話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、いよいよWBC本番に向け実戦に臨む、侍ジャパン・大谷翔平選手(エンゼルス)にまつわるエピソードを紹介する。
いよいよ、3月9日からのWBC本番が間近に近付いてきました。16日に行われる米国行きを懸けた準々決勝は、負けたら終わりの一発勝負。そこには大谷翔平の登板が予想されています。中6日で逆算すると、9日に行われる侍ジャパンの初戦・中国戦の先発が濃厚です。
6日に京セラドーム大阪で行われるオリックスとの壮行試合から、メジャー組の参加が可能になりますので、大谷が国内でプレーする姿も久々に観られそうです。京セラドーム周辺にはグッズを買い求める人が前夜から並ぶなど、早くも盛り上がりは最高潮に。これも大谷が出場するお陰です。
3日・4日にバンテリンドームナゴヤで行われた中日との壮行試合2試合も、事前の規定によりメジャー組は出場できないにもかかわらず、ファンの注目の的は試合に出ない大谷でした。大谷はゲーム前のフリー打撃に参加。スタンドの観客のみならず、侍のメンバーたちもケージの周りに集合。対戦相手のドラゴンズナインもベンチで食い入るように、大谷の一挙手一投足を見つめていたのが印象的でした。
そして、このフリー打撃の内容がまた凄かった。ラーズ・ヌートバー(カージナルス)と交互に打席に立ち、ホームランが出にくいことで知られるバンテリンドームで超特大弾を何本も放ってみせたのです。まさに規格外のパワーを見せつけてくれました。
内容を細かく言うと、まず慣らしで3球打ったあと、4球目をセンターバックスクリーンへ「ズドン!」。スタンドから大きなどよめきが起こりました。ヌートバーと2度交代を挟んで、8球目から大谷はいよいよ本領を発揮します。まずはライトスタンドに1発。続く9球目を再びバックスクリーンに叩き込み、10球目はレフトフェンス直撃でしたが、11球目をまたバックスクリーン右に。
「すげえなあ……」という声があちこちで上がりましたが、まだまだ“大谷劇場”は続きます。ヌートバーの打席を挟んで、12球目からは3球連続で打球をライト方向に。アッパースイングで角度を付け、4階席、5階席、5階席へと放り込みました。11球目から4打席連発&特大弾を3連発。ただただ、圧倒されるのみです。
その後、24球目を再びライト5階席、27球目を右中間スタンドに運んで終了。全27スイング中、実に9本がサク越えし、うち5階席に3本です。そもそもこの球場は、5階席へのホームランなどめったに出ない設計になっているのです。それをいとも簡単に、おそらく狙って打ってみせた大谷。こういうファンサービスは大歓迎です。
うしろで見学していた山川穗高(西武)・山田哲人(ヤクルト)ら侍メンバーも、これにはただ驚愕するばかり。トラックマンのデータを見ながら見守っていたヤクルト・村上宗隆は、こんな感想を漏らしました。
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『初めて見たんですけど、凄かったです。言葉が出ないというか、初めて感じたことが色々ありました。凄いなの一言でした』
『トレーニングの仕方、打席の考え方や打ち方、色んな話をさせていただきました。全てにおいて見習うことばかりなので、少しでも追いつけるように頑張りたい』
~『Full-Count』2023年3月4日配信記事 より
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昨季(2022年)シーズン56発を打った令和初の三冠王に「言葉が出ない」「少しでも追いつけるように」と言わせるのですから、大谷のパワーがいかに規格外かがわかります。
また中日ベンチでも、選手たちがスマホ片手に大谷の打席を凝視。その模様をドラゴンズ公式チャンネルのスタッフが撮影し、さっそくアップしたところ大きな反響を呼びました。中日の選手たちが「すげ〜!」「マジか!」と口をアングリさせる様は、まるで野球少年のようでした。大谷、グレイト!
ところで、大谷のパワーが昨季より増していることは、エンゼルスのキャンプでポンポンと快音を響かせていたことでも証明済みですが、肉体的な変化は1月の段階でも既に話題になっていました。1月6日、栗山監督が行ったWBCに向けた記者会見に、大谷が「JAPAN」のユニフォームを着てサプライズで登場。このとき半袖だったこともあり、腕の筋肉が昨季より隆々としているのが一目瞭然だったからです。
野球選手がウエイトトレーニングを積んで、いわゆる肉体改造を行うことについては昔から賛否があります。それが故障の原因になるのは急激に筋肉を付けようとするからで、少年時代から計画的に物事を進めている大谷は別。彼はちゃんと段階を踏んで、正しい手順で、必要な筋肉を無理なく身に付けています。
大谷は、プロ1年目のオフ、筑波大学でスポーツ選手の動作解析を専門に研究し、筑波大硬式野球部監督でもある川村卓准教授のもとを訪ねています。このとき大谷が川村准教授に聞いたのは「速球派のピッチャーと、ホームランバッターに必要な筋肉と、正しい体の使い方」でした。
「二刀流なんてプロではできっこない。どっちつかずになる前に、早くどちらかに専念させた方がいい」という声がまだ多かった当時、両立のためには何をすればいいのか、大谷は自身で考え、専門家のもとに教えを請いに行っていたのです。その後の活躍はご存知のとおり。
その川村准教授は、昨年(2022年)10月、規定打席到達と規定投球回数到達を同時に達成した大谷の体づくりについて、スポーツ紙のインタビューでこう答えています。
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『必要な筋肉を過不足なくつけていった成果が表れた』
『入団時から、20代後半を最もパフォーマンスが発揮できる時期として照準を合わせていたのではないか。昨年、今年に劇的に変わったわけではなく、プロになってから体をつくっていった成果が今出ている』
~『中日新聞Web』2022年10月7日配信記事 より
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プロ野球選手は、どうしても成果を求めがちというか、短い時間で特定の箇所の筋肉を強化しようとしがちですが、そうすると体全体の筋肉のバランスが崩れ、故障につながったりします。大谷選手は、背中や太もも裏などもバランスよく鍛え、段階を踏んで筋肉を付けて体を大きくしてきたことが、いま成果として表れているような気がします。
昨季、ヤンキースのアーロン・ジャッジに本塁打王争いで敗れ、MVPもさらわれたことは、やはり悔しさとして残っているはず。「規定打席&規定投球回クリア」を達成したいま、次なる目標は「本塁打王&最多勝」の同時獲得です。いまの大谷なら、本当にやってくれるのではないか?……今回のWBCは、そんな夢への挑戦のノロシを上げる大会になるかも知れません。
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