#41 村上宗隆(ヤクルト)5打席連続ホームラン
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◎2022年7月31日 甲子園球場
ヤクルト 0 0 0 0 0 0 1 0 1 0 2 =4
阪神 0 0 0 2 0 0 0 0 0 0 0 =2
HR(ヤクルト)村上35号・36号・37号
◎2022年8月2日 神宮球場
中日 0 0 0 0 0 0 0 0 0 =0
ヤクルト 2 0 2 0 0 1 0 0 X =5
HR(ヤクルト)山田17号 村上38号・39号
「(カウント)3-2からラストボールは6球目。現在4打席連続ホームラン中、村上。打ちました! 左中間に上がった! 大きな当たりだ。5打席になるか! 5打席になるか! 5打席になるのか? 左中間スタンド、入った入った! ホームラン! 村上、村上、5打席連続ホームランを今度は神宮球場・左中間スタンド! 三塁ベースを回りました。ゆっくりとゆっくりと、今ホームイン! ヤクルトスワローズ、若い村上、プロ野球史上初、5打席連続ホームラン!」(8月2日の試合、実況:宮田統樹アナウンサー)
2022年、ヤクルトの主砲としてチームをリーグ連覇に導き「令和初の三冠王」となった村上宗隆。今シーズンから海を渡り、シカゴ・ホワイトソックスでもホームランを量産。故障離脱はあったが、低迷していたチームが地区優勝を争うチームに変わるきっかけを作ったのはご存じの通りだ。今回は2022年、三冠を獲った村上が“最もゾーンに入っていた時期”のアーチについて取り上げてみたい。
この年、村上はハイピッチでホームランを量産。7月30日に34号アーチを放ち、王貞治(巨人)が1964年に記録した日本選手のシーズン最多記録「55本」の更新はもちろん、ウラディミール・バレンティン(ヤクルト)が2013年にマークしたNPB記録「60本」の更新も期待されていた。
一方、リーグ連覇を目指すヤクルトは、7月30日の時点で7月は6勝12敗と大きく負け越し、29日・30日と敵地・甲子園で阪神に連敗していた。もし31日の3戦目も敗れると、3タテを食らって嫌なムードを引きずったまま8月に突入することになる。しかも阪神は5連勝中だった。ライバルをこれ以上勢いづかせないためにも、7月最後のこのゲームはヤクルトにとってどうしても落とせない一戦だった。
試合はヤクルト先発・原樹理が4回に2点を許し阪神が先制。ヤクルトは0-2のまま7回の攻撃を迎えた。ラッキーセブンの先頭打者は村上。阪神2番手・渡邉雄大から外角高めのスライダーを逆らわずに左翼席へ運び、反撃のノロシとなる35号ソロを放つ。
そして1点を追う9回、1死ランナーなしの場面で、また村上に打席が回る。阪神の守護神・岩崎優の初球を完璧にとらえると、ライトからレフト方向に強く吹きつける甲子園名物・浜風も何のその、打球は右翼席へ飛び込む起死回生の同点アーチとなった。試合は延長戦に突入。延長11回、2死一塁で村上に5打席目が回る。村上は阪神7番手・石井大智の3球目、高めの変化球をとらえ、左翼席中段へ。決勝の37号2ランとなった。村上は3打席連続ホームランでチームの全得点を挙げ、連敗を止めた。まさに“村神様”である。
1日おいて8月2日、今度はホーム・神宮球場で行われた中日戦。月をまたぎ、移動日を挟んでも村上の“確変モード”は続いていた。初回、ヤクルトは山田哲人のソロアーチで先制。そして村上の第1打席が回って来た。「(前試合からの)4打席連続は意識していました。ホームランを打つ夢を見たので、もしかしたら打てるんじゃないかと打席に立ちました」と言う村上。その夢は正夢となった。中日先発・柳裕也から右翼席へ38号ソロ! 村上は史上14人目・プロ野球タイ記録となる「4打席連続アーチ」を達成した。
こうなると、ファンの期待は前人未踏の「5打席連続」だ。3回、1死一塁の場面で2打席目が回り、村上は自然体で打席に立った。「ちょっと狙ってましたけど、打てたらいいなあ、くらいの気持ちで行きました」と言う村上は、フルカウントから柳が投じた6球目、チェンジアップをとらえると、打球は左中間へグングン伸びていった。
「ちょっと体勢を崩されたんですけど、左手の感覚もすごく良かったですし、その前の右手のフォロースルーも良かったので、もしかしたら入るんじゃないかと思って走っていました」と言う村上。打球はみごとスタンドイン! 39号2ランは、プロ野球史上初の金字塔「5打席連続アーチ」となった。主砲の援護を受けたヤクルト先発・高橋奎二も7回無失点の好投を見せ、ヤクルトは5-0で快勝。試合後、村上はベンチ裏でこう語った。
「7月は苦しくていろんな感情も持ちましたけど、ご褒美かなと。4番としてチームの勝ちを大事にしているので、今日は今日で喜びに浸って、また明日勝てるようにしたい」。大記録達成よりも、チームが苦しいときに自分のホームランで連勝できたことが村上にとっては何よりの喜びだった。
<チャッピー加藤>





