話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、WBC本番に向け、3月7日、オリックスとの強化試合で初ホームランを放った侍ジャパン・村上宗隆選手(ヤクルト)と山川穗高選手(西武)にまつわるエピソードを紹介する。
いよいよ3月9日の中国戦からWBCに臨む侍ジャパン。6日・7日は初めてメジャー組が試合に出場し、京セラドーム大阪で阪神・オリックスと強化試合を行いました。
6日の阪神戦で大谷翔平(エンゼルス)がいきなり見せた3ラン2発は、プロも唖然とするホームランでした。見逃せばボールのフォークを泳ぎながら、片ひざをついて片手1本でスタンドまで運んだ1本目。完全に詰まった当たりだったのに、バットを折りながら力でバックスクリーン横にねじ込んだ2本目。どちらも「あり得ない1発」であり、マンガの世界。もはや笑うしかありません。
阪神戦ではさらに、トップバッターに起用されたラーズ・ヌートバー(カージナルス)が名刺代わりに、タイムリーを含む2打席連続安打。吉田正尚(レッドソックス)もタイムリーを放ち、6打点の大谷と合わせメジャー勢3人で全打点を叩き出してみせました。吉田正は7日のオリックス戦でも古巣相手に3打席連続安打・4打点の大活躍。侍ジャパンが2試合とも圧勝し、本番を前に申し分のない仕上がりぶりを見せてくれました。
国内組も、2番に座った近藤健介(ソフトバンク)が2試合で8度打席に立ち、6度出塁(2安打4四球)と「出塁の鬼」ぶりを発揮。ヌートバーとの1・2番コンビがチャンスをつくり、クリーンアップに回す形が見えたのは大きな収穫でした。
ただ1つ心配だったのは、7日のオリックス戦前まで、侍が誇る2人の大砲・村上宗隆と山川穗高のバットがともに鳴りをひそめていたことです。本番直前になってもセ・パ両リーグのホームラン王が不発なのは、少し気掛かりでした。
2月25日のソフトバンク戦から3月6日の阪神戦までの5試合にすべて4番で出場した村上は、この間16打数2安打。打率.125でホームランは0でした。阪神戦のあと、村上はこうコメントしています。
-----
『もっと僕が打てるようになれば、大谷さんがもっと楽に打席に立てると思うし、チームの打線の中心として僕ももっともっと頑張りたいと思います』
~『スポーツ報知』2023年3月6日配信記事 より
-----
令和初の3冠王に輝いた村上ですが、“村神様”もやはり人の子。昨季(2022年)終盤もなかなかホームランが出ず苦しんだように、責任感が強いあまりすべてを背負い込んでしまうところがあります。
そんな悩める主砲の気持ちを誰よりも理解しているのが、プロ入り前からずっと注目を浴び、プレッシャーと戦ってきた大谷です。バッティングは、ほんのちょっとした感覚のズレが微妙に影響するもの。苦しむ村上の心の支えになったのは、大谷が掛けてくれる「ナイススイング!」という言葉でした。あれだけのバッティング技術を誇る大谷が言うからこそ、この何気ない一言が力になるのです。
-----
「すごく前を向かせてもらえますし、すごくプラスな言葉をかけていただくので。『よし、次も頑張ろう』と」
~『スポーツ報知』2023年3月8日配信記事 より(村上のコメント)
-----
少しでも重圧を減らしてあげようという栗山英樹監督の配慮もあってか、村上はオリックス戦に6番で出場。栗山監督就任後、村上が侍の4番を外れたのは、昨年(2022年)オフの強化試合を含めて、9試合目で初めてのことでした。
その悔しさを、村上はエネルギーに変えてみせました。初回、吉田正の先制打のあと、2死一・二塁のチャンスで村上に打順が回ってきます。村上は、オリックス先発・東の150キロを叩くと、打球は左中間スタンドへ。リードを拡大する大きな3ランとなりました。
-----
『今シーズン初ホームランです。ホームランを打った後の走り方を忘れていました。ちょっとほっとしました』
~『サンスポ』2023年3月7日配信記事 より
-----
ベンチに戻って来た村上を、嬉しそうに出迎えた大谷。スーパースターだからこそ、若き主砲の悩みもわかるのです。逆方向への1発だったのは調子が上向いてきた証し。修正能力の高い村上のこと、心配はないでしょう。
そしてもう1人のホームラン王・山川もまた、侍では打撃不振に苦しんでいました。山川も6日の阪神戦を終えた段階で、実戦5試合で15回打席に立ってノーヒット。出塁したのも四球の1回のみでした。
これには理由があります。山川は今季キャンプインにあたって、バットの操作性を高めるために先端部分をくり抜いて少し軽くし、長さも2センチほど短くしました。村上のバットを参考にしたそうで、研究熱心な山川らしい工夫でしたが、なかなか結果に結び付かず、村上同様「ちょっとしたズレ」に悩んでいたのです。
-----
『どんぴしゃだと思って振っても、ちょっとタイミングがずれている。(2月17日に)ジャパンのキャンプに入って以降、首をかしげるような打撃練習しかできていない。このままだと、WBCはもちろんシーズンも、ホームランをガンガン打てる感じがしない』
~『Full-Count』2023年3月6日配信記事 より(山川のコメント)
-----
山川は「このままではまずい」と、6日の阪神戦から、バットを去年(2022年)まで使っていたタイプに戻す決断をしました。大谷がホームランを2発打ったあと、代わって指名打者に入りましたが、2三振。すぐに結果は出ませんでした。
試合後、山川は大谷のホームランについて「マジで野球やめたいです」と苦笑いしつつ、こんな前向きなコメントを口にしました。
-----
『試行錯誤ですよ。とにかく試行錯誤、繰り返して、現状を受け止めて。変なプライドもないですし。何が良くて、何が悪いのか、再確認しながら、与えられたところで頑張るしかできないのかなと思ってます』
~『日刊スポーツ』2023年3月6日配信記事 より
-----
7日のオリックス戦で、ついにその奮闘が実ります。4回、2死二塁のチャンスに大谷の代打で登場した山川は、オリックス・吉田凌から三塁線を破るタイムリーヒットを放ち、待望の初安打・初打点を記録。そして8回、小木田のスプリットをすくい上げると、打球は山川らしい放物線を描いてレフトスタンドへ。この待望の初アーチを観て、すぐさまベンチを飛び出しバンザイをしてみせたのが大谷でした。
山川が恒例の「どすこい!」ポーズを決めたうしろで、ニコニコと笑顔を見せ、自分のことのように喜んだ大谷。山川がベンチに戻ると、ボールを片手に熱く語り合う大谷の姿がありました。大谷は村上同様、おそらく山川にも陰でエールを送っていたのでしょう。
打球を遠くへ飛ばすにはどうしたらいいのか、村上も、山川も、大谷も、三者三様のアプローチでこの命題に取り組み、結果を出してきた者同士。彼らにしかわからない悩みというものがあるのです。そんな悩みを共有できるプレーヤーが同じチームにいることが、どれだけ心強いか。未曾有のハイレベル集団になった今回の侍ジャパン、いろいろな意味で、とんでもないチームになりそうです。