全豪V 大坂なおみが夢見るセリーナへの「究極の恩返し」
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話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、2月20日、テニス全豪オープン・女子シングルスで2度目の優勝を果たした大坂なおみ選手にまつわるエピソードを取り上げる。
豪州メルボルン・パークで行われた今年(2021年)の全豪オープン・女子シングルス決勝。世界ランク3位の大坂なおみは、同24位のジェニファー・ブレイディ(米国)を6-4、6-3のストレートで下し、2年ぶり2度目の優勝を飾りました。大坂の4大大会制覇はこれで4度目(全米→2018年・2020年、全豪→2019年・今回)になります。
今回の全豪でも圧倒的な強さを見せつけた大坂。これでツアー再開後から続いている公式戦での連勝記録は、棄権2試合を除き「21」まで伸びました。とくに印象的だったのは、実質的な決勝戦とも言われた準決勝、セリーナ・ウィリアムズ(米国)戦です。かつての絶対女王・セリーナに6-3、6-4で快勝。第2セットで大坂は時速193キロの弾丸サーブを放ち、セリーナが一歩も動けないシーンもありました。
大坂に完敗したセリーナは、スタンドの観衆に手を振ると、掌を胸に当てコートを去りました。それを「豪州のファンに最後の挨拶か?」「引退のサインかも」とみたマスコミも多く、試合後の会見では、大坂にその件についてどう思うか聞く記者も。その問いに大坂は、
「そんなこと言われると、悲しい。彼女には、永遠にプレーしていてほしいもの。私のなかの"子ども"が、そう言ってるの」
~『Sportiva』2021年2月19日配信記事 より
……と語りました。思えば、大坂が初めて4大大会を制した2018年の全米オープン、決勝の相手はセリーナでした。あのときはペナルティの宣告をめぐってセリーナが激昂、会場もブーイングに包まれるなど異様な雰囲気のなか行われ、「セリーナが自分で崩れた」ととらえる向きもありましたが、今回は大坂が完膚なきまでの勝利。「新旧女王交代」を印象づける試合となりました。
とはいえ大坂も、史上最多タイの4大大会24勝目を目指すセリーナがこのまま終わるとは思っていないでしょうし、全仏・ウインブルドンをまだ制していないいま、彼女を超えたとも思っていないはず。「永遠にプレーして欲しい」という言葉は本心から出たものだと思います。コート上のプレーだけでなく、人種差別に対する毅然とした姿勢なども含め、セリーナは大坂のロールモデルになっているからです。
勝負の世界では、長年目標とし、自分を引き上げてくれた人に勝つことをよく「恩返し」と言います。大坂にとって、2年前の全米に続く今回の勝利は、まさにセリーナへの「恩返し」。でもまだ十分じゃない。強いセリーナと戦って自分も強くなり、もっともっと恩を返したい。だからやめないで……そんな大坂の心情が汲み取れるコメントでした。
思えば、昨年(2020年)の全豪では、大会連覇へのプレッシャーが掛かったのか、15歳のコリ・ガウフ(米国)にストレートで完敗を喫し、メンタル面での課題が浮き彫りになった大坂。しかし1年で精神的にも見違えるように強くなった大坂の心を鍛えたのは、ウィム・フィセッテコーチです。
以前はコートでよく感情を爆発させていた大坂。フィセッテコーチによるメンタル指導の成果もあって、平常心を保ったまま試合に臨めるようになりました。20日の決勝前、フィセッテコーチは大坂の強さの秘密について、こう語っています。
フィテッセ氏は報道陣に対し、「ここ数年の経験から、冷静に振る舞っているときは、自分が何をする必要があるのかが明確で、良いプレーができることを分かっている。ネガティブになってはいけないということではないが、すぐに気持ちを切り替えることが非常に重要」とコメント。
さらに、「ナオミは、コートで常に良い振る舞いができる人間になりたいと思っているようだ。それは、若手選手にとってのロールモデルのようなもの」とも話した。
~『ロイター』2021年2月20日配信記事 より
精神面での成長は、大坂の「プレーヤーとしての器」をさらに大きくしたようです。全豪優勝会見で「若いファンから“お手本”として見られていることをどれくらい意識しているか?」と訊かれ、大坂はこう答えました。
「私が昔そうだったように、私の試合に来て応援してくれる小さな子どもたちがいることは本当に大きな栄誉だと思うわ。でもそれと同時に、そのことで自分に負荷をかけすぎることはない。私は常に、というか今もまだ人として成長中だから。子どもたちも私と一緒に成長してくれたらいいな、なんて思うの(笑顔)」
~『テニスデイリー』2021年2月22日配信記事 より
かつて自分がセリーナを目標としたように、まだまだ未熟だけれど、自分もこれからは「目標とされる人間」になりたい、一緒に成長して行きましょう、と言う大坂。実はもうすでに行動を始めています。
昨年8月、大坂はウエア契約を結ぶナイキと、ローレウス・スポーツ・フォー・グッド財団と提携。「プレー・アカデミー with 大坂なおみ」を設立すると発表しました。これはテニスに限らず、日本の女の子たちが多くのスポーツに参加できるよう、大坂が支援するという助成プログラムです。
助成金の援助から、コーチ研修、強化トレーニングなどのイベント開催を、地域を通じて行う。「私は3歳でテニスを始めて人生が変わった」と大坂は言う。それと同じ体験を味わってもらいたいと願っている。
そのプログラムは、大好きな東京からスタートさせる予定だ。ナイキによると、女の子が15歳までにスポーツをやめてしまう割合が、東京は世界の中で最も高い都市の1つだという。そこで大坂は「何か私にできることはないかと考え、次世代の女子に多くの場を提供したいと思った」と話している。
~『日刊スポーツ』2020年8月4日配信記事 より
セリーナから受けた恩は、次の世代の選手に返す。それがひいては、テニス界の発展につながる……わかっていてもなかなかできないことです。自分の将来はもちろん、テニス界のことまで考えて行動するプレーヤーに成長した大坂。
十数年後、このプログラムでテニスを始めた女子選手が、絶対女王となった大坂と4大大会で対決……という夢のようなことが現実になるかも知れません。それが大坂の目指す「究極の恩返し」なのです。