藤川球児 敵地で異例の引退セレモニーが行われた“泣かせる”理由

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話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、10月15日の中日-阪神戦で、試合後、敵地にもかかわらず行われた阪神・藤川球児投手の「引退セレモニー」と、その背景にまつわるエピソードを取り上げる。

【プロ野球中日対阪神】試合後、中日・荒木雅博コーチから花束を受取り場内を一周する阪神・藤川球児=2020年10月15日 ナゴヤドーム 写真提供:産経新聞社

「ありがたい以上というか、次の第2の人生で生きて行く糧になりますよね。自分がこれだけ残したんだというか、名勝負を繰り広げさせてもらったというところで、人の印象は消えないんだなと」(藤川)

10月15日、ナゴヤドームで行われた中日-阪神戦。激しい2位争いを演じる両チームの直接対決第3ラウンドは、阪神が8回に原口の2点タイムリーで逆転しますが、9回ウラ、中日・高橋が劇的なサヨナラ3ランを放ち、中日が3連勝。阪神に1.5ゲーム差をつけました。

セ・リーグにも例年どおりクライマックスシリーズがあれば、独走する巨人へのCS挑戦権争いで、この3連戦は大いに盛り上がったでしょう。ただの“順位争い”になり、観客動員も寂しくなったのは残念です。

しかし、15日の試合後、中日側が見せた粋な演出で、スタンドが沸くシーンがありました。すでに今季(2020年)限りでの引退を表明、この日、久々に1軍登録された阪神・藤川に対し、中日が異例の“引退セレモニー”を行ったのです。

グラウンドに登場した藤川に、ホーム後方で中日・荒木守備走塁コーチが花束を贈呈し、藤川は場内を一周。あえて“敵陣”の一塁側へと歩き出し、中日ファンで埋まる右翼席へ向かうと、竜党からも異例の「球児コール」が沸き起こりました。大声での声援は禁止されていることもあって、藤川は口元に人差し指を当て、微笑みながら「シーッ!」というシーンも。野球版“ノーサイド”というか、実にいい風景でした。

阪神は15日で、ナゴヤドームでの今季全試合が終了。それもあって、藤川はこの日に1軍昇格となったのでしょう。登板機会こそありませんでしたが、この配慮によって、名古屋の中日ファンにもお別れの挨拶をすることができました。

「何とかこの日に間に合わせて来られただけで、『選手ってこんなに幸せなんだな』と感じることができた」(藤川)

両チームのファン以外の方は「何でそこまでするの?」と思うかも知れませんが、中日にとって藤川は長年の好敵手であり、幾多の名勝負をくり広げて来た間柄なのです。とくに落合博満監督時代、中日打線にとって、阪神・岡田彰布監督が形成した抑えの「JFKトリオ」(=ジェフ・ウイリアムス、藤川、久保田智之)は大きな壁でもありました。当時両チームは毎年のように優勝を争っており、竜虎決戦はセ・リーグの名物カードに……思い返すといくつも名シーンが浮かんで来ます。

そのころ、藤川と対峙した中日のバッターから誰か1人挙げろというと、やはり「タイロン・ウッズ」です。2003年から2年間、横浜ベイスターズでプレーした後、2005年から中日へ移籍。2006年には47本塁打・144打点を挙げて2冠王に輝き、リーグ優勝に貢献。2007年には主砲としてチームを53年ぶりの日本一に導き、2008年までプレーしました。

横浜時代も併せると、通算3度の本塁打王を獲得したウッズ。持ち前のパワーでスタンドまで持って行く強打者で、豪腕タイプの藤川にとって、力と力の勝負を挑むには絶好の相手でもありました。筆者はこの「藤川vsウッズ」を球場で何度も観て来ましたが、いまだに忘れられないシーンがあります。

それは2007年9月14日、甲子園球場での対決です。シーズン終盤、首位・阪神を1.5差で中日が追う状況。そんななかで迎えた、直接対決3連戦の初戦でした。試合は5対5の同点のまま9回に。ここで阪神は、守護神・藤川を投入。夏場の連投に次ぐ連投で、おそらく疲労はピークに達していたと思われます。

中日打線は、代打・立浪のヒットを足掛かりに藤川を攻め、2死二・三塁のチャンスをつくります。ここで打席には4番・ウッズ。場内の興奮は最高潮に達し、ぎっしり埋まった甲子園のスタンドでは、誰も席を立つ人はいませんでした。

ウッズは直前の7回に久保田から逆転2ランを打っており、一塁が空いていたので敬遠するのかな、と思いましたが、藤川の辞書にそんな言葉はなく、当然のように勝負。岡田監督がそれを許したのは、藤川はこの年ウッズと相性がよく、その時点で1本もヒットを打たれていなかったからです。

驚いたのは、藤川は全球真っ直ぐ勝負を挑み、150キロ台を連発。真っ向から三振を取りに行く藤川と、そうはさせじと剛速球に食らい付き、ファウルで粘るウッズ。打球が捕手・矢野(現・阪神監督)のマスクを直撃し吹っ飛ばすシーンもあり、まさに力と力のぶつかり合い。観ているだけで手に汗が滲んで来たのを覚えています。

ここで気になったのは、マウンドで藤川が、矢野のサインにさかんに首を振っていたことです。矢野はインコースを要求しましたが、どうやら藤川は攻めきれなかったようで、外への真っ直ぐを連投。これが明暗を分けました。だんだんタイミングが合い始め、11球目をウッズがセンター前に弾き返して2者生還、7-5となって勝負あり。9回ウラは岩瀬が締め、中日が首位へ半ゲーム差に迫りました。

10球目をファールにした瞬間、「まだ逃げずに真っ直ぐで来るのか、やるな」と思ったのでしょう。ニヤリと笑ったウッズと、打たれた直後「全力で行って打たれたなら、しゃあない」と笑顔を見せた藤川。これもまたいいシーンでした。結局この年は巨人が逆転優勝を飾り、どちらもVを逃したのですが(中日はCSで巨人を下し、日本シリーズも制して日本一)、個人的にはこの対決が、2007年のベストバウトだったと思います。

15日の試合前、ウッズの元・通訳担当から「ウッズがよろしくと言ってたよ」とメッセージを伝えられた藤川。まだまだシーズンは続いていますし、甲子園での竜虎決戦は3試合残っています。あのころと同じ、とは言わないまでも、藤川の気迫のこもったボールを、中日打線が全力で打ちに行く……願わくば最後にまた、そんな真剣勝負を観てみたいものです。

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