#30 堂林翔太(広島)代打逆転満塁ホームラン
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◎2022年7月17日 東京ドーム
広島 0 0 0 6 0 0 1 2 1 =10
巨人 2 0 2 1 0 0 0 0 0 = 5
HR(広島)堂林5号 中村健3号 磯村3号
(巨人)ウォーカー18号 中田10号
ホームランの中でも、一挙に4点が入る「満塁ホームラン」は最もファンを沸かせる一発だ。ただ、その前に塁をすべて埋めなければならないので、なかなか目にすることはできない。ちなみに昨季(2025年)、レギュラーシーズンで出たホームランの総数はセ・パ合わせて1096本。うち満塁ホームランは30本、全体の約2.7%にすぎない。その稀少な満塁弾を、なんと3試合連続で記録したのが2022年の広島だ。しかも巨人との3連戦で、敵地・東京ドームにて達成。カープファンはこの3日間、さぞご満悦だっただろう。
まず2022年7月15日、3連戦初戦は延長戦にもつれ込む熱戦となり、延長11回、磯村嘉孝が満塁アーチを放って試合を決めた。翌16日の第2戦は、2回に1号アーチを放った長野久義が、3回、満塁のチャンスに2打席連続の2号グランドスラム。古巣・巨人に強烈なパンチをお見舞いして、広島は連勝した。
17日の第3戦。試合前に「2度あることは3度ある、って言うじゃない。きょうも誰か打つよ!」と言っていたのは、広島が関東へ遠征するたびに球場へ足を運んでいる知人のカープファンだった。私は笑って聞いていたが、まさかこの予言が現実になるとは……。
試合は序盤に巨人が先制し、3回を終えて広島は0-4と劣勢だった。しかし4回、広島は2点を返すと、なおも1死満塁のチャンスを作る。ここで打順が投手・野村祐輔に回ったため、佐々岡真司監督は代打を起用。打席に送り出したのが、堂林翔太だった。
堂林は愛知県出身で、地元の名門・中京大中京高校で2年次から「エース兼4番」として活躍。3年次には1年後輩の磯村(彼も広島に入団)とバッテリーを組んで夏の甲子園で全国制覇を果たす。その潜在能力の高さを買われて、2009年のドラフトで広島から2巡目指名を受け、内野手として入団した。当時の背番号「13」はニューヨーク・ヤンキースのアレックス・ロドリゲスにあやかったもので、球団の期待の高さが窺える。
広島は堂林をファームでじっくり育てる方針をとり、3年目の2012年、当時の指揮官・野村謙二郎監督は満を持して堂林を開幕1軍に抜擢。ナゴヤドーム(現・バンテリンドームナゴヤ)で行われた中日との開幕戦に「7番・三塁」でスタメン起用した。故郷で1軍デビューを飾った堂林は、この試合でプロ初ヒットを記録。その後も7月に10号アーチを放つなど活躍し、この年は全144試合に出場。打率.242、本塁打14、打点45という成績を残した。シーズン終了後、野村監督は自身が現役時代につけていて、2006年から「半永久欠番」になっていた「背番号7」を堂林に譲ると宣言。「鯉のプリンス」の未来は明るいと思われた。
しかし、堂林はそこから長いトンネルに入る。期待の打撃が上向かず、三塁の座を奪われ、外野も経験。やがて1軍と2軍を往復するようになり、2016年からのリーグ3連覇中も目立った成績は残せなかった。「1軍ベンチには入っていたが、グラウンドにはいなかった。その悔しさはずっと胸の中にある」と語った堂林。2020年は佐々岡監督のもと、6年ぶりに開幕スタメンを勝ち取り、111試合に出場して打率.279、14本塁打、58打点と復活をアピールしたが、2021年は70試合出場にとどまり、ホームランは「0」。背水の陣でプロ13年目の2022年を迎えた。
再びレギュラーの座を奪い返すには、バットで結果を出すしかない。そんなときに、満塁のチャンスで代打起用された堂林。2017年のドラフト1位・鍬原拓也にカウント1-2と追い込まれたが、真ん中に甘く入ったカットボールを堂林は見逃さなかった。思いっきり振り抜くと、打球はカープファンで赤く染まったレフトスタンドへ飛び込む、代打逆転満塁ホームランに! まさに「2度あることは3度ある」である。この一発が効いて、広島は巨人に3連勝。先述の私の知人は、興奮して電話をかけてきたほどだ。
「感触はすごくよかった。みんながつないでくれたチャンスで打つことができてよかった」と試合後に語った堂林。広島の「3試合連続満塁ホームラン」は、1991年5月に記録して以来31年ぶりの快挙だった。1991年はくしくも、堂林が生まれた年である。
そしてこの日は、もう1つ珍しい記録が生まれた。堂林に続き、中京大中京高校の後輩にあたる中村健人と磯村もホームランを放ったのだ。2日前に満塁アーチを放って「3試合連続満塁弾」の口火を切った磯村と、千載一遇のチャンスをみごとものにした堂林。まさにこの日は「中京大中京デー」だった。
<チャッピー加藤>





