有馬記念前日に痛恨ミス 横山武史騎手を救った鹿戸調教師の「一言」
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話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、12月26日の競馬G1・有馬記念をエフフォーリアで初制覇した横山武史騎手のエピソードを紹介する。
『がむしゃらに追って何とか勝ってくれという思いで、応えてくれて感謝ですね。エフフォーリアにはありがとうと、いつも思ってますけど、この馬にはいい思いも悔しい思いもいっぱいして、本当に特別な馬で、うれしいです』
~『スポーツ報知』2021年12月26日配信記事 より(横山武史 有馬記念・レース後のコメント)
馬も、ジョッキーも「強い」の一言でした。フルゲートの 16頭立てで行われた2021年のグランプリ・有馬記念(G1)は、ファン投票1位のエフフォーリア(牡3歳、鹿戸雄一厩舎)が快勝。皐月賞、秋の天皇賞に続くG1レース3勝目を挙げました。
今年(2021年)は3歳馬の強さが目立った1年で、その筆頭格がエフフォーリアです。今回もグランプリレース(宝塚記念・有馬記念)4連覇を狙うクロノジェネシスを抑えて、堂々の1番人気に推されていました。
そのエフフォーリアに、デビュー以来7戦すべて騎乗している主戦騎手が、22日に23歳の誕生日を迎えたばかりの横山武史(以下、横山武)です。横山武は今年、騎手生活5年目で初めてJRA年間100勝を達成。G1レースも、エフフォーリアで3勝した以外に、タイトルホルダーで菊花賞を制していて、有馬記念で今年4勝目を挙げました。
去年(2020年)までG1未勝利だったとは思えない躍進ぶりで、現役で活躍する父・横山典弘に続く「有馬記念・親子制覇」となりました。勝利インタビューでも語ったように、エフフォーリアは横山武にとって、トップジョッキーへの道を開いてくれた「本当に特別な馬」なのです。
しかし、「悔しい思いもいっぱいして」と語ったように、決して順調なだけではありませんでした。横山武はエフフォーリアに騎乗して7戦6勝ですが、唯一敗れたレースが、今年5月の日本ダービーです。
皐月賞まで無敗だったエフフォーリア。当然、ダービーでも1番人気に推されました。最後の直線、一気の伸びで先頭に立つと、そのまま押し切るかと思いきや……そう簡単には勝たせてもらえないのがダービーというもの。福永祐一騎乗のシャフリヤールが猛追し、ゴール前の壮絶な叩き合いの末、惜しくもハナ差で敗れてしまいました。
エフフォーリアを「無敗のダービー馬」に導けなかった上に、横山武自身も勝てば「JRA史上、戦後最年少のダービージョッキー」でしたが、その快挙も逃してしまいました。この敗戦は本人もかなりのショックだったようで、人知れず涙したそうです。
ただ、これで精神的に鍛えられたのもまた事実。気持ちを切り替え挑んだエフフォーリアの次戦は、馬の距離適性も考慮して、クラシック3冠レースの菊花賞(芝3000m)ではなく、秋の天皇賞(芝2000m)でした。
適距離とはいえ、このレースには三冠馬・コントレイルや、最強牝馬・グランアレグリアなど古馬(4歳以上)の一線級が出走。エフフォーリアはこの2頭に次ぐ3番人気となりました。しかし、エフフォーリアはゴール前で2頭を引き離し快勝。有馬記念で1番人気に推されたのは、古馬との初対決でしっかり勝ちきってみせた実力を評価されてのことです。
横山武としても、グランプリも勝っていい形で来年(2022年)につなげたい、という思いがあったはず。ところが、有馬記念前日、土曜日(25日)の新馬戦で “事件”が起こりました。
鹿戸雄一調教師から、エフフォーリアと同じケイティーズハートを母に持つ半弟・ヴァンガーズハートのデビュー戦を託された横山武。1番人気に推され、直線でトップに立ちましたが、ゴール手前で差され2着に。レース後、横山武がゴール手前で数完歩、追う動作を緩めたことが問題になりました。
裁定の結果、「明確に着順に影響があったとは認められないものの、騎手としての注意義務を怠った」として、JRAから2日間の騎乗停止が言い渡されたのです。停止期間は2022年の1月15日・16日のため、有馬記念には騎乗できることになったものの、この「不注意騎乗」で横山武はかなりの批判を浴びました。
精神的にも深く落ち込み、翌日の有馬記念に影を落としかねない出来事でしたが、そんな横山武を救ったのが鹿戸調教師でした。
『奮い立たせたのは、鹿戸雄一調教師の一言だった。レース前のパドック。「(騎乗が)一番うまいから信じて乗ってこい」と声を掛けられ、気持ちを切り替えた』
~『産経新聞』2021年12月26日配信記事 より
鹿戸調教師にとっても、25日は辛いクリスマスになってしまいました。期待のヴァンガーズハートが新馬戦で敗れたことに加え、この日行われた阪神カップで、管理馬のベストアクターが故障。予後不良となり命を落としたのです。
調教師にとっては最も避けたい事態で、心中察するに余りありますが、そんな心理状態でも、落ち込む横山武に「お前がいちばんうまい」と激励の言葉を掛けた鹿戸調教師。これで発奮しなければ嘘でしょう。横山武はこう言います。
『温かい言葉をかけてもらって鹿戸先生の器の大きさに救われました』
~『サンスポZBAT!』2021年12月27日配信記事 より
中山の芝2500mで行われた有馬記念。1番人気のプレッシャーがかかるなか、横山武は中団後ろからクロノジェネシスをマーク。3コーナー過ぎでスパートをかけてクロノジェネシスの動きを封じ、最後の直線で先頭に立つと、内から急襲するディープボンドと馬体をぶつけ合いながら、競り勝ってゴール!
初のグランプリ制覇で、本来なら喜びが爆発してもおかしくない場面でしたが、横山武の顔には笑顔もうれし涙もありませんでした。レース後、馬上でヘルメットを取ると、スタンドに向かい2度も深々と頭を下げたのは、前日の不注意騎乗に対する謝罪のためです。
『勝ててうれしいのですが、心の底から喜べないのは残念です。馬は来年4歳で古馬扱いになりますが、僕はまだ未熟で情けない。エフフォーリアとコンビが似合うように頑張っていきたいと思います』
~『サンスポZBAT!』2021年12月27日配信記事 より
ダービー惜敗をバネにし、自らのミスで招いた逆境も、翌日グランプリ勝利で取り返してみせた横山武。2022年は名実ともに現役最強馬となったエフフォーリアと国内で古馬G1戦線を歩みます。その先には海外挑戦も……。2022年の競馬界は、このコンビを中心に回って行くことになりそうです。
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