一筆球論【第3回】 “空中” を振ってジャストミート!? 子供たちが快打連発『王の金言』とは?

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一筆球論【第3回】 “空中” を振ってジャストミート!? 子供たちが快打連発『王の金言』とは?

 

ソフトバンクの球団会長・王貞治の〝ライフワーク〟ともいえる「世界少年野球大会」(WCBF)が今夏、7月30日から8月7日までの9日間、千葉・成田市で行われた。私も、8月2日からの3日間、大会の取材にお邪魔させていただいた。

 

メジャーの本塁打王で、王がその通算本塁打記録を抜くまで、通算755本の〝世界記録保持者〟だった故ハンク・アーロン氏とともにこの大会を立ち上げたのは、巨人の監督退任から2年後となる1990年。以来、コロナ禍で2020年から4年間の中断を挟んではいるが、今大会で32回目の開催となる。今回も日本をはじめ、アメリカ、カナダ、ドイツ、スロバキア、オーストラリア、マレーシア、ネパール、フィリピン、ベトナム、ケニアの計11か国から80人が参加。世界野球ソフトボール連盟(WBSC)が選任したコーチ陣が打撃、守備、投球、走塁などの基礎的な技術を丁寧に指導し、大会中に行われた国際交流試合では、台湾チームの15選手が成田市内のチームと連日対戦した。また、この大会の渡航費や用具、練習着などの諸経費はすべてWCBFが負担している。

 

86歳の王は、夏の強い日差しの下でグラウンドに立ち、子供たちに声を掛け、質問に丁寧に答え、熱心にアドバイスを送り続けた。

その指導ぶりを追いかけていた私は、改めて王の〝凄さ〟を感じるシーンに出会った。

 

WCBFの野球教室は「打」「投」「守」「走」の4パートに分かれ、グループ分けされた選手たちは、時間を区切って、そのセクションで指導を受ける。868本の世界本塁打記録を持つレジェンドは、やはりと言うべきか、自然に「打」のセクションへと足が向かう。

ティースタンドに置かれたボールに向かって、子供たちがフルスイングする。

ゴム製の柔らかいボールだが、芯に当たれば「キン」という鋭い打球音とともに、30メートルほど離れたところでグラブを構えている仲間たちの頭上を楽々と越えていく。

「おー、いいねえ」

嬉しそうな声とともに拍手を送る王の姿は、監督時代によく見たポーズと変わらない。

 

1940年生まれ、この5月に86歳になった今もなお、野球への情熱は不変だ。王は昨年、全日本野球協会(BFJ)が認定する「公認野球指導者基礎資格(U―12、U―15)」を取得した。しかも、王だからといって特別扱いはなし。タブレット端末を使って10時間近くにわたるオンライン講習を受け、確認テストを経て合格しているのだ。

「このくらいの年代の子供たちは、芽に水をやるようなもので、やればやるほど伸びてくるんですよ」

野球界という大きなピラミッドの、そのすそ野をさらに広げていくために、ジュニア世代の育成と、その環境づくりに注力している王は、子供たちの楽しそうな歓声や打球音を聞くと、どうやらじっとしていられないようだ。猛暑の中、送風機が常備されたテントの中に座って練習を見ていても、数分と経たないうちに立ち上がり、子供たちのもとへと向かう。

打席の背後に立って、王がしばらくスイングを見ていたその時だった。

「ボールの、もっと上の方を振ってごらん」

ティーに置かれたボールをうまくバットで捉えられず、空振りを繰り返していた一人の女の子に、王が声を掛けた。普通なら「ボールをしっかり見て」と、ミートポイントに集中するように指示するところだろう。ところが、王はボールの『上』を振れというのだ。

そんなことをしたら、打球は上がらず、ボテボテのゴロになるのでは?

そう思っていたところに、続けさまに聞こえてきた王のアドバイスには、聞いている私の方が思わず「えっ?」と小さく声に出してしまったほどだった。

「ボールの1個、2個くらい上でいいよ」

王が指さしたところには、どう見ても、ボールはない。

ボールの上? しかも空中?

