ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」(3月1日放送)に東京大学先端科学技術研究センター専任講師の小泉悠が出演。米IT大手がウクライナ情勢をめぐる偽ニュースやプロパガンダ拡散防止対策の強化に乗り出したというニュースについて解説した。
米IT大手、ウクライナ情勢をめぐる偽ニュースやプロパガンダの拡散防止対策を強化
アメリカのツイッター社は2月25日、虚偽や誤解を招く情報を拡散しようとする試みを特定し阻止するため、ウクライナをめぐる投稿を積極的に監視すると述べた。またメタ(旧フェイスブック=FB)もウクライナ情勢に関する虚偽情報が拡散されないように特別対策部門をつくり、フェイスブックへの投稿の監視を強化。フェイクが疑われるロシアメディアの投稿には警告をつけるなどとしている。
飯田)欧州連合(EU)も、ロシアの国営テレビRTと通信社スプートニクのEU域内での活動を禁止すると発表しています。各国で情報の取り扱いをどうするかが問題になっています。
小泉)これは難しい問題で、言論統制にもなり得るわけです。他方で、野放しにしておくと悪意ある偽情報が流されることになりますし、単に人気集めやページビュー稼ぎのために、おもしろおかしいけれど真実でない情報に乗っかる人も出て来ます。
欧米では偽情報が安全保障上の問題になりつつある ~日本では国家安全保障戦略のなかでも触れられていない
小泉)実際に2014年のロシアによるクリミア介入のときは、ロシアが現地の情報を遮断して、意図的に「政変でできた新しい政権はロシア系住民を虐殺しますよ」というような偽情報を流しました。そうすると、「ロシアに併合してもらった方が安全なのではないか」と世論が動いてしまいます。
飯田)世論が偽情報に。
小泉)2016年のアメリカ大統領選もそうですが、情報は爆弾を使わなくても事態をひっくり返してしまう可能性があるということです。欧米では安全保障上の問題になりつつあります。
飯田)欧米では。
小泉)では日本はどうかと言うと、2013年にできた現行の国家安全保障戦略のなかではまったく触れていないですし、いまつくられている次期サイバーセキュリティ戦略のなかでも、サイバーの話はしているけれど、サイバー空間を通る情報の話はしていないのです。
飯田)そうなのですか。
小泉)今後は日本でも考えて行かなければいけないと思います。もちろん、民主的な言論の自由との兼ね合いはしっかりとやらなければならないですが、この問題を考えて行かないと大穴になるのではないかと思います。
AI翻訳の発達で外国からでも日本語の偽情報が容易くつくれるようになる ~「ディープフェイク」の問題も
飯田)日本は海外から見ると、日本語という特殊な言語を使っているので、それが障壁になっているとも言われましたが、技術で越えて来る部分もありますよね。
小泉)可能性はあります。これまではロシア政府の公式サイトなどでも、日本人が読むと変に感じるような日本語で書かれていても、「外国の話だから」ということで、あまり問題にはならなかったと思います。でも、これからAI翻訳が発達して行くと、どこかの時点で、それほど難しい内容でなければ、まったく区別がつかなくなると思いますし、もう英語ではそうなりつつあります。
飯田)AI翻訳の発達で。
小泉)「ディープフェイク」と呼ばれる動画の問題もあります。人間は動く画像があると信じてしまうので、情報空間をめぐる真偽の見分け方の難しさと、安全保障への影響は高まって行くと思います。
ウクライナやジョージアの公式ツイッターを参考にして見ておくべき
飯田)ウクライナ情勢をめぐる情報戦では、大使館の公式ツイッターアカウントなども積極的に発信しています。情報の出し方の部分も問題になって来ますか?
