参議院議員・橋本聖子が五輪選手になったきっかけは「故郷の田んぼ」?

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ニッポン放送「すくすく育て 子どもの未来健康プロジェクト」(2月7日放送)に、東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会担当大臣、女性活躍担当大臣、内閣府特命担当大臣の橋本聖子参議院議員が出演。幼少期の話を語った。

参議院議員・橋本聖子が五輪選手になったきっかけは「故郷の田んぼ」?

ニッポン放送「すくすく育て 子どもの未来健康プロジェクト」

自見はなこ:橋本先生は北海道のご出身です。4人兄弟の末っ子だそうですが、どんなお子さんだったのですか?

橋本:父が牧場を経営していまして、大自然のなかで育ちました。冬はスケートができるほど、田んぼも沼も池も、全部氷になってしまう寒い地域でした。また、夏は自転車で移動しなければいけないくらい、牧場の敷地内が広かったので、それがそのまま競技になってしまいました。

自見:スピードスケートは3歳で始められたそうですね。1992年のアルベールビル大会では、女子1500メートルで銅メダルを獲得。選手として体験したオリンピックは、どのような舞台でしたか?

橋本:3歳のとき、田んぼをスケートリンク代わりに遊んでいて、それがきっかけでスケート選手になりました。アルベールビル五輪は、自分にとって冬季3度目のオリンピックで、初のメダルでした。正直、金メダルを目指していたので、「次こそは金メダルだ」とこのときは思っていました。

自見:悔しかった、という思いでしたか?

橋本:悔しかったのと、「ここまで来れた」という満足感とが同居しているような、不思議な気分でした。感謝しかなかったですね。

淵澤由樹(アシスタント):この番組では、子どものころに出会った1冊の本についてお伺いしています。幼少期に影響を受けた1冊をお聞かせください。

橋本:小学1年生のときに読んだ『エジソン』です。エジソンは幼少期、「なぜ? 何で?」と不思議に思ったことを両親に尋ねる子どもだったそうです。すごく好奇心溢れる少年時代で、鶏の卵を抱いて自らふ化させようとしたというエピソードがありました。うちは牧場だったのでガチョウがいたのですが、エジソンがやっているからという理由で、私もガチョウの卵を抱いて寝たのです。

2人:ええっ!

橋本:そうしたら、お母さんには「バカじゃないの?」と言われました(笑)。でも、「エジソンはこういう子どもだったから、私もエジソンになれるかも知れない」と思っていましたね。

番組情報

すくすく育て 子どもの未来健康プロジェクト

毎週日曜 6:04-6:13

番組HP

この番組は、子育てで日々奮闘しているママやパパ、そしておじいちゃん、おばあちゃん、ご近所さんなど、子育てに関わる皆様に、役立つ情報を提供してゆく子育て応援プログラムです。
ナビゲーター:尾木直樹 アシスタント:淵澤由樹(フリーアナウンサー)

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