話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は12月18日、サッカー・カタールW杯で悲願の優勝トロフィーを手にしたアルゼンチン代表、リオネル・メッシ選手と、チームメイトの絆にまつわるエピソードを紹介する。
『これ以上望むものはないよ。全部手に入ったことに感謝したい。こうして自分のキャリアのほとんどを終えることができたのは、感慨深いものがあるね』
~『THE DIGEST』2022年12月19日配信記事 より(W杯優勝決定後、メッシのコメント)
2022年のスポーツ界における、最大の歓喜だったかも知れません。フランスとのサッカー史に残る死闘を制し、36年ぶり3度目のW杯制覇を成し遂げたアルゼンチン代表。国民は歓喜に沸き、20日に首都・ブエノスアイレスで行われた優勝パレードには推定で400万~500万人が集結。パレードが中断する騒ぎになりました。ディエゴ・マラドーナを中心に栄冠をつかんだ1986年以来の快挙だけに、アルゼンチンサポーターが喜びを爆発させたのはよくわかります。
歓喜の輪の中心にいたのが、今回が最後のW杯とみられていたリオネル・メッシ(パリ・サンジェルマン)です。現在35歳、今回が5度目のW杯となったメッシ。過去、いくつもの栄冠を手にしながら、W杯だけは制することができなかったメッシが、ついに優勝トロフィーを手にしたシーンは感慨深いものがありました。
14歳でスペインに渡り、バルセロナの下部組織で育ってスターになったメッシ。そのせいで「メッシは代表に思い入れがないんだ」といわれのない批判を受けたこともありますが、決してそんなことはありません。
2006年、ドイツ大会でW杯に初登場したとき、彼は長髪の18歳でした。若き救世主として期待され1ゴールを記録しますが、準々決勝のドイツ戦では出番なしに終わり、チームもPK戦の末に敗れました。
2度目の出場となった南アフリカ大会では、国民的英雄のマラドーナ監督がアルゼンチン代表を指揮。マラドーナ監督はメッシを、かつての自分と同じトップ下で起用し続けました。
『私が1986年のW杯で与えたのと同じインパクトを彼が与えられるのなら、それは素晴らしいことだ。それを見てみたい』
~『産経WEST』2022年12月19日配信記事 より(2010年、南アフリカW杯でのマラドーナ監督のコメント)
ところがメッシは厳しいマークに遭い、5試合にフル出場しますが無得点。チームも準々決勝で、またしてもドイツに敗れてしまいます。アルゼンチン国民の期待を裏切ったメッシは批判にさらされ、当時の所属クラブ・バルセロナでは輝けても「代表では輝けない」とまで言われました。
しかし、続く2014年のブラジルW杯で、メッシは4得点をマーク。大会の最優秀選手に選ばれ、批判を一掃してみせますが、アルゼンチンは決勝でまたもやドイツに敗北。いちばん欲しかったものは3たび手に入りませんでした。2018年のロシアW杯は、決勝トーナメント初戦で優勝国・フランスに敗れ、メッシはわずか1得点で終了。不完全燃焼に終わっていたのです。
そんな過去を受けての、今回のカタールW杯。5度目の出場、年齢も35歳とあってこれがメッシにとって「最後のW杯」とみられていました。メッシとしては「たくさん点を取り、チームを優勝に導く」のが至上命題だったのです。
ただし今回、そのメッシを主将とするアルゼンチン代表の下馬評は決して高くありませんでした。メッシが素晴らしいパフォーマンスを発揮したとしても、サッカーは1人だけで勝てる競技ではありません。
今大会のアルゼンチン代表は20代前半の若手が並ぶメンバー。いずれも精鋭ぞろいですが経験値は浅く、さらにメッシも全盛時よりスピードが落ち、守備への参加も目に見えて減っていました。「世界選抜」のような最強の布陣で連覇を狙うフランスに、総合力で及ばないのではという懸念があったのです。
ところがいざフタを開けてみると、このメンバー構成が功を奏しました。メッシとは年齢が10歳以上離れている若手たちは、少年時代にメッシを観て育ち、憧れてプロになった選手ばかり。彼らが今大会中、再三口にした言葉が「メッシとともに」です。
