“投げる哲学者” DeNA・今永昇太の言葉の力
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話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、8月30日の中日戦で、8月5勝目となる9勝目を挙げたDeNA・今永投手の「コメント」にまつわるエピソードを紹介する。
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『絶対に負けられない、いい投球をしないといけないとか、周りに求められる像を自分でつくり出す必要はない。ありのままの姿で投げればいいんじゃないかなと。いい意味で解放されて臨んでいる』
~『日刊スポーツ』2022年8月30日配信記事 より(今永のコメント)
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8月は今永の月……8月は5試合に先発登板し、すべて白星。まさに「無双状態」でチームを上昇気流に乗せたDeNAのエース・今永昇太。締めとなる30日の中日戦は、8回を4安打無失点に抑える圧巻のピッチングで、9勝目を挙げました。
16日の巨人戦から24日の阪神戦までDeNAは8連勝を飾り、本拠地・横浜スタジアムの試合では球団新記録の17連勝。首位ヤクルトに4ゲーム差まで肉薄しました。しかし、26日からのハマスタ直接対決で悪夢の3タテ……。首位とのゲーム差は再び7に広がってしまいました。
チームは25日の阪神戦から4連敗。こういう場合、得てしてズルズルと連敗地獄に陥りがちですが、そんなときにチームを危機から救うのがエースの役目です。今永は中日戦の試合前、こう語りました。
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『先を見すぎずに戦っていくことがチームとして大事。目の前の試合を丁寧に戦っていく』
~『日刊スポーツ』2022年8月29日配信記事 より
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まるで監督のようなコメントです。実は今永は、入団したときから「ルーキーなのに、いちいちコメントが深い」と話題になったこともあるぐらい、含蓄ある言葉をよく口にします。冒頭のコメントもその1つ。
今永はもともと求道者的なところがあるのですが、いつしか付けられた異名が「投げる哲学者」。この5連勝中も、非常に深いコメントをいろいろ残していますので、紹介していきましょう。
■8月9日 阪神戦(横浜)vs青柳 ○3x-2
8月2日、後半戦初戦・広島戦の先発を託された今永は、森下と投げ合い6回2失点で勝利。そこからチームは4連勝と勢いに乗ります。8月2度目の登板は、9日、Aクラスを争う阪神とのゲームでした。
阪神は前半戦ですでに2ケタ勝利を挙げたエース・青柳を投入。実は今永と青柳は同学年で、ドラフト同期生。今季(2022年)は6月17日に対戦し、今永は6回6失点で負け投手になっています。余計に負けられないゲームですが、試合前、今永は前回の反省をふまえ、実に彼らしい言葉を口にしました。
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『青柳投手を意識しすぎて、彼に負けないような投球をしなきゃいけないっていうのが少し自分を苦しくしてしまったので、自分にできないことはやらないように気を付けたいです』
~『日刊スポーツ』2022年8月9日配信記事 より
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「自分にできないことはやらない」……要するに、青柳は青柳、自分は自分。無理して張り合おうとして、背伸びをするなと自分を戒める。なかなかできないことです。
この試合、今永は2回に2点を奪われますが、味方の反撃を待って辛抱強く投げ、DeNAは6回、同点に追い付きます。青柳はそこで降板しましたが、今永は113球を投げ完投。9回裏、今永の代打で出た大田がサヨナラヒットを放って、今永に6勝目が転がり込みました。試合後のコメントです。
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『彼に投げ勝った訳ではないと正直思っていますし、今日は青柳投手も5回で100球投げて、かなり調子は悪かったと思うんですけど、何とか最少失点で切り抜けようという姿を見て、これが勝つ投手の投球だなと思い知らされました』
~『スポーツ報知』2022年8月9日配信記事 より
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試合に勝ったのに「青柳に投げ勝ったわけではない」と語り、調子が悪いなりに何とか抑えようとする青柳の姿を見て学ぶ。また、そのことを公の場で口にして、ライバルを讃える。言葉に嘘がないから言えるのです。「投げ合えて幸せ」とまで語った今永。青柳は本当にいいライバルを持ちました。
■8月16日 巨人戦(横浜)vs菅野 ○3-1
今永は8月、5試合とも火曜日に投げましたが、1週目も2週目も、今永が投げた試合からDeNAは4連勝しています。週の頭に勝ってチームを乗せ、月間8勝2敗で迎えたのが巨人戦でした。
一方、巨人はコロナ禍から脱し、8月はこの試合まで8勝4敗。ようやく上昇気流に乗ってきただけに、絶対に落とせないゲーム。エース菅野を立てて臨みます。今永にとって菅野は目標としている存在で、今年(2022年)の春季キャンプ中には、リモートで投球フォームの相談に乗ってもらったこともありました。
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『手取り足取り教えてもらった。関わりのない、こういう選手にも時間を使ってくれる、器の大きな先輩』
~『日刊スポーツ』2022年8月16日配信記事 より
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尊敬する先輩と投げ合った今永。この試合、5回以外は毎回ランナーを背負う苦しい展開が続き、7回まで8安打を浴びましたが、何とか1失点に抑えます。一方、菅野は3失点で、6回で降板。DeNAは継投で逃げ切り、今永は8月3連勝、7勝目を挙げました。
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『菅野さんに投げ勝つのは目標でもあったので良かった』
『僕の役割は、いいピッチングじゃなくて何があってもチームを勝たせること。チームからも、それを託されている。意気に感じて、どんな形でも絶対に勝つとやれているのが、いいと思う』
~『日刊スポーツ』2022年8月16日配信記事 より
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今永が言う「いいピッチングじゃなくても、何があってもチームを勝たせること」こそすなわち、エースの仕事。それは過去、菅野のピッチングを見て学んだことでもあります。尊敬する先輩の前で、エースの仕事を実践できたことは、今永にとって何より大きな自信になったはずです。ちなみに、この巨人戦勝利からDeNAは8連勝しています。
■8月23日 阪神戦(京セラドーム大阪)vs青柳 ○4-0
23日の阪神戦では再び青柳と投げ合い、6回を4安打無失点に抑えDeNAが勝利。今永はライバルにまた投げ勝ち8勝目。またDeNAは貯金を10に乗せました。試合後、今永はこう語っています。
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『今日はみんなに救ってもらった。必ず苦しい時は来る。その時に僕がみんなのミスをカバーできるようにしていきたい』
~『デイリースポーツonline』2022年8月24日配信記事 より
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「みんなに救ってもらった」というのは「先発投手がよく言うセリフ」と思うかも知れませんが、今永の場合、いつも言動が「ガチ」ですから、言葉の重みが違うのです。だから野手も、こうして言葉にして感謝されると、余計に意気に感じる。今永が投げるとき打線が必ず援護するのは、決して偶然ではないのです。
広島・阪神・巨人のエースと投げ合って全勝。逆転Vへ望みをつないだ今永。ヤクルトとの直接対決は9月以降、まだ6試合残っています。試合消化が遅れているDeNAは9月、30日間で27試合を消化する厳しい日程が待っていますが、「言葉の力」でチームを引っ張るエースがいる限り、まだまだヤクルトも油断できないのではないでしょうか。