菜七子vs聖奈、重賞初対決! 新潟で女性騎手2人が躍動する理由
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話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は7月31日に重賞で初対決することになった2人のJRA女性ジョッキー・藤田菜七子騎手と、新人の今村聖奈騎手にまつわるエピソードを紹介する。
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『聖奈ちゃんは(初騎乗で)重賞を勝ってすごいなと思います。私も負けないように頑張りたいですね』
~『サンケイスポーツ』2022年7月28日配信記事 より(藤田菜七子のコメント)
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『一緒に乗ることができて光栄です』
~『スポニチアネックス』2022年7月28日配信記事 より(今村聖奈のコメント)
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夏真っ盛り、JRA(日本中央競馬会)はローカル開催の季節。7月31日に新潟競馬場で開催される夏の風物詩が「アイビスサマーダッシュ」(G3)です。
新潟競馬場には、芝1000mの長い直線コースがあります。この新潟名物のコースを使った、日本で唯一の「直線のみの重賞レース」がアイビスサマーダッシュ。競馬ファンには人気の高いレースですが、今年(2022年)はもう1つ見どころが加わりました。JRAの人気女性ジョッキー・藤田菜七子(24)と今村聖奈(18)が参戦。重賞では初対決となったのです。
JRAの重賞レースで、女性騎手が競い合うのはこれが2度目。初対決は1999年の新潟3歳ステークス(G3、現在は「新潟2歳ステークス」)でした。当時JRA所属騎手で、現在は解説でもおなじみの細江純子と、公営・新潟所属の山本泉が騎乗し、山本騎乗・ナッツベリーは7着。細江騎乗・ドリームセイコーは10着でした。
今回の対決はそれ以来、実に23年ぶりの出来事になりますが、藤田も今村もJRA所属。JRAの女性騎手同士が重賞で対決するのは史上初めてです。
振り返ってみれば、細江ら3人の女性騎手がJRAに初めて誕生したのが1996年。しかし、2013年に増沢由貴子が引退してから、女性騎手不在の状態が続きました。
この男社会に再び風穴を開けたのが、2016年にデビューした藤田です。人気だけでなく、コツコツと実績を積み、2019年、フェブラリーステークスでJRA女性騎手として初めてG1レースに騎乗。さらに、この年暮れに行われたカペラステークス(G3)でDr.コパ氏の持ち馬・コパノキッキングに騎乗して勝ち、JRAの女性騎手が平地重賞を初制覇するという歴史的快挙をやってのけました。
現在、永島まなみ・古川奈穂の2年目コンビに、ルーキー・今村と再びJRAに女性騎手が増えてきたのは藤田の影響も大きく、彼女はいわば、女性騎手のパイオニア的役割を果たしました。今村が「一緒に(重賞に)乗ることができて光栄です」と言ったのは、そんな背景があるのです。
その今村も、新人ながら新たな歴史をつくってくれました。7月3日に小倉競馬場で行われたCBC賞(G3、ハンデ戦)で、デビューからわずか4ヵ月にして重賞に初騎乗。騎乗馬・テイエムスパーダはハンデが最軽量の48キロということもあって2番人気でした。普通、騎手は人気を背負うとプレッシャーを感じるものです。しかも初の重賞……しかし今村は、終始平常心を貫きました。
驚いたのは、果敢にハナを奪って(=単独で先頭に立ち逃げること)ハイペースで飛ばしたこと。もし直線で馬がバテてしまったら、責められるのはジョッキーです。新人騎手がなかなかできることではありません。馬の力を冷静に見極めていたからこそできた騎乗で、直線では後続をグイグイ突き放して独走。何と1分5秒8の日本レコードで「重賞初騎乗初勝利」という快挙を成し遂げたのです。
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『うれしいです。本当にチャンスのある馬に乗せていただいたのもありますし、最高の状態で仕上げてきてくださったので、あとは人間がどう馬にアプローチするかというのがカギでした。馬の力を信じて自信を持って乗れたのが良かったと思います』
~『東スポ競馬』2022年7月3日配信記事 より
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実はこのレース、今村は当初、別の馬に乗る予定でした。ところがテイエムスパーダが背負う斤量が予想より軽かった関係で、それまで乗っていた主戦騎手が騎乗しないことになり、今村にお鉢が回ってきたのです。このあたり、今村はやはり何か持っているなあと感じます。
CBC賞に騎乗する数日前、直前の調教で初めてテイエムスパーダにまたがった今村は、記者に対してこう答えました。
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「難しい面があると聞いていたので、コミュニケーションをとって『お友達になろう』という気持ちで、馬に寄り添った騎乗を心がけました」
