アメリカの主要放送メディアで扱われていない「IPEF」
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神戸大学大学院法学研究科教授で認定NPO法人「インド太平洋問題研究所」理事長の簑原俊洋氏が5月26日、ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」に出演。米バイデン大統領が来日して行われた日米首脳会談、「クアッド」首脳会合等について語った。
バイデン大統領が帰国、日米豪印の連携を共同声明で表明
日本を訪問していたアメリカのバイデン大統領は5月24日夕方、東京の在日米軍横田基地から専用機で帰国の途についた。これに先立ち総理官邸で日本、アメリカ、オーストラリア、インドによる4ヵ国の協力枠組み「クアッド」の首脳会合が行われた。4ヵ国は新型コロナウイルスのパンデミックやウクライナでの戦争で世界が揺らぐなか、「自由で開かれたインド太平洋への揺るがないコミットメント」を共同声明で表明している。
2つの銃乱射事件によって、バイデン大統領の日韓歴訪の話題はかき消されてしまった
飯田)一連の外交が終わったところですが、今回のバイデン大統領の来日について、どのようにご覧になりますか?
簑原)バイデン氏にとっては大変だったと思います。アメリカでは14日にもニューヨークで銃乱射事件が起こっています。そしてアメリカに戻ったら、今度はテキサス州で銃乱射事件が発生しました。アメリカのメディアでは、日本と韓国への歴訪より、2つの国内の事件の方が大きく取り上げられているのです。
飯田)そうですか。
簑原)アジアでの成果ということで、有権者に対して「サプライチェーン問題に自分は尽力しているのだ」という姿勢を見せたかったのだと思いますが、それがかき消されてしまいました。彼が期待したほど、国内向けの成果はなかったのではないでしょうか。
アメリカの主要放送メディアではほとんど扱われていないIPEF
飯田)「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」のキックオフイベントを行いましたが、それも期待よりは小さい扱いだったのでしょうか?
簑原)IPEFは主要放送メディアではほとんど扱われませんね。理由としては、まず中身がよくわからないということです。
飯田)内容がわからない。
簑原)この夏くらいから、ようやく中身を詰めていくということで、おそらく1年半ぐらいかかるのではないかと言われています。13ヵ国が参加すると表明していますが、どの部分に参加するのかもよくわかりません。
自由貿易協定に関して懐疑的なバイデン大統領
簑原)バイデン氏は就任直後から、貿易協定にはあまり関心がありませんでした。バイデン氏にはいま、貿易促進権限(TPA)もありません。本来ならば、「TPP11」に復帰するのが「地域的な包括的経済連携(RCEP)」に対する最も有効な対抗手段になるのですが、バイデン氏はそもそもそれができない、あるいはやる気がないのです。
飯田)やる気がない。
簑原)それに準ずる形で今回のIPEFをつくったのですが、関税を下げるわけでもないですし、RCEPの存在感を薄めることはできません。バイデン氏は自由貿易協定に関しては懐疑的なのです。商務長官が中心になってIPEFを動かしているのですが、彼女は「自由貿易協定は概念として古い」と言っていました。
飯田)概念として古い。
簑原)しかし、私は概念が古いのではなく、「そもそもあなたたちの政権の政治力がないから、それで手一杯なのでしょう」と思うのです。動かす力が議会にない。これは政府間合意ですので、議会を通るわけではなく、条約でもない。おそらく次の政権になれば、「IPEFとは何ぞや」ということになる可能性も十分に考えられます。
飯田)やっている感を見せたいだけということですか?
簑原)おっしゃる通りで、アメリカが重要な役割を担っているということを見せたい。いまアメリカは、サプライチェーン問題で物価が高騰し、粉ミルクも手に入らないような状況になっています。
中国が新型コロナ対策でロックダウンしている隙に、サプライチェーンを東南アジアにシフトしようとする意向も見える
簑原)軍用機を使ってヨーロッパから粉ミルクを空輸するという、前代未聞の状況になっています。このようなことからも、自分はサプライチェーン問題について動いているのだということを見せたい。
飯田)自らが動いていることを。
簑原)しかし、中国はロックダウンをしているので、いまはサプライチェーンについてフル参加していません。この隙にサプライチェーンを東南アジアにシフトしようという、強(したた)かな考えもあるのかなということが見え隠れします。
安全保障面においてはアメリカしかないが、経済的に中国への依存度が高い日本 ~今後の外交の舵取りが難しい
飯田)その辺りの動きに対して、日本ができることは大きいですか?
簑原)日本はアメリカの大事なパートナーで、今回もアメリカが言っていることに対し、「全面的に乗る」とは言っています。しかし、他方で私が思うのは、中国がコロナ禍から抜け出て中国経済が元に戻れば、「日本の経済的な健全性は中国にかかっている」と思っているのではないかということです。
飯田)中国がロックダウンを解除して戻れば。
簑原)いまはアメリカの案に乗っていますが、中国のインバウンドにも期待していますし、中国との貿易関係が日本経済を浮揚させるために必要不可欠だと思っている方は、特に政府内には多いと思います。
飯田)なるほど。
簑原)この辺りの対応が今後、難しくなってきます。中国は脅威ですし、安全保障面において日本はアメリカしかないにも関わらず、経済的な安全保障においては中国への依存度が増していく。非常に難しい外交の舵取りを強いられるのではないでしょうか。
大局的な観点から世界の動きを捉えていない日本
ジャーナリスト・鈴木哲夫)経済を考える上で中国を大事にしなければいけないという意見は、取材しているなかでもあります。どのように中国と向き合うのかという問題は、非常に難しい。米中G2の間で、どのように日本は強かに動いていくのかという外交力が、岸田さんには試されるわけです。これから日本はどのように中国と向き合っていけばいいのでしょうか?
簑原)日本は能動的に動くことが苦手な国なので、おそらく状況を見て反射的に動いていくのではないかと思います。
飯田)状況を見て。
簑原)可能な限り、アメリカと中国の間のバランスを取るような形で動き、最終的には国際情勢が劇的に変化することによって、目が覚めるのだと思います。日本は大局的な観点から世界の動きを捉えてはいないと思います。現にロシアのウクライナ侵攻も、ほとんどの方が「あり得ない」と言っていたではないですか。しかし、ロシアは侵攻しました。
今後、どのように国際情勢を読むか
簑原)今後の外交において、「どのように国際情勢を読むのか」ということだと思います。今回の件で日本メディアを見ますと、バイデン氏の「台湾を守る」という発言が大きく扱われていましたが、バイデン氏がこのように言ったのは3回目です。発言の度に周りの側近たちは「いや違う」と否定しています。
米大統領の発言に注目するのではなく、「日本は台湾を守るつもりがあるのか」ということが大事
簑原)台湾を守るということは、バイデン氏の本心だとは思うのですが、これはバイデン氏が思っているだけであって、次の大統領が同じように思うかどうかはわかりません。何よりも大事なことは、「では日本は台湾を守るつもりがあるのか」ということです。
飯田)日本が守る気はあるのかと。
簑原)日本にとって台湾は隣国ではないですか。台湾が中国の一部になってしまうと、日本の安全保障の現実が劇的に不利な形に変わってしまいます。日本の方がある意味、大きなステークホルダーであるにも関わらず、どうしてもアメリカ大統領の発言にみんな流れてしまう。そこがトータルにおいて「大局を見ていないのではないか」と思う理由です。
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