聞いている私は正直、その意図がよく分からなかった。ところが、その指示通りに振った女の子は、見事にジャストミート。鋭いライナー性の当たりが、センター方向へ一直線に飛んでいくと、打った本人も目で打球を追いながらびっくりしている。

「いいぞ! すごいじゃないか!」

一筆球論【第3回】 “空中” を振ってジャストミート!? 子供たちが快打連発『王の金言』とは?

笑顔でうなずく王に、その〝指導の極意〟を聞いてみた。

「力が入れば入るほど、バットのヘッドって下がるんだよ。子供たちの感覚では、一生懸命にちゃんとボールを打とうとしているんだよね。でも、バットの長さや重さで、どうしてもヘッドが下がるんだ。だから、自分が思ったところよりも下に当たってしまうんだね」

つまり、非力ゆえに、バットが波打つ状態になる。ヘッドが落ちることを瞬時に見抜いた王は、その矯正法として、下がる分だけ、上の方を振りなさいというわけだ。

そこで、あえてボールの存在がない〝空間〟を振らせたのだ。

世界のキングの〝金言〟は、まだ続く。

今度は、ちょっぴり大柄な男の子。スイングは力強いのだが、力任せにめいっぱい振るものだから、スイングが少々安定していない。

ついつい「そんなに力、入れなくていいよ」と言いたくなる。

王は、こう〝意訳〟して、少年に伝えたのだ。

「いいかい、お母さんに頭を押さえられているつもりで、バットを振ってみなさい」

頭をブラさない。その意識を促すためのアドバイスだ。

「力を入れて何かをやろうとすると、頭が一番動くんだよね。バットにボールを当てるためには、頭を動かさないようにして、ボールが当たるところを見ようとするくらいにしないとね。だから注意するポイントとしては、2つくらいなんだよ」

そのために、体の軸がどうだとか、頭の位置がどうこうとか、技術的な解説ではなく「お母さんが頭を押さえている」という、子供が分かりやすい言葉に変換していたのだ。

すると、その少年のバットからも快音が響いた。体の回転軸がぶれないから、ヘッドがギュンと効いて、打球がセンター方向へきれいに飛んで行ったのだ。

一筆球論【第3回】 “空中” を振ってジャストミート!? 子供たちが快打連発『王の金言』とは?

「彼らに分かりやすいように言ってやらないとね。打つにはこうだよ、って本来のことを言ったって、子供たちには分かんない。だって、バットをそんな思い切りまだ振れない子供たちに、ちゃんと振れるプロと同じようなことを言ったってダメなんだ。そのレベルに合わせた言い方をしないとね。難しいことを言って、かえって難し過ぎたら、野球を辞めちゃいますよ。彼らにはまだ、完璧なものを求める必要はないんだから」

つまり、レベルに応じての〝翻訳〟が重要だというわけだ。

先のボールの「上」を振れという指示などは、だから、非力なジュニアレベルのものなのだ。しかし、それで「ボールを打つ」「遠くへ飛ばす」という楽しさを知れば、その感覚を再現しようと、子供たちは王の指導を思い出し、自分なりに考え、工夫して、打席に向かうことができるだろう。こうやって野球をやる喜びを知って欲しいという、そのきっかけを王は作ろうとしているのだ。

「こうやってみたら当たった。こんな感じか、というのを覚えれば、自分の感じになっていくからね。飛ばしたいとか、強い球を打ちたいとかそういうことを思うと、余分なところに力が入る。ここに来ている子供たちも、高校野球の選手たちも、プロに入ってきてやる選手たちも、この感覚的な部分をどう自分で調整していくかなんだよね。試合で打てる人、打てない人っていうのは、はっきり言ったら、そういうところがうまい人とうまくない人、っていうことの差ですよ」

 

それにしても、ほんの数スイングを見ただけで、バットの軌道とボールの距離、スイングの強さを総合して「こうすれば当たる」という処方箋を瞬時に出せてしまう。

世界の王、その〝バッティング・アイ〟には、衰えなど無縁のようだ。

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