ここ10年ほど、アルゼンチン代表は良くも悪くも「メッシ頼み」のスタイルでした。ところが、今回のチームは若手たちが「お膳立てや守備は全部僕らがやりますから、あなたはここぞ、というときに1発決めてください」とメッシに言っているかのような、そんな逞しさを感じました。
「メッシ自身が戦術」「FCメッシ」と揶揄されたチームから「精鋭軍団 feat.メッシ」への転換。自分たちのヒーローであるメッシに、今度こそ本当の意味で輝いて欲しい。それがメッシに対する最高の「恩返し」になる……そんな若手たちの共通の思いが、強固な結束を生んだのです。
その絆の強さを示したのが、アルゼンチン代表の「ヘアスタイル」です。試合前の集合写真を見てもらえれば一目瞭然ですが、グループリーグ初戦のサウジアラビア戦から決勝のフランス戦まで、全員がメッシと同じ、サイドを短く刈り込んだ髪型を真似していたのです。
いざ開幕すると、若手たちの活躍は目覚ましいものがありました。クロアチアとの準決勝、前線でメッシと絶妙のコンビネーションを見せたのが、まだ22歳のフリアン・アルバレス(マンチェスター・シティ)です。
前半30分過ぎ、アルバレスが獲得したPKをメッシが決めて先制。このゴールでメッシは、アルゼンチン選手のW杯歴代最多得点記録を塗り替えました。39分には逆に、メッシからパスを受けたアルバレスがハーフライン付近からどんどん前へ突き抜け、そのままゴール。
さらに後半24分、メッシが技ありのドリブルで敵陣に斬り込み、最後はアルバレスにパスを通して3点目。これで勝負ありました。あの堅い守備で知られるクロアチアに3-0で圧勝できたのは、メッシとアルバレスの呼吸がぴったり合っていたからこそ。試合後メッシは、1回り以上も年下の“相棒”アルバレスをこう讃えています。
『とても素晴らしかった。我々にとってとても重要な選手だ』
~『読売新聞オンライン』2022年12月14日配信記事 より
アルバレスにしてみれば、憧れのメッシにここまで言ってもらえて、天にも昇る気持ちだったでしょう。決勝に向けて、モティベーションがよりアップしたのは言うまでもありません。
また今大会、全7試合に出場。最優秀若手選手賞を受賞したのがMFのエンソ・フェルナンデス(ベンフィカ)です。豊富な運動量を武器に、攻守にわたって活躍。フランスとの決勝でも正確なパスと当たりの強さを発揮して勝利に貢献しました。まだ21歳の彼もまた「メッシに輝いて欲しい」とピッチを駆け回った1人です。彼は大会後、こうコメントしています。
『メッシは僕のアイドルだよ。彼は誰よりもW杯優勝に値する人物だと思っている』
~『SOCCER KING』2022年12月19日配信記事 より
こういった若手たちの献身的なサポートを得て、メッシは決勝で2ゴールを挙げ、今大会は通算7得点、3アシストを記録。悲願でもあった優勝トロフィーを手にし、史上初となる2度目のゴールデンボール賞(大会MVP)を受賞しました。
振り返って、メッシがこれだけのパフォーマンスを披露できたのは、彼自身の心境の変化もあったように思います。18歳でW杯デビュー、マラドーナ監督のもとでトップ下を任され、先輩たちに才能を育んでもらったメッシ。「今度は自分が若手たちを引っ張り上げてやる番だ」「彼らと一緒に優勝したい」という強い思いを、プレーの随所に感じました。
このチームで栄冠を手にできたことがよっぽど嬉しかったのでしょう。大会後、メッシの口から、こんな宣言も飛び出しました。
『僕はサッカーが大好きで、このチームとこのグループで本当に楽しみながらやっている。だから世界チャンピオンとして何試合かは生き続けてみたい』
~『THE DIGEST』2022年12月19日配信記事 より
W杯を花道に退くとみられていた代表の座をすぐには降りず、「何試合かは」続けてみたいと語ったメッシ。苦しかった重圧からやっと解放され、もう一度心からサッカーを楽しみたいという意思が見てとれます。サッカーは1人でするものではなく、みんなで勝利に向かって力を合わせることにこそ醍醐味がある……若手たちの献身的なプレーを見て、改めて痛感したのかも知れません。
もちろん、代表続行はチームメイトたちも、アルゼンチン国民も、世界のサッカーファンも大歓迎です。この「何試合か」がどのくらいの期間になるかはメッシ次第ですが、もしかすると4年後も……?