話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、12月8日、日本人女性ジョッキーとして初のJRA重賞制覇を果たした、藤田菜七子騎手にまつわるエピソードを取り上げる。
「『(コパノ)キッキング、ありがとう』という気持ちでした。この馬がいちばん強いと思って乗りました」
8日、中山競馬場で行われたG3レース「カペラステークス」で、藤田菜七子が2番人気・コパノキッキング(セン馬・4歳)に騎乗して優勝。JRAのレースで日本人女性騎手が重賞レースで勝ったのは初めての快挙です。
今年(2019年)2月から、6戦連続でコパノキッキングとコンビを組んで来た藤田。この馬のことは知り尽くしています。枠は4枠7番。「ナナコがラッキーセブンを引いた。これは来るぞ!」という声もありましたが、今回も好スタートを切ると、少し下げて4番手をキープ。
「逃げ馬の2番手につけたいと思ったけれど、周りに速い馬がいて、結果的に控えました。でも道中はすごくいい手応えでした」(藤田)
事前に思い描いていた展開と少し違っても、すぐに切り替え、最善の策をとれるようになったのも成長の証し。道中、脚をためて、直線で外に持ち出すと一気に突き抜け、2着に2馬身半差をつけゴール! その瞬間、中山のスタンドでは大歓声が上がりました。
コパノキッキングは、昨年(2018年)も柴田大知騎乗でこのレースを勝っていますが、そのとき背負った斤量は55キロ。今回は3キロ増の58キロで快勝。馬の力はもちろんですが、その能力をしっかり引き出せたのは、ジョッキーの「腕」と言っていいでしょう。
藤田にとっても、JRAの舞台で初の重賞勝ち。デビュー4年目で、歴史的な勲章を手にしました。これで地方交流10勝を含め、通算99勝目をマーク。100勝にも王手です。
勝利ジョッキーインタビューで第一声、「まずはコパノキッキングと関係者のみなさまに、本当に感謝したいです」と感謝の言葉を口にした藤田。
「本当に素晴らしい馬に乗せていただいて、自分も少しずつ成長することができました。この1年、悔しい思いを何度もしたので、勝つことができてよかった」
コパノキッキングは、藤田が乗る前に6勝を挙げており、昨年12月にカペラステークス(G3)、今年1月に根岸ステークス(G3)と重賞を連勝した実力馬です。
オーナーは、風水でおなじみの「Dr.コパ」こと、小林祥晃さん。今年2月のフェブラリーステークス(G1)以降、藤田にコパノキッキングの手綱を預けました。
普通なら、これだけの実力馬を重賞未勝利のジョッキーに任せることはありませんが、「菜七子に重賞を勝たせるのが私の使命」と、コパさんはあえて愛馬を藤田に託したのです。
いきなりのG1騎乗で話題になったフェブラリーステークスは5着でしたが、4月の東京スプリント(大井・G3)は2着。
8月、盛岡競馬場で行われたクラスターカップで、コパノキッキングは1番人気に推されましたが、藤田は武豊・岩田康誠の巧騎乗の前に屈し、3着に終わりました。このとき、コパさんは藤田を叱咤激励。以降、藤田の意識も変わりました。
2ヵ月後の10月、大井競馬場で行われた地方競馬との交流レース・東京盃(G2)を勝って自身初の重賞勝利を果たし、みごと期待に応えてみせました。
続く11月、浦和競馬場で行われたJBCスプリント(G1)では、大井のベテラン・御神本訓史に差され、初のG1勝利は逃しましたが、2着を確保。
この地方競馬での3レースで人気を背負って走り、一流ジョッキーたちに揉まれたことが、藤田を鍛え、成長させたのです。
そして「これも競馬界発展のため」と、負けてもじっと我慢し、藤田の腕を信じ続けた馬主・コパさんの愛情も忘れてはなりません。
「最悪(今年の重賞勝ちは)1つかな、と思っていたけど、地方と中央(JRA)で2つも勝ってくれたし。きょうは上手に乗ってくれた」
当初、藤田とコパノキッキングのコンビは「年内で解散」という方針だったコパさんですが、レース後「今年は(村山明)調教師に、随分とわがままを聞いてもらったから、来年はレースも騎手もすべて任せる」と、村山師に一任しました。
この1年ですっかりコパノキッキングを手の内に入れた藤田。馬を預かる村山師次第ですが、来年(2020年)もコンビ継続の可能性が出て来ました。となれば来年、女性騎手初のJRA・G1レース制覇も決して夢ではありません。
かねてから「『可愛い』と言われるよりも『かっこいい』と言われたい」と言う藤田。今年は新潟競馬で20勝を挙げ、競馬場別の年間リーディングジョッキーに輝き、騎乗依頼も増えて来ました。
女性だから注目されるのではなく、「強いから注目されるジョッキー」へ……2020年、進化を続けるナナコに注目です。