新型コロナウイルス感染症対策に伴う緊急事態宣言のもと、東京を始めとする飲食店では「酒類の提供禁止」が要請されているが、これは飲食店だけでなく酒販店、酒造メーカー、そして米農家に至るまで大きな影響を及ぼしている。この状況についてニッポン放送・宮崎裕子記者が取材し、ポッドキャスト番組「ニッポン放送・報道記者レポート2021」(ニッポン放送 Podcast Station ほか)でレポートした。
「酒類の提供禁止」は、納品業者である酒販店にとっても死活問題
6月20日まで再延長が決まった緊急事態宣言。映画館や百貨店などは、一部休業要請が緩和され営業を再開しましたが、引き続き、厳しい対応を迫られているのが「飲食店」です。午後8時までの時短営業に加え、酒類の提供禁止。お酒を提供できない居酒屋などにとって、これは事実上の「休業要請」です。
こうした飲食店への救済措置として「協力金の支給」がありますが、その額も支給スピードも満足いくものではありません。東京都の担当者に聞くと、「申請書類がきちんと揃っていれば、申請から2~3週間で振り込まれるはず」と言いますが、多くの飲食店は「支給のスピードが遅い」と嘆いています。
このように、コロナ対策では常に「飲食店」が槍玉に挙がり、まともに営業が出来ない状態が長期間続いています。さらに4月からの緊急事態宣言では前代未聞の禁酒令=酒類の提供禁止。
これはもう飲食店だけでなく、その飲食店にお酒を収めている酒販店=納品業者にとっても死活問題です。
中田英寿など著名人の愛好家も多い はせがわ酒店
そこで今回は、酒販店のひとつ、東京の「はせがわ酒店」の長谷川浩一社長にお話を伺いました。
はせがわ酒店といえば、業界で知らない人はいないほどの有名店です。
東京の下町・亀戸で誕生し、今や麻布十番、日本橋、東京駅グランスタ、東京スカイツリー、パレスホテルなど話題のスポットに次々に出店しています。長谷川社長自らが日本全国の蔵元を訪ね、厳選した日本酒のみを販売。「はせがわ酒店に行けば、おいしい日本酒に巡り合える」と、サッカーの中田英寿さんはじめ著名人にも愛好家は多く、常に日本酒界をけん引してきました。
東京駅グランスタ店も、売り上げが通常の半分以下
その業界をリードする「はせがわ酒店」ですら、今回の酒類の提供禁止というのは「相当な痛手だ」と話しています。長谷川社長です。
「売り上げの7割方は飲食店さんです。それがいま、ほぼゼロに近いですね。店頭の売り上げも、東京駅(グランスタ店)は、通常の売上金額の半分以下ですよ。
出張行くとき、新幹線使いますけど、東京駅に寄るじゃないですか。東京駅とは思えないですよ。がらーんとしていて」
売れる酒「十四代」ですら“生産調整”してしまう「自粛ムード」
「パレスホテル店なんかは、インバウンドで、チャイナの方とか、高級なお酒を、それこそ自家用ジェットで来てパレスホテル泊まって、うちのお酒を箱で買っていくような人が、誰も来なくなっちゃったから、もう完全に死んでますよ」
このように、はせがわ酒店は、もとは7割が飲食店向けの売り上げとのことですが、現在はインターネット販売に力を入れており、売り上げの5割がネットや店頭での販売、残りの5割が飲食店向けということです。しかし、その飲食店向けがほぼゼロになっているということです。
それに、これまで常に人であふれていた東京駅も、乗降客が減ってガランとしていますよね。
この酒類の提供禁止によって、お酒を造る「蔵元」も生産調整や出荷制限を強いられているということです。
「生産調整してますよ。3割ぐらいは減らしているんじゃないですか。当然酒蔵も売り上げが下がる。とにかく一番困ったなというのは、“ムード”ってあるじゃないですか。
