシリーズなのでご記憶の方も多いでしょう。実はDH制が日本シリーズに導入されたのは、このときが初めてでした。

当初は、隔年で「全試合DH制採用→全試合不採用」を繰り返すことになっていたため、翌1986年の日本シリーズ(西武-広島)でDH制は採用されませんでした。ところが、1987年から「パの本拠地のみで採用」という方式に変わり、昨年(2019年)までそのシステムが続いています。つまり、全試合DH制で行われる日本シリーズは、今回が2例目ということになります。

この特例システム、どちらに利があるかと言えばソフトバンクでしょう。いつもDH制で戦っているパのチームが、セの本拠地で「9人」で戦う場合、投手を打順に組み込まねばならず、野手を1人スタメンから外すことになります。全試合DH制採用となれば、誰を外すかで頭を悩ませることもなくなり、普段どおりの野球ができます。

巨人側も、打線に1人強打者を増やせるメリットがありますが、投手陣にとっては対戦する野手が1人増えるので、これは“行って来い”でしょう。今回のソフトバンクの申し出は、選手ファーストの配慮からですが、「初戦から普段の野球で戦いたい」という工藤公康監督の思惑もあったと思います。それは原監督も先刻承知のはず。ではなぜ原監督は、相手側の提案をのんだのでしょうか?

第1戦が行われる京セラドーム大阪で、19日に行われた全体練習の際、原監督は報道陣を前に、こう持論を語りました。

「(全試合DH制導入による)有利とか不利とか、そんな議論は、もうすぐ90年を迎えようとしている野球界に対して失礼。やっぱり『ファンが何を望んでいるか?』というのは、とても大事なことですよ」

あくまでファン第一。「見ていて面白い野球を」というのは、ここ数年、原監督がたびたび口にしている言葉でもあります。昨年の日本シリーズで、巨人はソフトバンクに4連敗。直後に原監督は、報道陣の前でこんな発言をしました。

「DH制で、(セはパに)相当差をつけられている感じがある。(セも)DH制は使うべきだろうね」

このときから「セもDH制採用」を、事あるごとに口にするようになった原監督。「負けた理由をDH制のせいにするな」という批判の声もありましたが、交流戦は昨季までパが10年連続勝ち越し。さらに直近10年間の日本シリーズでセは1勝9敗(日本一は2012年の巨人だけ、セが7連敗中)という現実を見ると、「何とかセ・パ格差を解消しなければ」という思いがあって、この発言になったのでしょう。

DH制のメリットはいろいろありますが、よく言われるのは、野手の出場機会が1人分増え、強打者の育成につながること。また投手の側も、野手が9人並んだ打線を相手にすることで自ずと鍛えられることが挙げられます。

また「チャンスで投手に打順が回り、代打が出て交代」ということもありませんので、投手はより長いイニングを投げられます。結果、好投手が育成され、その投手を攻略しようと打者のレベルも上がる……その好循環がパのレベルアップにつながった、という意見は正しいでしょう。もちろんDH制だけではなく、選手獲得や育成面での努力も伴ってのことですが。

筆者は毎年、セ・パ両方の試合を球場へ観戦に行きますが、観ていて純粋に面白いのは、やはりパの試合です。何より野球がダイナミックですし、どのチームにも「この選手のプレーが見たい」という選手がいます。巨人も阪神もいないパは、試合自体の面白さ、選手の魅力で観客を呼ぶしかないからです。「お客さんが自分に何を求めているのか」を自覚してプレーしている選手は、パの方が圧倒的に多いと思います。

今年で言うと、ソフトバンクの周東佑京が筆頭格。その周東も(彼はDHではありませんが)野手の枠が8人だったら、果たしていまのようにレギュラーで試合に出られたかどうか? こういう一芸に秀でた選手がチャンスをつかめるのも、DH制の効用と言えるでしょう。

もちろん、セにも魅力的な選手はいますが、パの野球と比べると、全体的にセは“小さくまとまっている”印象があります。原監督は、現役時代からずっと巨人のユニフォームだけを着て来た、生粋のセ・リーグ人。当然、現在の“セ・パ格差”には我慢ならないものがあるはず。セ全体のレベルも引き上げないと、日本のプロ野球自体が沈んで行くという危機感が「セもDH制を」発言の背景にある気がします。

12日、ジャイアンツ球場で取材に応じた原監督は、報道陣の前で「球界発展3ヵ条」として「DH制導入」以外に2つの項目を挙げました。それは、ユニフォーム・グラブ・スパイク代など野球を始める際の「初期費用の低コスト化」、もう1つは「女子野球の振興」です。

少年層の野球人口は年々低下していますし、野球を選ばず他競技に行く選手が増えることは、そのまま、プロ野球界の人材減少につながります。「高校野球や少年野球にもDH制が導入されれば、選手が試合に出る機会が増える」と原監督。DH制導入を「教育的」と言う理由もそこにあります。

また女子野球振興については、「女子の野球人口が増えれば、将来お母さんになって、子供に野球をやらせようという機会も増えるのではないか」。原監督は、そこまで真剣に球界の行く末を考えているのか、と驚きました。

セの名誉挽回のためにも、絶対負けられない今回の日本シリーズ。原監督は、ソフトバンク有利とする下馬評をどう覆すのか、DHに果たして誰を起用するのかも注目です。

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