話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、8月16日に今季限りでの引退を発表した埼玉西武ライオンズ・内海哲也投手にまつわるエピソードを紹介する。
『このたび、今シーズン限りで現役を引退することを決断しました。今の気持ちは「やりきりました」の一言です』
~埼玉西武ライオンズ・球団公式サイト(2022年8月16日「ニュース」より 内海からのコメント)
レギュラーシーズンが佳境に入るなか、8月16日に発表された内海哲也の引退。プロ野球選手にはいつかこういう日がくるとはいえ、突然の発表に驚いた方も多いでしょう。
ここまで通算135勝の左腕・内海は、今季(2022年)でプロ19年目の40歳。敦賀気比高校から東京ガスを経て、2003年のドラフト自由獲得枠で巨人に入団しました。高校卒業時にオリックスからドラフト1位指名を受けながら、入団を断って社会人に行ったのは、祖父の五十雄さんもプレーした巨人にどうしても入りたかったからです。
入団3年目の2006年に12勝を挙げ、初の2ケタ勝利をマークすると、それから2013年までの8シーズンで、実に7度の2ケタ勝利を記録。原辰徳監督の2度にわたるリーグ3連覇(2007~2009年、2012~2014年)を支えたエースは、紛れもなく内海です。
2009年の第2回WBCでは原監督のもと世界一も経験し、2011年・2012年は、2年連続最多勝を獲得。2012年は、日本ハムとの日本シリーズで2勝を挙げてシリーズMVPに輝きました。
内海は入団の経緯からも当然、巨人で現役生活を終えるはずでした。ところが2018年オフ、西武・炭谷銀仁朗が巨人へFA移籍。その人的補償選手として、内海は西武へ移籍することになったのです。大功労者がプロテクト名簿から漏れ、こういう形でチームを去るとは、つくづくプロ野球界はシビアな世界です。しかし、一切不満を漏らすことなく新天地へ移った内海。
移籍1年目の2019年は故障の影響で、プロ16年目にして初めて1軍登板なしに終わりました。10月に左前腕を手術。翌2020年、9月2日のロッテ戦で移籍後初勝利。実に743日ぶりの白星でした。この年は4試合に登板して1勝2敗、2021年は2試合で1勝0敗に終わっています。
成績だけ見ると戦力外の可能性もありましたが、若手投手に与えた影響なども考慮され、内海は昨年オフ「投手兼任コーチ」に就任。40歳を迎えた今季は、若手投手たちの指導も行いながらプレーしていました。
選手としては、4月にファームで2勝を挙げ、5月7日の日本ハム戦で先発として今季初登板。1軍のマウンドに立つのは昨年6月以来でした。この試合で内海は、かねてから目標にしていた「通算2000投球回」を達成します。
『長く野球を続けてきたからこその通算2000投球回で、何が何でも達成したいと思っていた。それを今シーズン初登板で達成することができて良かった』
~『サンケイスポーツ』2022年5月7日配信記事 より
内海はこのゲームで5回1失点の好投を見せましたが、チームは敗れ、今季初勝利はお預けになりました。その後はまた2軍での調整が続き、8月12日に再び1軍登録されベンチ入り。リリーフ陣に離脱者が続いたため、左の中継ぎ要員としての昇格でした。
突然の引退発表は、それからわずか4日後のこと。詳しい理由は9月の引退会見で直接語るとのことですが、「リーグ優勝→日本一達成で選手生活の最後を締めくくりたい」という内海の強い意思を感じます。
引退発表から一夜明けた翌17日、内海はソフトバンク戦に8回から登板。ファンから大きな拍手を浴びてマウンドに立ちました。中継ぎでの登板は移籍後初めて。巨人時代の2018年以来、4年ぶりのことでした。
3-5と2点リードされた場面での登板でしたが、内海は先頭の中村晃をピッチャーゴロ、三森を見逃し三振に仕留めます。代打・松田には内野安打を許したものの、続く甲斐をスライダーでサードゴロに打ち取り、1イニングを無失点に抑えました。
