涌井・阿部電撃トレード 中日・立浪監督が仕掛けた「真の狙い」とは?

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話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、11月15日に楽天と中日の間で発表された、涌井秀章投手と阿部寿樹選手の交換トレードにまつわる背景を紹介する。

涌井・阿部電撃トレード 中日・立浪監督が仕掛けた「真の狙い」とは?

【プロ野球日本ハム対楽天】先発 楽天・涌井秀章=2022年5月4日 札幌ドーム 写真提供:産経新聞社

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『戦友でもあり、同志でもあるワクの気持ちを大事にしたかった。寂しさはあるけど、力を発揮できる環境が中日にあるなら、送り出してあげたかった』

~『スポニチアネックス』2022年11月16日配信記事 より(楽天・石井一久監督のコメント)

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「若い選手を使っていくという方針もあって、楽天に行ったほうが彼の実力を発揮できるのではないかという判断もあった。苦渋の決断かと言われれば『そうです』となる」

~『中日スポーツ』2022年11月15日配信記事 より(中日・加藤宏幸球団代表のコメント)

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11月15日、楽天と中日の間で突然発表された大型トレード。楽天は通算154勝、最多勝4回、2009年には沢村賞にも輝いた涌井秀章投手を、中日は勝負強いバッティングでチームに貢献した右の内野手・阿部寿樹選手をそれぞれ放出。1対1の交換トレードが成立しました。

涌井は、プロ18年目の36歳。今季(2022年)は5月に右手中指を骨折。9月に1軍復帰を果たしましたが、4勝3敗に終わりました。阿部は7年目ですが、大卒~社会人経由のため32歳。今季はチーム事情から二塁・三塁、ときに一塁と左翼も守り、打率.270、9本塁打、57打点の成績を残しています。

このトレードが発表されたとき、中日ファンのみならず、全野球ファンが思ったことは「中日は、阿部を出して大丈夫なのか?」。立浪和義新監督を迎えた今季も課題の貧打が解消できず、12球団ワーストの414得点に終わった中日。優勝したヤクルトは12球団トップの619得点と、実に200点以上の差をつけられました。チーム防御率はリーグ2位の3.28でしたが、ピッチャーが3失点ほどで抑えても、1試合平均2.9点しか取れないのでは勝てません。得点力不足は最下位転落の大きな原因になりました。

ただでさえ打てる選手が少ないなか、勝負強い阿部を放出したら、余計に点が取れなくなるのでは?……ツイッターのトレンドワードに「中日大丈夫」が上がったのも頷けます。冒頭で紹介した中日・加藤球団代表のコメントでは「若返り」が阿部放出の理由でしたが、交換相手が36歳の涌井ですから、その説明では矛盾しています。

阿部は岩手出身の東北人で、仙台にも馴染みがあり、環境としても楽天移籍は悪い話ではありません。楽天としても、補強ポイントだった「右の内野手」にぴったりはまる選手であり、内野は遊撃以外すべて、外野もこなせる阿部の獲得は願ったり叶ったりです。このトレード、楽天から持ちかけたのかと思いきや、意外にも“逆”でした。

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『中日から涌井をトレードしてもらえないか、というお話を頂いた』

~『スポニチアネックス』2022年11月16日配信記事 より(楽天・石井一久監督のコメント)

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石井監督はGM(ゼネラルマネージャー)も兼任していますので、話は早く進みました。涌井は、石井監督が現役時代、西武に在籍していたときのチームメイト。以来、公私ともに石井監督とは親交があり、2019年オフ、ロッテから金銭トレードで涌井を獲得したのは、当時GM専任だった石井監督でした。

そんな経緯があるので、石井監督としても涌井トレードには少々ためらいがあったかも知れません。すぐ涌井本人に「中日から話がきているが、どうする?」と意向を聞いたそうです。通常、トレードは決まってから本人に告げるもので、これは異例のこと。涌井は中日行きを選び、トレードが成立しました。

涌井はセ・リーグでプレーするのは初めてですが、在籍した西武・ロッテ・楽天でいずれも開幕投手を務め、かつ3球団で最多勝のタイトルを獲っています。これは環境が変わっても実力を発揮できる証し。セの野球に順応するのも、涌井ならさほど難しいことではないでしょう。

しかも、中日の本拠地・バンテリンドームナゴヤはホームランが出にくく投手有利の球場と言われています。この“地の利”を活かせば、長くプレーすることも可能で、あと46勝に迫った通算200勝も決して夢ではありません。「50歳まで現役」が目標と公言している涌井にとっては、格好の新天地でした。

ということで、当事者2人にとっては“いい話”であり、楽天にとっても欲しかったパーツが埋まった今回のトレードですが、では、この話を仕掛けた中日には、いったいどんなメリットがあるのでしょうか?

