話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、WBCで14年ぶりの世界一を達成した侍ジャパンから、大谷翔平、ダルビッシュ有、ヌートバー、吉田正尚のメジャーリーグ勢が発した言葉で大会を振り返ってみたい。
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『日本野球の魂を信じています。それを信じ続けて野球にひたすら向き合うだけ』
~『ベースボールキング』2023年1月26日配信記事 より(栗山監督の言葉)
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2ヵ月前の1月26日、日本代表選手発表記者会見でこう決意を語っていた栗山監督。選手を信じ、日本野球を信じた2ヵ月の旅路のゴールは、14年ぶりの世界一。しかも、“世紀の二刀流”大谷翔平vs“キャプテンアメリカ“マイク・トラウトという、MLB公式サイトでも「映画のような夢の対決」と称した最高の結末で幕を閉じた。
そんな日本代表を牽引し、栗山監督の言う「日本野球の魂」を誰よりも感じさせてくれたのは、ダルビッシュ有(パドレス)、ラーズ・ヌートバー(カージナルス)、吉田正尚(レッドソックス)、そして大谷翔平(エンゼルス)という4人のメジャーリーガーだった。改めて、彼らの残した印象的な言葉とともに、その役割、存在感の大きさを振り返りたい。
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『気負いすぎというか、戦争に行くわけではない。自分たちは好きな野球をやってきた。その中で、大会に勝つためのベストメンバーで、オールスター中のオールスター。それなのに、みんなでガチガチになって、米国に負けたとしても、日本に帰れないというマインドで行ってほしくない』
~『中日スポーツ』2023年2月5日配信記事 より(ダルビッシュ有の言葉)
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今回の侍ジャパンの物語において、序盤の耳目を最も集めたのはダルビッシュ有で間違いない。若手選手たちはその一挙手一投足に注目し、自然発生的に行われた「ダルビッシュ塾」が日々のニュースネタに。その姿は、選手というよりもメンターのようだった。
そんなダルビッシュが代表合宿入りする前に発していたのが上記の言葉。実際にアメリカとの決勝戦が実現したいま、改めてこの言葉を振り返ると、ダルビッシュという大きな支えがあったからこそ、選手たちは気負い過ぎずに伸び伸びと、本来の力を発揮できたことがよくわかる。
そんな「野球が好き」という気持ちを全開に発揮していたのが今大会を象徴する男、ヌートバーだ。思えば合流初日、こんな言葉を語っていた。
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「栗山監督には『何でもやる』と伝えた。投手陣は世界最高峰だと思っているし、僕たち野手陣が点を取れば優勝できない理由はない」
~『スポーツ報知』2023年3月4日配信記事 より(ヌートバーの言葉)
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初球から打ちにいく積極的なバッティング。追い込まれてもそこから食らいついて四球をもぎ取る粘り強さ。闘志あふれるダイビングキャッチ。自らの意思で送りバントを試み、ベンチでは誰よりも喜んでみせる……まさに『何でもやる』精神でチームを、そして野球ファンを1つの方向に向けさせてくれた。
一方、言葉数やパフォーマンスは少なくても、今大会で歴代最多の13打点を挙げ、ベストナインにも輝いたのが吉田正尚だ。その活躍に反比例してヒーローインタビューの機会がまったくないことを嘆くファンも多かった。
まさに、大谷に匹敵するMVP級の活躍をした吉田だが、そもそも論で言えば、メジャー1年目の今年(2023年)、WBCに参戦してくれること自体が異例の決断だった。その決断の背景には、悲壮な決意があった。
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『悩んだか悩んでないかで言うと、悩みました。でもWBCというものが、やっぱり僕の小さい時から、憧れというか、一つ大きな目標だった』
『単純に先輩方のユニフォーム姿がかっこいいなと思った。日の丸を背負ってかっこいい、自分もそういう舞台に立ちたい、トップチームに入りたい、という思いは、今までずっと変わらずありました。メジャー移籍が決まっても、そのWBCへの気持ちは変わりませんでした』
~『Number Web』2023年3月21日配信記事 より(吉田正尚の言葉)
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これから「契約金120億円の男」としてのプレッシャーも背負い、「ルーキー」としてレッドソックスに参戦する吉田。1度WBCにピークを合わせてしまった体を、心を、改めてメジャーリーグ仕様にするのは並大抵のことではないはず。それでも戦ってくれた侍ジャパンの縦縞のユニフォーム姿を「かっこいい」と思い、未来の侍ジャパンを目指す野球少年がいつか登場してくれることも期待したい。
そして、永遠の野球“翔”年、大谷翔平。彼の言葉で印象的だったのは、やはり決勝戦前の声出しで発した「憧れるのはやめましょう」だ。
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『野球をやっていれば、誰しもが聞いたことあるような選手たちがいると思うんですけど、今日1日だけは、憧れてしまっては超えられないんで。僕らは、今日、超えるために、やっぱりトップになるために来たんで。今日1日だけは彼らへの憧れを捨てて、勝つことだけを考えていきましょう』
~野球日本代表 侍ジャパン公式Twitter(2023年3月22日配信動画 より)
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かつて連覇を果たした2006、2009年のWBCではイチローも同様の発言をしていたと記憶する。今大会の大谷はその言動で、まさにイチロー級の存在にまで上り詰めたと言っていい。
最後に、日本以外のメジャーリーグ経験者の素晴らしい言葉も2つ紹介したい。どちらも日本と対戦した監督たちの言葉だ。準決勝で日本と激闘を演じたメキシコ代表、ベンハミン・ヒル監督が敗戦後に語った言葉が実に美しかった。
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『これが野球。日本チームに帽子を脱ぐしかない』
『日本が決勝に進んだが、今夜の勝者は野球界そのものだ』
~『デイリースポーツonline』2023年3月21日配信記事 より(メキシコ代表ヒル監督の言葉)
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同様の言葉は決勝で日本に敗れたアメリカ代表のマーク・デローサ監督も。
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『台本があるかのような展開だった。ただ結果が逆になって欲しかった』
『今夜の勝者は野球ファンだ』
~『デイリースポーツonline』2023年3月22日配信記事 より(アメリカ代表デローサ監督の言葉)
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まるで野球というスポーツの最終回のようだったWBC決勝戦。だが、もちろんこれからも野球は続く。またいつかどこかで、こんな「野球そのものが勝者」と呼べるような激闘を楽しみに待ちつつ、侍ジャパンの選手たちの勇姿に改めて拍手を送りたい。