プーチン大統領が命じた「抑止戦力の特別態勢」が意味するもの

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ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」(3月1日放送)に東京大学先端科学技術研究センター専任講師の小泉悠が出演。ロシアの核戦略について解説した。

プーチン大統領が命じた「抑止戦力の特別態勢」が意味するもの

2022年2月7日、モスクワでの記者会見に臨むロシアのプーチン大統領(ロイター=共同) 写真提供:共同通信社

核戦力

ロシアのプーチン大統領は2月27日、ショイグ国防相らに対し、核抑止部隊に特別警戒態勢を取るよう命じた。核戦力を念頭に置いた動きとみられる。

飯田)報道によっては「戦略核部隊」という表現を使っているところもありますが、戦略核ということは、いわゆる大陸間弾道弾などのことですか?

小泉)今回、プーチン大統領が使った正確な言葉は「抑止戦力」で、核には限定していないのです。

「抑止戦力」の意味するもの ~日本周辺でも起きている核の緊張

小泉)従来からロシアは世界最大の核保有国で、戦略核や射程の短い戦術核を核抑止力にしていたのですが、ロシアの最新版となる2014年の「軍事ドクトリン」のなかでは、「非核戦略抑止力」という概念も含めています。

飯田)核でないものも含まれるということですか?

小泉)核ではない巡航ミサイルのようなものも抑止力になり得るとしているので、ロシアが何を指して「抑止戦力」と言っているかは、はっきりしません。しかし、中核はやはり核ですので、今回のプーチン大統領の発言、そして実際に昨日(2月28日)、ショイグ国防大臣が核部隊、大陸間弾道ミサイル(ICBM)の部隊や潜水艦部隊などを大規模に活動させているという発言をしています。日本のすぐ隣の太平洋艦隊もこれに入っているのです。

飯田)そうですか。

小泉)そういうことを言っていますので、緊張の高まりを受け、プーチン大統領が核の牽制というようなことを言うと、日本の近くでも爆撃機や潜水艦が動き出す。そのなかには当然、核も含まれているので、遠いヨーロッパの緊張としてではなく、実際に我々のすぐ近くの問題でもあるということです。

ロシアの「エスカレーション抑止戦略」 ~戦況が悪くなりそうなときに「デモンストレーション」として被害の出ないところに核を撃つ

飯田)小泉さんは、核も含めたロシアのエスカレーション抑止や緩和という戦略について、さまざまな論考を発表されています。ロシアは相手を足止めする、あるいは参加させないために核をちらつかせるだけではなく、戦略として使うことまで考えているのですか?

小泉)エスカレーション抑止戦略というのは、この25年ぐらいの間にロシアのなかで考えられて来たものです。ソ連が崩壊して軍事力が弱くなってしまったわけですよね。

飯田)ソ連崩壊で。

小泉)真正面から北大西洋条約機構(NATO)と殴りあっても勝てないので、もし戦争が始まって負けそうになったら、例えば1発だけ使って「もうそろそろやめましょう」というメッセージにする。あるいは、いまはロシアが勝っているけれども、アメリカが参戦して来たら勝てないという場合、どこかに1発撃ってアメリカへの「入って来ないでね」というメッセージにする。それをどうやったらうまくできるのか、ロシアはずっと考えて来たわけです。

いまがまさに「エスカレーション抑止戦略」を実行する状況 ~経済制裁が受け入れ難いものであればあり得る

小泉)いままさに、それに近い状況であるわけです。軍事的には、時間がかかってもウクライナは多分倒せるけれど、ここにNATOが介入して来ると形勢が不利になる。だから戦争を始める前の2月19日には、核部隊の大演習をやって脅しをかけて見せましたし、プーチン大統領も「ロシアと戦争すると核戦争になるぞ」と脅しをかけて来た。しかし、プーチン大統領の会見を見ると「経済制裁を行うのは非友好的な態度だ」と言ったあとで、いきなり「核部隊を高度の警戒態勢につけよう」と言い出したわけです。

飯田)そうですね。

小泉)もはや経済制裁さえ核の脅しで抑止しようとする状態になっているわけで、非常に危険な動きだと思いますし、同時に、ロシアの対抗手段が限られているということでもあるのだと思います。

飯田)なるほど。

小泉)つまり、経済制裁に有効な経済制裁で対抗しきれないということですよね。では「本当に核を使うのか」ということに関しては、やはり排除はできないと思います。

飯田)排除できない。

小泉)例えば本当にロシアにとって、いまの経済制裁が受け入れ難いものだとすれば、ある段階で、無人地帯や海の上など、死者が出ないような形で1発だけデモンストレーションを行うことはあり得ると思います。

アメリカもロシアに対抗するために小規模な核弾頭を完備 ~再報復になり、エスカレーションする可能性も

小泉)2018年にアメリカが出した核態勢見直しは、トランプ政権が出した核戦略文書です。このシナリオを非常に懸念しています。このなかで、アメリカもあえて出力を抑えた核弾頭を開発しておいて、ロシアがもしこういうことをした場合は、同じように被害が出ない形で1発だけ撃ち返すということを言っているわけです。

飯田)アメリカも。

小泉)いわゆる核戦争ではないかも知れませんが、米露が核の応酬をする可能性が出て来るわけなので、経済制裁に対して「核で」と言うのは、あまりにも危険な振る舞いではないかと思います。

飯田)2018年の核態勢見直しに書かれていたところで、報復は必ずしないとエスカレーションするから、しなくてはいけないけれど、過大なものを使ってしまうと、それに対しての再報復になってしまう。アメリカも実際に低出力の核弾頭をつくっているのですか?

小泉)そうですね。一応は実戦配備しています。「全面核戦争になりたくない」という意識は米露で一致しているのですが、クラウゼヴィッツが『戦争論』のなかで言っているように、「必ず暴力は相手を倒すために必要十分な規模だと思って始める。しかし必ずエスカレーションが進んで行って、絶対的な暴力になってしまう可能性を孕んでいるのだ」ということです。これは米露の核の応酬と同じことだと思うので、簡単に弄んでいい問題ではないのだと思います。

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