#28 篠原和典(巨人)16奪三振の伊藤智仁からサヨナラホームラン

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#28 篠原和典(巨人)16奪三振の伊藤智仁からサヨナラホームラン

 

◎1993年6月9日 石川県立野球場

ヤクルト 0 0 0  0 0 0  0 0 0  = 0

巨人   0 0 0  0 0 0  0 0 1X = 1

HR(巨人)篠塚3号

 

1試合最多奪三振のプロ野球記録は、1995年にオリックス・野田浩司、2022年にロッテ・佐々木朗希(現ドジャース)が記録した「19」である。佐々木は完全試合達成のときに、27年ぶりに野田の記録に並んだが、抜くことはできなかった。9回で取れるアウトの数は27。そのうち20を三振で奪うのはたしかに至難の業だ。

 

この1試合19奪三振には及ばないが、同じくらい野球ファンに強いインパクトを残したのが、1993年、ヤクルトのルーキー右腕・伊東智仁が記録した「1試合16奪三振」である。伊藤は新人ながら、150キロを超えるストレートと、まるで真横に滑っていくような「高速スライダー」を武器に三振の山を築いていった。

 

6月9日、石川県立野球場で行われた巨人-ヤクルト戦に伊藤は先発登板。この日も伊藤は高速スライダーを駆使して、巨人打線から快調に三振を奪っていった。5回までに、6者連続を含む12奪三振と圧巻のピッチング。記者たちも「新記録が生まれるんじゃないか?」とザワザワし始めた。

 

もっとも伊藤本人によると、実は「序盤からすごく調子が悪かった」というから驚きだ。スライダーがすっぽ抜けたりしていたが、それでも抑えられたということは、ボールに威力があった証拠である。ただ三振が多いということは、打たせて取る回数が少ないわけで、普段より球数を要していた。中盤にはもうバテていたという伊藤。6回は三振を奪えなかったが、それでも7回に1つ、8回に2つ三振を奪って、この時点で15奪三振。金田正一(国鉄)・江夏豊(阪神)・外木場義郎(広島)らが持っていた当時のセ・リーグ記録「16」まであと1つに迫った。

 

迎えた9回裏、巨人の攻撃。ただヤクルト打線も無得点に抑えられ、試合は0-0のままだった。伊藤は1死後、吉原孝介をスライダーで三振させ、これでついにセ・リーグタイ記録に並んだ。いよいよ新記録達成にリーチである。ここで意外なのは、記者席は騒いでいたが、ヤクルト・野村克也監督および首脳陣も、伊藤本人も「あと1つでセ・リーグ新記録」ということに気づいていなかったそうだ。捕手の古田敦也だけは気づいていたが、おそらく無用なプレッシャーを与えないようにという配慮だろう。そのことを伊藤に告げなかった。

 

このことを後年まで、野村は悔しがっていた。「バッターは当然、不名誉な記録で名前が残るのはゴメンだと、初球からどんどん振ってくるだろう。ならば配球の指示も変わってきたのに」というのだ。実際、試合後に古田は「なぜ言わんのや!」と野村監督から延々お説教を食らっている。

 

記録が懸かった9回2死、ランナーなしの場面。ここで打席に立ったのは、この日スタメンを外れていた篠塚和典だった。途中出場で9番に入っていた篠塚。新記録のことを知らなかった伊藤は、目の前の打者に集中。こう考えた。「篠塚さんなら一発はない。ストライクゾーン内でどんどん勝負していこう」。

 

一方、篠塚もさすがは百戦錬磨。「向こうは投げ急いでいるな」と見るや、伊藤が初球を投げる前に、2度も打席を外してみせた。これが功を奏したのか、初球のストレートが高めに抜けてしまう。篠塚はもちろん見逃さない。バットを振り抜くと、打球は右翼スタンドへ飛び込むサヨナラホームランに。わずか1失点で負け投手になった伊藤。リーグタイ記録を達成した直後、この日150球目の悪夢だった。

 

引き上げていく際、ベンチにグラブを叩きつけて悔しがった伊藤。さらに悲劇が襲う。伊藤は右ヒジを故障し、7月4日の登板を最後に戦線を離脱し、結局そのままシーズンを終えることになった。ただ前半戦だけで7勝2敗、防御率0.91のインパクトは大きく、規定投球回には達しなかったが、伊藤は1993年のセ・リーグ新人王に輝いている。

 

復活が期待された1994年、伊藤は春季キャンプ中に肩を痛め、翌1995年まで2シーズン1軍登板なしに終わる。1996年、3年ぶりの1軍登板を果たし、1997年には抑えも務め7勝2敗19セーブを記録。カムバック賞を受賞した。しかし2001年にヒジ痛と肩痛が再発。この年を最後に1軍登板はなく、2003年オフに現役を引退。ユニフォームを脱いだ。

 

故障に悩まされた投手人生だったが、サヨナラホームランを打った側でなく、打たれた側がいつまでも“主役”として語られるのは珍しいケースだ。特に1年目の輝きは、高速スライダーとともに、今なお野球ファンの記憶に深く刻まれている。

 

<チャッピー加藤>

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