Bリーグと日本のバスケを支える“竹内世代”の象徴的選手に聞く~アルバルク東京竹内譲次選手インタビューその① 清水久嗣のB.LEAGUEレポート!

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男子プロバスケットボールリーグ・Bリーグ。
野球でいうところの「松坂世代」(松坂大輔、和田毅、杉内俊哉投手など)サッカーでいえば「黄金世代」(小野伸二、稲本潤一、高原直泰選手など)のようにスポーツにおいて「○○世代」という才能豊かな選手が多い世代があります。
彼らは日本のスポーツを盛り上げ、世界にも通用するレベルへと押し上げていますがバスケットボールにも「竹内世代」があります。

主に1984年生まれ、現在32歳の選手を中心に10年前のユニバーシアード(全世界の大学生による国際大会)において4位という快挙を成し遂げ、その原動力となった世代です。
選手たちの多くは高レベルの大学選手権からNBLやbjリーグへと歩み、今シーズンのBリーグでまた一堂に会しました。今でも各クラブの中心選手として、そして日本代表でも活躍している選手がいます。

この世代の中心は、名前の通り2人の「竹内」選手。
双子の兄・竹内公輔(栃木ブレックス)選手と弟・竹内譲次選手です。
今回はアルバルク東京の竹内譲次選手にお話を伺いました。

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©ALVARK TOKYO

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©ALVARK TOKYO

まだまだ色あせることは無い「竹内世代」。その中心的存在の竹内譲次選手ですが、プロバスケットボール選手としてベテランと言われる年齢にさしかかっています。プレーにおいて若いころと違うことを感じることはあるのでしょうか。
「ありますよ。年々、身体の衰えは感じています。」とハッキリ即答。アルバルク東京では全試合スターティング5に名を連ね、日本代表でも活躍しているだけに驚きました。
しかし「若いときはもっとプレー出来たなって思うこともあります。でも、ベテランになって経験も積みましたし、技術は上がっています。身体的なものに頼らないプレイスタイルになってきていますし、それはそれで楽しいですね。」と話しました。

どのスポーツにも言えることですが、経験を重ねることによって生まれる“力の抜きどころ”の理解が高い質で長くプレー時間を保つ秘けつにもなっているようです。

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©ALVARK TOKYO

竹内譲次選手は大阪府出身。兄の公輔選手とともに中学校でバスケットを始め、兄弟そろって京都の強豪・洛南高校に進学。高校3年生の時にウインターカップ、国体で優勝しました。大学は兄の公輔選手が慶応義塾大学、譲次選手が東海大学に進学し活躍。日本代表にも選ばれ、現在ではそれぞれチームに欠かせない存在です。
バスケットボールとの出会いについても詳しく聞きました。現在は207cmという恵まれた体格ですが、すでに「中学1年生のころには176㎝ありました」という竹内譲次選手。
「本格的に始めたのは中学1年生ですね。背も高かったので勧誘されましたし、仲のいい友達もバスケ部に入るって言っていたので僕も入ろうかなって。」

これまでインタビューしてきたBリーグの選手達はだいたい小学校の時にバスケットに出会っていたので、バスケットデビューはちょっと遅めでしょうか??
というのも「小学校の時は中学受験のために塾に通っていたので勉強が忙しくて…」ということで、コートよりも机に向かう時間の方が長かったようです。

中学校でバスケットを始めた時には“ひょろっとした”長身だったという竹内譲次少年。さぞかしバスケットボールでは受験勉強疲れを発散できたと思いきや…
「最初のころは体力もなくて、サポっていました。ほかとの兼ね合いで体育館が使えない時は外で走ったりしなくちゃいけないのが嫌で…。」と順調な滑り出しとはいかなかったようですが、流れが変わったのは夏休みでした。「毎日、体育館が使えたので、そこから楽しくなっていきましたね。」
竹内譲次選手とバスケットの歩みは中学1年生の夏休みから始まりました。

