話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、6月12日の広島戦でプロ初登板・初先発・初勝利を挙げた日本ハム・吉田輝星投手のエピソードを取り上げる。
「初めての1軍マウンドで、試合開始から雰囲気は違うなと思いました。それでも、緊張はあまりせずに、初回から投げられました」
2018年夏、「秋田・金足農旋風」で日本中を沸かせた甲子園準優勝投手は、プロのマウンドでもファンを魅了しました。12日、札幌ドームで行われた広島との交流戦でいきなり先発デビューした、日本ハムのドラフト1位ルーキー・吉田輝星。
しかも投げ合う相手は5連勝中のエース・大瀬良でしたが、臆するどころか「あまり緊張しなかった」という強心臓ぶり。強力カープ打線に、ストレート中心の真っ向勝負を挑みました。入団会見の際、
「自分の自信のあるところはストレートなので、しっかりとそこは磨いていきたいと思います」
と宣言していた吉田。5回を投げて球数は84球。うち変化球は17球で、67球がストレートと、実に8割が「真っ直ぐ勝負」。最速147キロと、とりわけ速いわけではありませんが、横回転したりホップするなど、打者の手元で微妙に動く吉田のストレートは、分かっていても打ちづらいのです。67球のうち14球がファウルだったことも、その証し。
「しっかりと指にかかった真っすぐはファウルが取れたし、後半は多少コースが甘くなっても、うまく空振りが奪えました。初対戦ということもありますが、自分の真っすぐはある程度通用したのかなと思います」
と手応えを語った吉田ですが、これだけ真っ直ぐで押すピッチャーは、いまのプロ野球ではたいへん貴重です。カープ打線を翻弄した吉田は、5回を4安打1失点に抑え、「初登板・初先発・初勝利」を飾りました。
高卒ルーキーの初登板・初勝利は、プロ野球史上19人目。チームの先輩で、同じ東北出身の大谷翔平(現エンゼルス)もできなかった快挙をやってのけました。
吉田が並みのルーキーでないことを示したのは、序盤のピンチをしっかり凌いだところです。まずは初回、先頭の長野にヒットを打たれ、2つの四球でいきなり一死満塁のピンチ。普通の新人なら、ここからガタガタッと崩れるところですが、5番・西川をストレート2球で追い込むと、3球勝負を挑み、140キロ・外角への真っ直ぐで三振に斬ってとりました。
「ストレートで押していって、打たれたらそこまで、しょうがないという気持ちでした」
続く6番・磯村は、カーブを打たせてサードゴロに仕留め、みごと無失点で立ち上がりのピンチを切り抜けた吉田。その裏、大田が援護の先制12号ソロを打ってくれました。
2回、吉田は二死から田中、長野に連打を浴びて同点に追い付かれましたが、「何とか吉田を勝たせよう」とチーム一丸となった日本ハムは、その裏、すぐに西川がタイムリー内野安打を放って、再び勝ち越します。
直後の3回、カープはクリーンアップから始まる好打順でしたが、3番・バティスタの打球を、ショート・石井がジャンプしてキャッチ。チームメイトの再三の援護に、吉田も応えます。4番・鈴木誠也には、真っ直ぐ一本の3球勝負でライトフライ。5番・西川も、真ストレートでレフトフライに仕留めました。
「あそこが、いちばん気持ちを入れて頑張りました」
勝負のツボを心得た、高卒ルーキーとは思えない堂々たるピッチング。ヒーローインタビューで、この先、大事にしたいことは何かと聞かれ、吉田はこう答えました。
「1人でやらないこと。きょうも石井さんの守備(3回の好捕)だったり、先輩たちが点を取ってくれたのがあって勝てました。周りの大切さが分かりました」
野球は1人ではなく、9人でプレーするもの。あらためて、先輩たちへの感謝の言葉を忘れなかった吉田。この日のスタンドには、高校時代にそのことを教えてくれた、元・金足農のチームメイト2人の姿がありました。
その前で最高の晴れ姿を見せた吉田ですが、自己採点は「50点、60点ぐらい」と厳しめ。決して浮かれてはおらず、もうその目は次戦を見据えています。
「1軍で活躍することがプロ野球になりたいと思った理由。ここがスタートラインだと気を引き締めて、どんどん先に進んでいきたいと思います」
この日の札幌ドームには、前日よりも1.2万人多い3万3563人の観衆が詰めかけ、来場者には「プロ初登板観戦証明書」が配られました。そこにはこんな文言が。
「あなたは歴史の証人となったことを証明します」
この白星は、21世紀生まれの投手が初めて挙げた勝利でもあります。令和元年、球界のニュースターがどんな“歴史”を創って行くのか、今後も注目です。