小泉)そう思います。もちろん日本として「偽情報を流せ」ということは、まったく考えていませんが、危機的な事態に日本が巻き込まれたときに、敵と味方、また国際社会へ向けて「どのように自分たちを見せるのか」ということは重要な問題だと思います。
飯田)日本をどう見せるか。
小泉)今回のウクライナをめぐる問題では、ロシア大使館のツイッターアカウントはとても口調が厳しいですよね。厳しい口調で公式の立場を打ち出しています。あまり日本国民に刺さっているようには見えませんが。
飯田)ロシア大使館のツイッターアカウントでは。
小泉)それに対してウクライナやジョージアは、これまでずっと自国の食べ物の話や、大使自体の柔らかそうな人柄を出していて、ネット上で人気を得て来ました。当然、有事にはこちらに同情が集まるわけです。
飯田)そうですね。
小泉)こういう振る舞い方を日本も参考にして見ておくべきです。公式発表で「我々の立場はこうなのです」ということだけを言っていたら、有事だと日本に対する支持が十分集まらないかも知れない。そうならないためにも、「どうすればいいのか」ということを、これから考えてもいいのではないかと思います。
危機的な事態に陥ったときに日本をどう見せるか ~戦略ができていない
飯田)日本にいるジョージアの大使やウクライナの大使は、自ら日本語でツイートしています。では海外に駐在している日本の大使が、現地に対して現地語で発信できているのかどうか、気になりますね。
小泉)日本もまったくできていないわけではないと思います。イラクに行かれていた大使はマジックがお得意で、現地のテレビ番組でマジックを披露して大人気になったということがありました。
飯田)マジックで。
小泉)それから昔、ソ連の日本大使館は裏千家に協力してもらい、モスクワ大学のなかに茶室をつくりました。そこでお茶を嗜んだ方たちが日本に関心を持ってくれて、日本語を勉強したり、日本に留学に来るような人が現れたのです。そのような地道な活動はあるのです。
飯田)そうなのですね。
小泉)それが現状では組織だって行われていないし、危機的な事態に陥ったときに、「日本をどう見せるか」という戦略と結びついていない。能力自体は日本にはあると思うので、戦略の問題だと思います。
飯田)全体を通してどうマネジメントして行くのかということですね。
正しい情報がないのであれば、みんなが見てくれる場所に正しい情報を置けばいい
飯田)今回のウクライナをめぐる状況に関しては、メディアで取り上げられているなかで、いろいろな議論が出ている。そのなかには、ロシア大使館のツイートと似たような意見が出て来ることもあります。もちろん、言論の自由があるので、さまざまな見方があって当然なのだろうとは思いますけれども、偏った意見が一人歩きして行かないようにするためには、工夫が必要になります。
小泉)今回の事態をめぐって、いろいろな意見があるのは当然ですし、いろいろな意見を許容できていること自体が我々の社会の価値なので、それは絶対に排除してはいけないと思います。
飯田)そうですね。
小泉)しかし同時に、「明らかに事実に反している」という情報であれば、それに対して反論する機会も確実に確保されていなければいけません。例えば、この問題にそれほど関心や知識のない人が、真っ先に触れる情報がそのようなものであれば危険だと思います。
飯田)関心や知識のない人が。
小泉)私たちの研究室ではYouTubeチャンネルを持っているのですが、それも根本的な動機はそこです。若い人が情報をグーグル検索で探しているかと言うと、していない人が多いと思います。いきなりYouTubeで検索する人が少なくありません。そのときにYouTube上に正しい情報がなければ、その人にとって正しい情報は存在しないのです。
飯田)YouTube上になければ。
小泉)これが主流になってしまうと危険です。でも、「正しい情報が伝わらない」と嘆くだけではなく、正しい情報がないのであれば、みんなが見てくれる場所に正しい情報を置けばいいではないですか。この発想で、我々も発信することになったのです。こういう対策をみんなでやって行けばいいのではないでしょうか。
情報や知識を扱う人間にできることがある
飯田)そういうものがあるとわかるだけでも、「こちらも見なくては」とリテラシーが上がるということですか?
小泉)偽情報の攻撃に晒されることは今後、明確な有事や平時を問わず、続いて行くでしょう。そのときに「情報をどのように認識してもらうのか」ということをITのプラットフォーマーだけに任せていては、対策は完全には進まないですし、政府が情報の取り締まりをするなどということは言語道断ですよね。
飯田)政府が。
小泉)それならば、その間で実際に情報や知識を扱っている人間に、何かできることがあるのではないかということが、私の問題意識です。
飯田)なるほど。
小泉)そこであまりにも厳しく情報を統制してしまえば、分断が進んでしまうと思うのです。ロシアでは、国営メディアによる統制が進んでしまっていて、ロシアの一般国民が信じている世界観と、我々が見ている日々のワールドニュースなどでは、相当乖離が進んでしまっていると思います。そうなってはいけないのです。
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