別大毎日マラソン~視覚障害部門でも快挙 道下美里・世界新Vを支えた伴走者との絆

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話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、2月2日に行われた別府大分毎日マラソン・視覚障害者部門で、自身の持つ世界記録を更新して優勝した、道下美里選手にまつわるエピソードを取り上げる。

別大毎日マラソン~視覚障害部門でも快挙 道下美里・世界新Vを支えた伴走者との絆

視覚障害女子で優勝し、世界記録更新を喜ぶ道下美里=2020年2月2日 大分市営陸上競技場 写真提供:共同通信社

「この数年、トンネルを抜け出せなかった。やっと思い通りのレースができました」

2日に行われた別府大分毎日マラソン。初マラソンの吉田祐也(青山学院大)が外国勢と終盤まで優勝を争い、39キロ地点で先頭に立つなど大健闘。日本勢最高の3位となって話題を呼びました。

これもなかなかの快挙ですが、同時に行われた「視覚障害者の部」でも素晴らしい記録が達成されました。リオパラリンピック銀メダリストで、女子T12(視覚障がい者クラス)の世界記録を持つ道下美里が、2時間54分22秒の世界新記録で優勝。大会2連覇を達成したのです。

現在43歳。自身が2017年の防府読売マラソンでマークした従来の世界記録を1分52秒も縮め、「年齢による限界などない」ことを改めて証明してみせました。

道下は中学生のとき「膠様滴状(こうようてきじょう)角膜ジストロフィー」という角膜の病気に罹り、右目を失明。25歳のとき、今度は左目にも発症し、かすかにしか見えない状態になりました。仕事も辞めざるを得なくなり、日常生活もままならず、家でふさぎ込む日々が続きましたが、そんな道下の人生を変えたのが「走ること」でした。

目が不自由でも、ロープで手を結んで一緒に走ってくれる「ガイドランナー」(=伴走者)がいれば、晴眼者のように走ることができる……そのことを知り、実際にガイドランナーと走ってみた道下は、風を切って走る爽快感が忘れられず、陸上競技にのめり込んで行きました。

最初はトラック競技から始め、2008年、30代で初めてフルマラソンに挑戦。2012年末、盲人マラソン協会から「2016年のリオパラリンピックから、女子の視覚障害者マラソンが正式種目に採用されるかもしれない。挑戦してみませんか?」という打診を受けた道下は、本格的にパラリンピックを目指してトレーニングを始めます。

道下は2014年、故郷・山口県で行われた防府読売マラソンで、当時の世界記録・2時間59分21秒を樹立し優勝。正式採用が決まったリオパラリンピックの代表に選ばれ、本番でも2人のガイドランナーと快走。みごと銀メダルを獲得しました。この快挙は、3人でメダルを囲む写真とともに大きく報道されたので、ご存じの方も多いと思います。

そんな道下をサポートしてくれる集団が「チーム道下」。幅広い年齢層のガイドランナーが名を連ね、シフトを組んで、道下の練習パートナーを務めています。

道下のように、世界でもトップクラスのランナーになると、一緒に走るガイドランナーもそれなりの走力が要求されます。しかし、時間を合わせて練習に付き合ってくれるハイレベルなランナーを探すのはなかなか難しく、レベルが上がるごとに、伴走者が見つからなくなるのが悩みのタネなのです。その問題を解消するために結成された「チーム道下」。

「今回は、市民ランナーのみなさんだったり、応援してくださる方も本当に一丸となって、この記録へと集中して、結果につながりました」

レース後、そう語った道下。マラソンは個人競技ですが、視覚障害者マラソンは、障害者と晴眼者がタッグを組んで走る「団体競技」でもあるのです。ガイドランナーは、道下の目の代わりとなって、これから走るコースの状態を伝え、ときにはペース配分や戦略まで指示する参謀役も務めます。もしガイドの体調が悪くなり、決められた担当区間を走れなくなったら、選手も棄権扱いになるため、責任は重大です。

道下がリオで銀メダルを獲得したとき、後半のガイドランナーを務めた堀内規生さんは涙を流しました。筆者は後日、堀内さんに電話インタビューする機会があったのですが、あの涙について聞いてみると、こんな答が返って来ました。

「みんなに誤解されましたが、あれは嬉し泣きじゃないんです。(道下+前半の伴走者と)3人で金メダルを獲るつもりで走っていたので、もう、悔しさしかなかったですね」

そう、ガイドランナーも、選手と一緒に戦っているのです。道下本人も悔しさが残ったリオの銀メダル。その悔しさをバネに4年間、「チーム道下」のメンバーとトレーニングを積み、さらなる高みにたどり着きました。

「別大(=別府大分毎日マラソン)って、実はあんまり得意なレースじゃなかったんですよ。なので、ずっとエントリーを控えていたんです。でも、このレースで勝たなきゃ東京じゃ勝てないと思って臨んで、(世界新で優勝という)この結果は最高の結果です」

道下は、東京パラリンピックへの出場は事実上内定しており、目指すは今度こそ「金メダル」です。「大勢の方のサポートがないと、私は走れません。将来は私を通じて、人と人との出逢いがつながって行く……そんなランナーになりたい」と言う道下は、本番に向けて、こう抱負を語りました。

「東京も1人じゃなく、みんなでチーム一丸となって目指して行きたいと思いますので、今後も引き続き、応援よろしくお願いします!」

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