話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、11月6日、野球の国際大会「プレミア12」で好投を見せ、スーパーラウンド進出決定に貢献した侍ジャパンのサブマリン・高橋礼投手(ソフトバンク)にまつわるエピソードを取り上げる。
「アンダースローは他の国にも少ないし、日本代表でも僕1人だけ。僕のボールを見た後に、速球派のピッチャーを見ると(印象が)違うはず。だから1イニングでも長く投げたかった」(高橋)
2020年・東京オリンピックの前哨戦であり、五輪出場権を懸けた大会でもある野球の国際大会「プレミア12」。日本代表=侍ジャパンは、開催国枠ですでに五輪出場が決まっていますが、五輪金メダルが至上命題の侍ジャパン・稲葉監督としては、本番に向けてしっかり結果を残しておきたい大会です。
侍ジャパンは、東京ドーム(一部試合は千葉)で行われるスーパーラウンド進出を懸けて台湾で1次ラウンドを行い、5日はベネズエラ、6日はプエルトリコに勝利。同じく2連勝した台湾とともに、スーパーラウンド進出を決めました。
初演のベネズエラ戦は、中盤、継投がうまく行かず逆転されるシーンがありましたが、8回、ベネズエラのリリーフ投手が四球を連発したのに乗じて一挙6点を挙げ、8-4と侍が逆転勝ち。ただこの勝利は、相手の自滅に依るところも大きく、反省点も多く残った試合でした。
2戦目のプエルトリコ戦は、スッキリ勝っておきたいところ。プエルトリコはWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)で第3回・第4回と連続で準優勝を飾っているカリブの強豪であり、気は抜けません。
この大事なゲーム、本来の先発は岸(楽天)が予定されていましたが、発熱で調整が遅れ回避。代わって稲葉監督が先発投手に指名したのは、ソフトバンクの2年目・高橋礼でした。いまでは珍しくなった下手投げのサブマリン右腕で、1年目は0勝でしたが、今季(2019年)は12勝とブレイク。巨人との日本シリーズ第2戦にも先発登板。7回を1安打無失点に抑える好投で勝ち投手となり、3年連続日本一にも貢献しています。
五輪を見据える稲葉監督にとっても、高橋は欠かせない1枚です。なぜなら、球筋が下からの軌道になるサブマリン投手は、打者にとってタイミングが合わせづらく、どんな強打者でも初見で打つのは困難。ゆえに、一発勝負の国際試合では強力な切り札となるのです。
事実、過去の日本代表でも、第1回・第2回WBCでは渡辺俊介(当時ロッテ)が先発・中継ぎで連続世界一に貢献。第3回・第4回WBCでは、牧田和久(当時西武)が2大会通算2勝0敗3セーブと、リリーフの柱としてフル回転しています。
そんな、侍ジャパンが誇る「サブマリン」の系譜を受け継いだ高橋。渡辺・牧田の国際試合での活躍は、高橋も深く印象に残っており「いつか自分も、日の丸を付けて活躍したい」と心に秘めていたのでした。
地面スレスレから繰り出されるボールに、プエルトリコ打線は翻弄。高橋は6回2死までパーフェクトに抑える完璧なピッチングを披露しました。
プエルトリコの指揮官も「あんなピッチャーは見たことがない」と脱帽。ボールをギリギリまで離さず、より打者に近いところでリリースする球持ちのよさも高橋の特徴で、ストレートは140キロも出ませんが、打者にとっては135キロでも、威力ある真っ直ぐに映るのです。
しかし、いくら初見では打ちづらいとは言え、代表デビュー戦のマウンドでいきなり完璧なピッチングを披露し、白星を挙げたのは大したもの。捕手が、ホークスで女房役を務める甲斐だったことも、落ち着いて投げられた一因でした。
「まずは、礼のピッチングをして行こうと話をしました。礼がしっかり投げてくれた結果ですね」(甲斐)
国際試合だからといって、いつものスタイルを変えることはない。中途半端に行かず、自分らしさを前面に出して、押していくことが大事だと、甲斐は高橋にアドバイスしたのです。これで力みが取れ、いつものリズムで臨めた高橋。テンポのいいピッチングが、打線にもいい影響を与え、3回、試合を決めた鈴木誠也の3ランにつながりました。
「自分の持ち味を出すことができた。高低でしっかり投げ切れたことがいちばんよかった」(高橋)
また、初戦のベネズエラ戦で、同じホークスの甲斐野央がリリーフで好投。勝ち投手になったことも大きな刺激になりました。ルーキー・甲斐野と、2年目ながら新人王の有資格者である高橋は、パ・リーグ新人王を争うライバルでもあるのです。
もちろん、普段は仲のいい2人ですが、レギュラーシーズンはもとより、CS・日本シリーズでも獅子奮迅の活躍を見せた甲斐野。高橋にとっては「大卒の1年先輩として、負けていられない」と、闘志に火を付けてくれる存在です。
侍でも活躍が目を引くホークス勢。なかでも「わかっていても打てない」高橋は、東京五輪・金メダル獲得の最終兵器になりそうです。