ダルビッシュ電撃トレード決定 その裏にあるパドレスGMとの深い絆
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話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、12月30日に正式発表された、米メジャーリーグ(MLB)・ダルビッシュ有投手の電撃トレードとその背景・影響について取り上げる。
年の瀬に、MLBからビッグニュースが飛び込んで来ました。2020年、シカゴ・カブスでナショナルリーグ最多勝(8勝)に輝き、リーグ2位の防御率2.01をマーク。サイ・ヤング賞の候補にもなる大活躍を見せたダルビッシュが、サンディエゴ・パドレスへトレードで電撃移籍することになったのです。
ダルビッシュが登板するときは必ずバッテリーを組んでいた“専属捕手”のビクター・カラティニも一緒にパドレスへ移籍。交換相手は、パドレスで今季7勝を挙げたザック・デイビーズら計5選手。デイビーズはダルビッシュの代わりとなる先発要員で、他の4選手は内野手2人・外野手2人、いずれも将来を嘱望される17歳から20歳の若手です。
この2対5の大型トレードは、パドレス側が熱望して実現したもので、ダルビッシュ1人を獲得するために、都合6選手が動いたことになります。ダルビッシュ本人は、代理人を通じて「パドレスが獲得に動いているらしい」という情報は得ていました。しかし29日に「両球団が合意」というニュースが米主要メディアで伝わると、自身のツイッターで「自分の携帯は鳴りません。どういったシステムなんでしょうか?」とコメント。本人も知らない間に、水面下でどんどん事が運ぶ……いかにもメジャーらしい話です。
このコメントにすかさず返信したのが、ミネソタ・ツインズの前田健太です。自分がトレードされたときの体験をふまえて「メディア先走りシステムです」とツイート。ダルビッシュも「すっごい振りしてしまったなと思ったけど、ほんまに笑ってもうた」と返すひと幕も。30日の午後(日本時間)になって、両球団から正式にトレードが発表され、ダルビッシュのパドレス入りが決まりました。
ダルビッシュにとっては、テキサス・レンジャーズ、ロサンゼルス・ドジャース、カブスに続く4球団目の所属チームとなります。パドレスは近年、フェルナンド・タティスJr.など若手野手が台頭。メジャー屈指の強力打線を擁しています。2019年はナ・リーグ西地区最下位に沈みましたが、地道なチーム強化が実を結び、2020年は地区2位に浮上。14年ぶりにプレーオフへ進出しました。
次なる目標は、1998年以来23年ぶりのワールドシリーズ進出です。カギは投手陣の整備でした。パドレスは28日(日本時間)にタンパベイ・レイズから、2018年のサイ・ヤング賞左腕、ブレイク・スネル投手を4対1トレードで獲得したばかり。連日の大物ゲットで、左右のエース級投手が揃ったパドレスは、一躍ナ・リーグの優勝候補に躍り出ました。
一方、なぜカブスがエース格のダルビッシュを放出したかというと、新型コロナによる大減収が球団経営を直撃したからです。メジャー30球団はどこも同じ状況ですが、とくにカブスは歴史ある本拠地球場、リグリー・フィールドの改修などで借金がかさんだ上に、高給取りの選手が多く、年俸抑制のため主力級を放出する必要に迫られていました。
かたやファームが充実、育成に定評のあるパドレスは若手の割合が多く、2020年の年俸総額ではメジャー30球団中27位です。低予算のため、FA選手の獲得合戦には乗り出せませんが、その代わりとなるのが、有望な若手を交換要員としたトレードです。パドレスはダルビッシュが2018年にカブスと結んだ契約(6年総額1億2600万ドル、約134億8200万円)の半分弱を受け継ぎますが、高給選手の割合が少ない分、まだ支払う余裕があるのです。
ということで、両球団の思惑が一致。つまりカブスは「いま最も高く売れる選手は、ダルビッシュだ」という判断をしたわけで、パドレスは有望な若手を複数放出しても、ダルビッシュを欲しがった……これは本人にとって、非常に名誉なことでもあります。日本ではこういう大型トレードはなかなか行われませんが、球界活性化を促す意味でも、もっと活発に行われていいと思います。
トレードが正式に発表されると、ダルビッシュはさっそく、音声サービス「NowVoice」を更新。移籍についてファンに報告しました。ダルビッシュは、パドレスがスネルを獲得した時点で「これで自分のトレード話はなくなった」と思っていたそうです。ところが、代理人から「パドレスは引き続き獲得に動いている」と聞かされ、急転直下、トレードが成立。カブスのジェド・ホイヤーGMから正式に電話があり、在籍した3年間、「チームにもたらしてくれたものは大きかった」と感謝の意を告げられたとのこと。
ダルビッシュは、カブスにことのほか愛着があり、報道が出た時点で「こういう形でチームを離れるのは寂しい」とコメントしたほどです。しかし、すぐに気持ちを切り替えさせてくれたのが、新天地・パドレスのGM、A・J・プレラー氏からのビデオ通話でした。実はこのブレラーGM、かつてテキサス・レンジャーズに在籍しており、2012年、ダルビッシュが日本ハムからポスティングでレンジャーズ入りした際、GM補佐として獲得に尽力した人物なのです。
パドレスがダルビッシュ獲得を最後まで諦めなかったのは、そんな関係もあってのこと。もともと気心は知れているだけに、画面の向こうで喜ぶブレラーGMの顔を見て、期するものがあったようです。「レンジャーズ時代の話も出て、『よし、やるぞ!』という気になった」と語ったダルビッシュ。こういう人の縁は、大きな力になるものです。
「チーム変わるけれど、やることは一緒。しっかり調整して、万全の体でスプリングトレーニングに臨みたい」と決意を新たにしたダルビッシュ。自身の加入で、パドレスが球団創設以来まだ果たしていないワールドシリーズ制覇も、決して夢ではなくなりました。“優勝請負人”となったダルビッシュが、2021年はどんなピッチングを見せてくれるのか? いまから楽しみでなりません。
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