国枝慎吾、村田諒太、石川佳純……2023年引退アスリートたちの「最後の言葉」

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話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、2023年に現役引退を決断したアスリートたちが語った「最後の言葉」「節目の言葉」にまつわるエピソードを紹介する。

引退会見でラケットを振る国枝慎吾選手=2023年2月7日午後、東京都江東区 写真提供:産経新聞社

引退会見でラケットを振る国枝慎吾選手=2023年2月7日午後、東京都江東区 写真提供:産経新聞社

WBCでの世界一奪還から始まり、さまざまなドラマが生まれた2023年のスポーツ界。この1年を振り返ると、過去に「世界一」を経験してきた偉大なアスリートが何人も競技人生に一区切りをつけた。1年の最後に、そんなレジェンドアスリートたちの「最後の言葉」を振り返りたい。

■車いすテニス:国枝慎吾

2023年が始まってすぐの1月22日、突然の引退発表を行ったのは、グランドスラム通算優勝50回という車いすテニス界のレジェンド、国枝慎吾。2022年には悲願のウィンブルドン制覇を達成し、生涯グランドスラムを達成。「俺は最強だ」と自分自身に言い聞かせ続け、2006年に初めて世界ランク1位になって17年、最後も世界1位のままで引退するという、まさに伝説の幕切れとなった。

2月に行われた引退会見でも、この「俺は最強だ」について改めて振り返る場面があった。

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「2006年から23年まで、ラケットには『俺は最強だ』の言葉を書き続けて。何度も弱気になる部分はテニスをしていればありますし、そういうなかでも『俺は最強だ』と自分自身に断言する。そういったことで、いろいろな弱気の虫を外に飛ばしていけたかなと思います。それは、2006年から最後までやりきれたかなと」

~2023年2月7日、国枝慎吾引退会見より

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そんな国枝が現役生活を通して挑んできたもの。それは、車いすテニスを「スポーツ」として認知し、広めたいという切実な願いだった。

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「アテネのころは金メダルを取っても、スポーツとして扱われない。福祉として、社会的に意義のあるものとして、という側面が強くメディアを通して伝わっていた。これを変えないと。車いすテニスってこんなに面白いんだ、予想以上にエキサイトするスポーツだなと。その舞台に持っていかないと。パラリンピックもよく『共生社会の実現のために』と言われますけれど、スポーツとして感動を与え、興奮させるものでないと、結局はつながっていかないんじゃないかなと。現役生活で何と戦ってきたのかなと考えて、相手との戦いと、自分との戦い。そしてもう1つ、『スポーツとして見てもらいたい』という戦い。この3つがずっと現役中は肩にのしかかってやっていたかなと」

~2023年2月7日、国枝慎吾引退会見より

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この引退会見後に国民栄誉賞の受賞が決定。パラアスリートでは初受賞となったことで、改めて「車いすテニスの魅力訴求」に寄与したことは間違いない。

■空手:喜友名諒

3月に引退会見を行ったのは、空手発祥の地である沖縄県出身の喜友名諒。全日本選手権では前人未到の10連覇。世界選手権も4連覇を達成し、東京オリンピックで初めて採用された空手男子「形」で金メダルを獲得。沖縄出身者としては、1972年の日本復帰以来、初の五輪金メダリストとなった。

そんな「空手界のキング」が引退会見で口にしたのは、空手の本家本流である「沖縄の空手」を世に広めたかったという積年の悲願だった。

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「メディアの方々にも、東京オリンピックに向けては何度も沖縄に足を運んでいただいて、自分たちの稽古を報道していただきました。そのおかげで、空手をまだ知らなかった方々や子どもたち、応援してくれる方々にメディアを通して自分たちが何を目指しているのかを伝えることができました」

~2023年3月17日、喜友名諒引退会見より

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■ボクシング:村田諒太

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「ボクサーとしては引退ですが、これは引退という名のスタートだと思っています。よりよい社会をつくるために、よりよい未来をつくるために、これからも皆さまと何かご一緒してくれればと思っています」