まず1つは「先発投手陣の強化」です。と言うと「え、中日はピッチャーが揃ってるんじゃないの?」と思う方も多いでしょう。たしかに手駒は多いのですが、小笠原慎之介(10勝)・柳裕也(9勝)・大野雄大(8勝)・松葉貴大(6勝)・髙橋宏斗(6勝)の5人に次ぐ、安定した先発投手がいなかったのです。

今季は彼らの他に10人の投手が先発で登板、うち4人が勝利を挙げましたが、全員1勝止まりで、先発で2勝以上挙げた投手は現れませんでした。6連戦の週はつねに“谷間”が生じていたわけで、これでは上位は狙えません。

今回、右の涌井が加入したことで、計算の立つ先発が左右3枚ずつ6枚揃い、ローテが組みやすくなったのは大きなメリットです。来季は、ドラフト1位右腕・仲地礼亜(沖縄大)ら新戦力や、投手転向した根尾昂もいますし、成績次第でローテを入れ替える余裕も生まれました。これで現先発陣の5人にも「ウカウカできないぞ」という緊張感が生まれます。

涌井加入で先発投手陣は厚みを増しましたが、問題は「阿部が抜けた穴をどう埋めるのか?」。ファンがいちばん気にしているのはその1点です。

おそらく、阿部を放出した立浪監督の真の狙いは「チーム内に競争状態をつくること」ではないでしょうか。強いチームは、控え選手がいつでも試合で結果を出せるよう備えていて、ゆえにレギュラー陣も気が抜けないのです。

ここ何年かの中日を見ていると、そういった競争がないためレギュラー陣も低いレベルで安心してしまい、怠慢に見える凡プレーもしばしば見受けられました。それが長期低迷の理由のように思います。

こういうぬるい雰囲気を一掃するためには、強制的に「競争状態」をつくるしかありません。今回のトレードで阿部が抜けて、セカンドのポジションが空いたことで、内野のレギュラーを狙っている若手にとっては、がぜんやる気が湧いてきたはず。それも“補強”の1つです。立浪監督は、いるとつい頼ってしまう阿部をあえて手放すことで、若手を使うしかない状況に自分を追い込み、退路を断ったとも言えます。

守備の面で言うと、ディフェンス重視の野球をするなら、何より固めたいのはセンターラインの二遊間。今季、二遊間を固定できなかったために、4-6-3、6-4-3の併殺が取れないケースを何度か見受けました。それが致命的な失点につながったことも。

おそらく立浪監督は、今季後半から遊撃に抜擢し、それなりの結果を出した高卒2年目・土田龍空を来季も固定で使うでしょう。土田とコンビを組む二塁手は誰が適任なのか? かつての「荒木・井端コンビ」のような鉄壁の二遊間をつくるには、32歳の阿部ではなく、20代の誰かをパートナーにしたい……それを来季1年で見定めようというのが、このトレードの最大の狙いではないでしょうか。

立浪監督は22日までドミニカ共和国に滞在。現地でウインターリーグを視察中です。ここで「長打を打てる野手」を獲得してテコ入れを図る一方、競争原理を働かせることで、チーム内に巣食う「ぬるま湯ムード」を一掃。打てる野手を育てたい……そんな指揮官の決意を感じるトレードでした。

「阿部を出すなんて、何を考えているんだ?」と批判を受けるのは先刻承知。言い訳ができない状況に自らを追い込んだ立浪監督の決意を、選手たちがどう受け止め、このオフをどう過ごすのか? このトレードが正解になるかどうかは、すべてそこに懸かっています。

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