話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、今年の世界選手権銅メダルに続き、陸上競技の国際大会シリーズ「ダイヤモンドリーグ」ファイナルでも日本人初の表彰台に輝いた、陸上女子やり投、北口榛花にまつわるエピソードを紹介する。
これまで「世界ユース選手権(2015年)やり投で日本人初優勝」から始まり、いくつもの「日本初」「日本女子初」を成し遂げてきた陸上女子やり投、北口榛花。いまや日本陸上界のエースと言ってもいい彼女がまたとんでもない「日本人初」を見せてくれた。
9月9日(開催地スイス・チューリッヒでは8日)、陸上界最高峰の戦いであるダイヤモンドリーグのなかでも成績上位者のみが出場できるファイナルの舞台に「日本女子で初出場」。最終6投目に63メートル56のビッグスローを披露し、3位に。「日本人初」となるファイナル表彰台の快挙を成し遂げたのだ。
この試合後、北口は自身のSNSに次のように投稿。今季の激闘ぶり、そして自身が置かれた状況の激変ぶりを感じさせるものだった。
『3位が嬉しかった世界陸上から、3位かぁ。と思えることが今季の成長だと思います。世界のトップ選手と戦える、多くの意味がある舞台にたてて幸せでした。応援ありがとうございました』
~2022年9月9日付 北口榛花Twitterより
「3位が嬉しかった世界陸上」とは、日本選手団女子主将という大役とともに挑んだ7月の世界選手権。ここで北口は最終6投目で63メートル27を投げ、見事3位に。オリンピック、世界選手権を通じて「投てき種目で日本女子初のメダル獲得」という歴史的快挙を達成した。
この「世界選手権銅メダル」の際は、嬉しさのあまり大号泣のままインタビューを受けた北口の姿が印象的だったが、今回のファイナルでは「3位も当たり前」という状況になってきたことに、本人ならずとも成長を感じざるを得ない。
今季はダイヤモンドリーグで「日本人初優勝」を果たすと、世界ランキングでも「日本女子初の1位浮上」も経験するなど、まさに破竹の勢いと言える北口。そんな彼女と入れ替わるように、世界の檜舞台から身を引く決断をした人物がいる。北口が長年憧れ続けた世界記録保持者、バルボラ・シュポタコバ、41歳だ。
シュポタコバは2008年に72メートル28の世界記録を樹立。世界選手権では3度優勝を果たし、オリンピックでも2008年の北京と2012年のロンドンで連覇を達成した、まさに陸上界のレジェンド。今季も8月の欧州選手権では3位。今回のダイヤモンドリーグ・ファイナルにも出場して決勝は5位と、まだまだ世界の第一線で戦える力がありながらの引退劇となった。
そんな女王シュポタコバの存在こそ、北口がここまで世界の舞台で勝てるようになった要因の1つと言っても過言ではない。過去のインタビューで、「理想とする一投とは?」という質問に、北口はこう答えたことがある。
『正直、まだ模索中で定まっていませんね。ただ、高校生のときにチェコのバルボラ・シュポタコバ選手の動画を見て、彼女の投てきに惹かれて、“こういうふうに投げたいな”と思ったことはありました。人はそれぞれ体格など個人差があるように、私にも私だけの特徴がある。それを生かしながら自分にしかできない投てきを作り上げていきたいと思っています』
~『Number Web』2020年10月27日配信記事 より
北口が大きな飛躍を遂げたきっかけとして、2019年2月に1ヵ月間、単身でチェコに渡った武者修行が挙げられる。なぜチェコだったかといえば、憧れのシュポタコバが生まれたやり投げ大国だからだ。そしてこの武者修行期間中、北口はシュポタコバと一緒に練習できるという千載一遇の機会に遭遇。世界一の凄味を肌で感じて大いに刺激を受けたことを、自身のSNSでこうつぶやいていた。
『前日からど緊張の訳は…動画見てたシュポタコバ選手(世界記録保持者)との練習でした。試合で投げるより先に、練習で一緒に投げました。早く試合で一緒に投げれるように頑張ります‼️思ってる以上に話してくださって、夢のような時間でした』
~2019年3月6日付 北口榛花Twitterより
北口が初めて日本記録を出したのはこの武者修行のすぐあと、2019年5月の日本選手権での出来事。そして、「早く試合で一緒に投げれるように」とつぶやいた憧れの存在とは、今季、何度も同じ舞台で戦い、そして彼女の目の前で優勝を飾った試合もあった。まさに、女王からのバトンを受け継ぐシーズンになったと言える。
もっとも、引退したあとも北口にとってシュポタコバは追いかける存在だ。北口が常々語る最終目標は、オリンピック金メダルと世界新記録の樹立。つまり、シュポタコバの72メートル28を超えることにある。
まずはアジア女性初となる70メートル台到達へ。ビッグスマイル北口榛花が見せるビッグスローに引き続き注目したい。