昨今のアナログ盤ブームで、改めて注目されているのが歌謡曲のレコード(ドーナツ盤)。
デジタル音源より音に厚みがあり、またCDでは味わえないジャケットの大きさも魅力の一つ。
あえて「当時の盤で聴きたい」と中古盤店を巡りレコードを集めている平成世代も増えているようです。
そんなアナタのためにドーナツ盤ハンター・チャッピー加藤が「ぜひ手元に置きたい一枚」をアーティスト別・ジャンル別にご紹介していきます。
今日7月1日、日テレが『THE MUSIC DAY 願いが叶う夏』と題して、10時間の音楽特番を放送します。フジの『FNS歌謡祭』もそうですが、世代を超えて、様々なジャンルのアーティストが生歌を聴かせてくれる番組が増えたのは結構なことです。
考えてみれば、昭和の歌番組は、アイドル、ニューミュージック、ロック、ポップス、演歌がゴッタ煮でしたし、ツイストの出番を楽しみにしつつ、途中で出て来る五木ひろしの曲も聴く…そんな時代だったからこそ、都はるみに『北の宿から』を書き、ジュリーに『勝手にしやがれ』を書き、ピンク・レディーに『UFO』を書く阿久悠のような作詞家も存在したわけです。
一方、歌い手にもそんなオールラウンダーがいました。演歌歌手として15歳でデビューし、その後ポップスに転向しブレイク。そのかたわら、サンタナ張りのギターを弾き、ロックも歌う…その歌手の名は野口五郎。今回の『THE MUSIC DAY』の出演者欄に彼の名前があったのは、非常に納得がいきました。
ということで今回は、ゴッタ煮ジャンクな昭和歌謡の申し子・ゴローの、アナログで持っておきたい名盤をご紹介しましょう。
【ビギナー向け】・・・『私鉄沿線』(1975)
野口五郎の最大のヒット曲は、74年、初のオリコン1位に輝いた『甘い生活』ですが、代表曲というと、その翌年に出した本曲でしょう。改札口で“君”を待つ穏やかな出だしから、その“君”に去られた哀しみをしっとり歌い上げ、サビで「もう一度だけ、熱いコーヒーを飲みませんかぁ〜!?」と絶唱。普通に歌うと何でもない詞を、行間に込められた思いをしっかり汲み取って、心のヒダを直撃する。この表現力こそ、ゴローの真骨頂です。
作曲の佐藤寛はゴローの実兄で、その後もシングル曲を多く手掛けていますが、編曲は筒美京平が担当。このアレンジも素晴らしく、特にイントロのエレキシタールは最高です。当然、スタジオミュージシャンが弾いているものだと思っていましたが、わりと最近になって「実はアレ、自分で弾いてました」というゴローの告白を聞き仰天!コレって凄くない?
なぜずっと黙っていたかというと、ゴローいわく:「当時は、アイドルが何でもできちゃいけない時代だったんです」…なんて昭和な世界観。トップアイドル時代から、ギター片手にレコーディングスタジオを訪れ、こっそりスタジオミュージシャンとして活動していたんだとか。どおりで、先日『ギターマガジン』誌で対談していましたが、あのCharも一目置くわけです。
その事実をふまえた上で聴くと、冒頭からがぜん味わい深くなる本作。あらゆる意味で「ザ・野口五郎」=「ザ・歌謡曲」です。100円コーナーでもよく見掛けますが、1,000円以上の価値がある傑作。見付け次第マストバイ!
【上級者向け】・・・『グッド・ラック』(1978)
70年代後半に、筒美京平が追求していた「日本版AOR(=Adult Oriented Rock)」。分かりやすく言うと「大人向けのロック系歌謡」ですが、ゴローはその重要な担い手の一人でした。
作詞は山川啓介ですが、一夜を共にし、ベッドでスヤスヤ眠る彼女を置いて、「自分の気持ちにウソはつけない」と、汽車に乗って去っていくハードボイルドな設定。でもゴローが歌うと、優しく聞こえるのは何故だろう?これはもう、持って生まれたモノですよ。クールなんだけどソフト、ドライなんだけどウェット。そうなんだよ、男は心にオーデコロンをつけちゃいけないんだ。分かってくれよ!…すみません、取り乱しました。
日本人にしっくり来るAORのカタチって何だろう?と模索していた筒美京平にとって、野口五郎の歌声はジャストフィットな最適解だったに違いありません。セールス上は、本曲が最後のオリコンTOP10ヒットになるのですが、一つの頂点に達したと言ってもいい傑作です。和モノDJの間では需要の高い曲ですが、300〜500円前後で入手可能です。
野口五郎×筒美京平コンビは他にも、『むさし野詩人』(松本隆・1977)『女になって出直せよ』(1979・阿久悠)『19:00の街』(1983・伊藤薫)など、様々な作詞家と組んで、良質なアダルトポップスを世に送り出していますので、ぜひ聴き比べていただきたいと思います。
【その他、持っておきたい一枚】
『針葉樹』(1976)
これも筒美京平作曲。凜とした女性を針葉樹に喩えた、麻生香太郎の文学的香り漂う歌詞を、スケール大きく歌い上げる技倆。これぞゴローの底力。
『真夏の夜の夢』(1978)
この曲から、ギター片手に歌番組に登場。ギタリスト・ゴローをカミングアウト。セクスィー系女声コーラス隊との掛け合いもお見事。
【チャッピー加藤】1967年生まれ。構成作家。
幼少時に『ブルー・ライト・ヨコハマ』を聴いて以来、歌謡曲にどっぷりハマる。
ドーナツ盤をコツコツ買い集めているうちに、気付けば約5,000枚を収集。
ラジオ番組構成、コラム、DJ等を通じ、昭和歌謡の魅力を伝えるべく活動中。