~『日刊スポーツ』2022年6月29日配信記事 より
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この「馬とお友達になろう」という感覚が、いかにも今村らしいと言うか、男性騎手にはない騎乗スタイルなのかも知れません。人馬一体が求められる競技だけに、馬の気持ちを理解することはジョッキーにとって重要。テイエムスパーダもそうですが、今村は初騎乗の馬でもその馬の特性をパッとつかみ、まるで以前から乗っているかのような巧みな乗り方をするのです。先輩ジョッキーや調教師、競馬評論家が「あの子は巧い」と言うのを何度耳にしたことか。
それだけの技術を持っている上に、JRAのルールで、女性騎手は通常より2キロ軽い負担重量で騎乗でき、さらに通算50勝以下の騎手は4キロ減で乗ることができます(女性騎手の騎乗機会を増やすための措置)。今村は7月24日現在で通算21勝。まさに頼むならいまで、騎乗依頼があとを絶たないのも頷けます。
そんなノリに乗る今村と藤田が直接対決する、アイビスサマーダッシュ。藤田は自分の競馬を改めて見つめ直すため、今年3月から拠点を一時関西の栗東(滋賀県)に移していました。そこで、ちょうどデビューしたての今村と出逢い、その騎乗ぶりを間近で目にします。
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『自分のデビュー当時を思い出しましたね。(今村騎手は)当時からしっかりしている印象でした』
~『日刊スポーツ』2022年7月29日配信記事 より(藤田のコメント)
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2019年は自己最多の43勝を挙げた藤田。しかし落馬による鎖骨骨折の影響もあって、2020年は35勝、2021年は14勝、今年は4勝(7月24日現在)と最近は低迷気味です。今村と出逢ったことは、初心に返るいいきっかけになったのではないでしょうか。
また今回、舞台となる新潟は藤田にとってゲンのいい競馬場です。藤田は2016年のデビュー以来、143勝を挙げていますが(7月24日現在)、うち新潟の芝直線1000mで10勝。「千直女王」の異名もとっているほどで、非常に相性のいいコースなのです。
また2019年には、新潟で年間20勝を挙げ、この年の新潟年間リーディングを獲得。これももちろん、女性騎手初の快挙です。今月(7月)は病気で一時休養していましたが、26日から調教に復帰し体調はもう問題ない様子。得意の新潟芝千直で復活のノロシを上げたいところです。
騎乗馬・スティクス(牝4歳)は今回が初コンビで、この馬、過去4勝はすべて逃げ切りという韋駄天タイプ。「千直女王」とのタッグで、一発大駆けも期待できそうです。
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『ゲートが上手な馬だと思うので、まずはそこをしっかりと決めていきたいですね』
~『サンケイスポーツ』2022年7月28日配信記事 より
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一方、今村の騎乗馬は、オヌシナニモノ(牡5歳)。こちらも初コンビで、今村は7月21日の調教でこの馬に初めて騎乗。いい感触をつかみました。
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『行けという指示に前向きでしたし、凄く真面目な馬。いい背中をしていますね。スピードに乗ってから、安定感がありました』
~『スポニチアネックス』2022年7月28日配信記事 より
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さっそく馬の特性をつかんだ今村。馬名どおり「おぬし、何者?」とファンに言わせるような好騎乗を見せてくれそうです。
また新潟は、今村にとっても相性のいいコースで、春の新潟開催にフルで参戦。「1着8回、2着6回、3着1回、着外33回」という好成績を収めています。春の新潟を振り返って、今村はこう語っています。
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『新潟は乗りやすい競馬場。春はたくさんチャンスのある馬に乗せていただきました。勝っているイメージもあると思うんですけど2着も多かった。勝たせてあげられなかった馬もいるのでね。千直は1回乗っています。凄く新鮮な気持ちでレースができました』
~『スポニチアネックス』2022年7月28日配信記事 より
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新潟芝1000mは特殊なコースなので、必ずしも有力馬がスンナリ勝つとは限らないのが面白いところ。重賞レースの場合は、先に触れた女性騎手対象の斤量減はありませんが、この短距離ならハンディなど無用。2人が得意の新潟で見せ場をつくってくれそうな予感は大いにあります。
女性騎手だから注目されるのではなく、騎乗ぶりで注目されたいという思いは、藤田も今村も同じ。2人が馬の実力を引き出し、大駆けしてファンをアッと言わせる展開を期待しています。ワンツーなら最高ですが、さて?