~2023年3月28日、村田諒太引退会見より

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2012年のロンドン五輪ボクシング男子ミドル級で金メダルを獲得。その後、プロに転向してWBAミドル級で世界王者に。日本人選手では初めてアマチュアとプロの両方で世界の頂点を極めた村田諒太が3月28日、現役引退会見に臨んだ。

「闘う哲学者」とも呼ばれた男は、去り際にも思慮深い言葉をいくつも並べた。例えば、「ボクシングで何を証明できるか」「強さとは何か」という問いに対してはこんな言葉を残してくれた。

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「強さの答えは出ませんでした。自分がボクシング人生で気づいたことは、自分が思ったよりも『強く』、思ったよりも『弱く』、思ったよりも『美しい』部分もあり、『醜い』部分もあった。そういった自分自身と向き合うこと。美しくもあり、醜くもあり、強くもあり、弱くもある。そういったものを見せてもらう旅がボクシングだった」

~2023年3月28日、村田諒太引退会見より

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■卓球:石川佳純

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「卓球に育ててもらったなと思います。卓球に夢中になって、必死で、夢中になった23年間だったなと思います」

~2023年5月18日、石川佳純引退会見より

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5月18日に引退会見を行ったのは、長年に渡って日本の女子卓球界を牽引してきた石川佳純。2012年ロンドン五輪からリオ、東京と3大会連続でメダルを獲得。2017年の世界選手権・混合ダブルスでは自身初となる世界一に輝く活躍を見せてくれた。

10代選手が次々と台頭する卓球界において、30歳まで第一線で活躍を続けられたこともまた偉業の1つと言えるだろう。若手選手の突き上げのなか、最後まで諦めずにプレーできた要因について語る言葉で、石川佳純らしい、と感じたのは「責任感」の強さだ。

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「自分自身に向き合うことを常に意識してきました。とくに、現役生活が長くなればなるほど苦しい時間も増えてくる部分は多かったですが、自分自身と向き合うことを諦めないというか、そこから逃げないという強いポリシーを持って、そこを最後まで果たせたことはうれしいと思います。プロとして18歳から活動して、たくさんの応援をいただいて、そこで100%を出すことは最低限の責任かと思って頑張ってきました」

~2023年5月18日、石川佳純引退会見より

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■アーティスティックスイミング:乾友紀子

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「引退を決意した理由は、世界選手権を終えて振り返ったときに『悔いなくやりきった』と思えたから決意しました。それは大会の結果だけでなく、そこまでの過程1日1日をすごく濃い時間を過ごすことで、そこまでの積み重ねてきた日々に悔いがなかったと思えたので決意しました」

~2023年10月27日、乾友紀子引退会見より

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水泳のアーティスティックスイミングで日本のエースとして活躍してきた乾友紀子。2016年のリオ五輪でデュエットとチームでともに銅メダルを獲得。東京五輪後は、五輪種目ではないソロに専念。すると、去年(2022年)と今年の世界選手権ではソロの2種目で日本選手初となる2連覇を達成してみせた。

そんな世界女王も10月に引退表明。会見で口にしたのは、小学6年生から指導を受けてきた恩師・井村雅代コーチへの感謝だった。

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「本当に井村先生なしではここまで来られなかったと思っています。どんなときでも私の味方で、引っ張ってきてくれたからここまで来れたのかなと思います」

~2023年10月27日、乾友紀子引退会見より

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今回は世界王者経験者に絞って「最後の言葉」を振り返ってみたが、ここで取り上げた5選手以外でも今年引退を決意したアスリート、熱い「最後の言葉」を振り絞ってくれた選手はまだまだいる。人を動かす言葉を持った彼・彼女たちの引退後の活躍も、2024年以降楽しみにしたい。

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