優勝争いを何度も経験している内海は、経験値の少ない若手投手たちにとって頼れる存在です。3年ぶりのV奪還に向けて、貴重な戦力が加わったと言えるでしょう。西武・辻発彦監督は内海について、こうコメントしています。
『(内海は)40歳だけど、そのくらいの年齢の選手に若い選手はそう簡単にというか、俺ら口はきけなかったよ。田淵さんとか怖くて。今はそういう時代じゃないけど、内海は本当に18歳の選手とも一緒に、同じように話をしてくれている姿を見た。そういうのが本当に尊敬します。すごいなと思う』
~『西日本スポーツ』2022年8月16日配信記事 より
ついこの前高校を卒業したばかりのルーキーに対しても、マウントを取らず、対等な立場でアドバイスする内海。なかなかできないことです。そういうベテランがいてくれることが、指揮官にとってどれだけありがたいことか。それは移籍後3シーズンで2勝しか挙げていない内海を、球団がコーチ兼任で残した理由でもあります。
また内海も西武の若手投手陣を、能力のあるピッチャーが多いと高く評価しています。特に気に掛けているのが、入団4年目の「ナベU」こと渡邉勇太朗。現在21歳の右腕で、2019年、ドラフト2位で地元・浦和学院高から入団。将来のローテーションの柱として期待されている逸材です。
昨年(2021年)、内海は渡邉と自主トレを共にし、アドバイスを送りました。“内海塾”のお陰で昨季はシーズン後半に4勝を挙げ、才能を開花させた渡邉。その活躍を我が事のように喜び、「自分も頑張らないと」と発奮材料にした内海。昨季、先発で挙げた通算135勝目は、渡邉が好投した翌日にマークしたものです。
4年目の今季、渡邉は開幕ローテーションの一角に加わり、3月27日のオリックス戦で先発を任されました。しかし3回6失点(自責点は4)でKO。続く4月3日のロッテ戦では、5回1/3を投げ3失点で負け投手に。せっかくのチャンスを活かせず、2軍行きとなりました。
渡邉はファームで、兼任コーチになった“師匠”内海からこんなアドバイスをもらったそうです。
『クイックモーションの時に体が早く突っ込む癖があるから、気をつけろ』
~『Full-Count』2022年7月23日配信記事 より
悪癖を指摘してもらった渡邉は、クセを修正して1軍に復帰。7月22日の楽天戦で3ヵ月ぶりに先発登板します。渡邉は6回途中まで投げ2失点と好投し、今季初勝利を挙げました(現在は新型コロナ感染のため離脱中)。
渡邉以外にも、内海から有益なアドバイスを受けた若手投手は大勢います。内海はまだ現役であり、若手投手たちにとってはコーチというよりも“兄貴分”という感じなのでしょう。気軽に話し掛けてくれて、現役投手の視点から有益なアドバイスをくれる内海は、彼らにとっても貴重な存在です。
西武のチーム防御率は、昨季まで4年連続でリーグワーストを記録。最下位に沈んだ昨季は3.94でしたが、今季は一転、リーグトップの2.51と大幅に改善しました(8月18日現在)。これが首位に立っている大きな要因ですが、内海のコーチ就任も少なからず貢献しているような気がします。
そして、中継ぎ要員として再び1軍に呼ばれたこれからは、優勝するための“戦力”としてチームに貢献しなければなりません。内海は1軍再昇格にあたって、こうコメントしています。
『チームにどこまで貢献できるか分かりませんが、任されたところで、ファームでやってきたことを思いっ切り出すだけだと思っています。背伸びしても仕方ないので、泥くさくてもいいから、ゼロで帰ってこられるようにしっかり投げ込みたいと思います』
~『西日本スポーツ』2022年8月12日配信記事 より
巨人時代は、コツコツとやるべきことを積み重ね、長年エースとして活躍してきた内海。その真摯な姿勢は、西武移籍後も何ら変わっていませんし、若手にとってはまさに“生きた手本”なのです。
そして、リーグ優勝を果たし、CSを勝ち抜いて日本シリーズに進出すれば、内海の「現役最後のマウンド」はそれだけ先に延びることになります。「内海さんともっと長く一緒にプレーしたい」……内海を慕う若手投手たちの思いが、前年最下位からのV奪回に弾みをつけるかも知れません。