これこそ、筋書きのないドラマ。1995年初場所、貴乃花以来、22年ぶりの新横綱優勝は、稀勢の里だけではなく、田子ノ浦部屋あげての意地をみた思いがしました。
優勝決定戦で大逆転の小手投げが決まると、弟弟子の高安が支度部屋で大泣きしたことが、すべてを物語っているでしょう。
世論にも後押しされ、夏場所の優勝で横綱昇進が決定。協会内にも、「それは甘い」、「もう少し様子を見てから」など、必ずしも全員が賛成ではなかったようです。というわけで、部屋付きの西岩親方(元関脇若の里)は、場所前から、「どうしても勝たなければいけない」と繰り返しました。地位が人を育てると言います。横綱昇進後の稀勢の里は、品格に加え、先代鳴門親方(元横綱隆の里)が受け継いだ、初代若乃花の教えをより具現化したと言っていいでしょう。
「土俵では、汗と涙と血を流せ」は若乃花の名言。その上で、先代親方は、稀勢の里へ、「土俵際がおもしろい。それが相撲だ。土俵際から相撲をとれ」と徹底指導しています。歴史に残る、千秋楽の本割=突き落とし、同優勝決定戦=小手投げは、これまで培った鍛錬の賜物でした。
連覇を成し遂げた後も、
「けがをすることがダメなんです。けがをしない体をつくらないといけない」
と反省を口にしました。これが、横綱の品格です。
春場所の15日間を振り返り、
「見えない力を感じた。本当に見えない力でここまでこられた」
と感謝の気持ちを言葉にしています。優勝が決まり、花道を引き揚げる際、稀勢の里は右側を見て、うなずいたシーンもありました。とても珍しい。父、貞彦さんの姿を見つけたからです。「両親が来ているとは聞いていない」。ここからも見えない力が働いたのかもしれません。
「今場所は泣かないと決めていた」と漏らしたものの、表彰式の君が代斉唱から、涙があふれてきました。それを見た館内のお客さんまでがもらい泣き。伝説の1ページになることでしょう。新横綱の優勝は大鵬、隆の里、貴乃花に続いて、わずかに4人。でも、稀勢の里はそれを知らなかった。
「先代(親方)は、全勝でした。自分は負けています。改めて、先代のすごさ、偉大なところを感じました」。
2001年夏場所、同じように負傷を負った貴乃花が優勝決定戦で武蔵丸を下し、小泉総理が「感動した!」と賛辞を送りましたが、その後、貴乃花は7場所休場しています。
そうならぬよう、
「明日から、けがの治療へ入りたい」
と稀勢の里。5月14日、初日を迎える夏場所では3連覇が期待されます。
3月27日(月) 高嶋ひでたけのあさラジ!「スポーツ人間模様」