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“好きこそものの上手なれ”とはよく言ったものでバスケットの腕前はメキメキ上達していった竹内譲次選手。その頃を振り返って「単純にバスケットが楽しかったですね。中学3年生の時に(バスケット部の)顧問の人が変わって、いろいろ教えてくれました。最初は下手だったんですけど、そこから自分の中でも上手くなっていることを実感しているところもあって。今まで敵わなかった選手を、どんどんやっつけられるようになって、相手と比較しても自分の成長を感じられましたね。試合が楽しかったですね。」

楽しい→練習する→上手くなる→楽しい→...そんなシンプルな好循環が竹内選手の能力を更に引き出していきます。

やがてバスケットの強豪高への推薦もいくつかあったという竹内選手。しかしバスケットの面白さを教えてくれた恩師からは常に「天狗になるな、謙虚でいろ」と声をかけてくれたそうで、その後のバスケットボール人生に生かされています。

京都・洛南高校、さらに東海大学では全国制覇を経験。
そして日立サンロッカーズ(現・サンロッカーズ渋谷)に加入してプロのプレーヤーに。
平行して日本代表にも選ばれるなどバスケットボール界のスターダムに駆け上がっていきます。

竹内譲次選手はその濃密な時間を過ごしながら“バスケットボールをやっていてよかった ”ということを沢山、実感していたそうです。
「友達も沢山できましたし、高校の時は(遠征や大会で)北海道や沖縄まで、日本代表に入ると海外にも行くことができました。バスケットを通して違う国の文化に触れることができて、バスケットボール以外のことでも目を向けるようになりました。」

“人生に必要なことは全てバスケットボールが教えてくれた”とは言い過ぎかもしれませんが。バスケットに出会い、楽しみ、上達して見えた世界は何物にも代え難いものだったはずです。

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その後プロになり、2つのリーグが生まれ、日本代表の国際試合禁止措置など日本バスケットボールの非常事態も肌で感じていた竹内譲次選手。
しかし日本バスケット最大のピンチから一転、B.LEAGUEが誕生。しかもアルバルク東京という名門チームでリーグの開幕戦のコートにも立ちました。
数々の大舞台を踏んでいるにも関わらず「緊張しました」と言わせるほど、B.LEAGUEの開幕は日本バスケット界にとってエポックメイキングな出来事。
だからこそ「大々的にプロリーグを立ち上げて貰って、その中で代表するチームにいる。もっと(バスケットを)メジャーにしていくための重大な役割を担っている」ことを意識しているといいます。

さらに「プレーだけじゃなくて普段からしっかりしなくてはいけません。こうやって取材をしていただく機会も増えました。色々な場所に行くことも、発言する機会も増えたので、ちゃんと自分の思っていることをしっかり伝えられるように意識しています。」

インタビューをしていて常に言葉をシンプルかつ丁寧に選びながら答えてくれる竹内譲次選手からは日本のバスケット、B.LEAGUEを背負っているプロバスケットボールプレーヤーとしての自覚を強く感じました。

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©ALVARK TOKYO

自分のこと、チームのこと、日本バスケットのことを背負って戦う竹内譲次選手。
その意志は常にクールな表情や言葉ではなくプレーひとつひとつに最も込められています。
大きな背中で語られるようなプレーの数々はぜひアルバルク東京のゲームを生で見て、感じとってください。

今週末は大混戦の東地区における2位と3位の直接対決。地区優勝へ向けてお互いに1敗もできない、千葉ジェッツとの2連戦です。

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アルバルク東京 vs 千葉ジェッツ
開催日:4/15(土)17:00~、16(日)15:00~
会場:国立代々木競技場第二体育館(JR山手線「原宿駅」から徒歩約5分、「渋谷駅」から徒歩約15分、東京メトロ千代田線「明治神宮前駅」から徒歩約5分)

チケット:https://www.alvark-tokyo.jp/ticket/
アルバルク東京:https://www.alvark-tokyo.jp/
Twitter:https://twitter.com/ALVARK_TOKYO
Facebook:https://www.facebook.com/ALVARKTOKYO/

次回は4/13(木)の更新予定。
引き続きアルバルク東京の竹内譲次選手にプレーのこと、日本代表についてお話を伺います。

後編【“世界指標の経験”がチームと日本を勝利に導く!~アルバルク東京 竹内譲次選手その② 清水久嗣のB.LEAGUEレポート!】はこちら>

(清水久嗣)

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