例えば『十四代』(山形県・高木酒造)。彼(高木顕統社長)なんかはコロナだろうがなんだろうが関係ないわけですよ。もうお客さんもいっぱいいるんで、もっともっと(売ってほしい)と。だけどそういう自粛ムードだから、彼なんかも(生産量を)減らすんですよ。『こんなときに酒を造っているのは申し訳ない』って。『売れるお前たちの酒がないと余計に困るんだよ!』って言ってますけど、『いや~なんか自粛ムードなので』って。もう本当、最悪です。
3.11(東日本大震災)の時を思い出しましたよ。なんかね。飲んじゃいけないっていうムード。それをね、『飲んで!』って覆してくれたのが『南部美人』(岩手県)さん。……今回は無理だよね。ここで『飲んで!』って言ったら袋叩きにあうでしょうね」
日本酒好きの方はご存じでしょうが、今や幻の酒、入手困難な山形のお酒『十四代』。こんなご時世でも大変売れているお酒なんですが、全国的な自粛ムードに合わせて生産調整しているという。なんとも日本人らしい? 遠慮深いというか……これは少し驚きました。
米農家にも影響を及ぼしている「酒類の提供禁止」
一方、こうしたお酒の生産調整が、このようなところにも影響を及ぼしています。
「だから最終的にまずお米を作っている生産者は、もうにっちもさっちもいかなくなっています。酒造好適米っていうのをメインで僕らは使っているんですよ。よく言われる『山田錦』とか『雄町』とかね。(そうした)米を作っているところが一番(ダメージが)効いてるんじゃないですか。食べるためじゃなくて、お酒にするためのお米ですから。(食べるには)美味しくないから、飯米には回せないので。それが(酒造好適米の生産)、生産調整を造り酒屋さんがしていますから、がた減りで」
酒米は酒造用に品種改良されたお米なので、炊いても「ふっくら美味しいご飯」にはならないんですよね。余ったからと言って食用=飯米には転用できません。
今インタビューの中にも出てきた「山田錦」というお米。この山田錦の生産量が多い兵庫県の自治体では生産者への支援金を出しているようですが、こうした支援はごく一部です。
酒類の提供禁止が、こうした米農家にも影響を及ぼしています。
酒造メーカーも酒販店も、もう限界に近い
そこで、長谷川社長にはこんな質問もしてみました。お酒を飲食店に卸せない代わりに、「家のみ需要」で活気づくスーパーやコンビニなどに卸すことはできるのか?つまり納品先を切り替えることはできるのか聞きました。
「それは難しいでしょうね。普通の酒屋さんがスーパーやコンビニにお酒を卸すということはできないんです。卸免許というのはちょっと特殊で、まずもらえないんですよ。広げるわけにもいかない。それにやたらそんなに(卸免許を)増やしても、食い合いですから。割とこの業界、薄利ですから。そんな値段競争を起こしたら、みんな潰れていきますから、割と(卸免許は)増やさないですね」
スーパーなどにお酒を卸す、いわゆる「卸売免許」。これは国税庁が付与するものですが、そう簡単に免許をもらえるものではない。つまり納品先をスーパーやコンビニに切り替えるというのは、そう簡単な話ではないと。
このように飲食店に食材やお酒を納める「納品業者」への国の支援策は、一体どうなっているのかというと、国は今年1月の緊急事態宣言の際、納品業者のうち中小事業者へは、規模に関わらず最大で一律60万円の一時給付金を出しました。
ただ、飲食店への協力金のように、緊急事態宣言が延長されるたびに支払われるわけでもなく、「一日いくら」といった日数で算出される金額でもなく、あの1月~3月まで続いた緊急事態宣言の際に、たった1回支給されただけです。
こうした国や自治体の「納品業者」への支援策について長谷川社長は……
「飲食店さんはやり玉にあがって、話題にはなっているけど。僕らのこと、僕らの後ろにいる蔵元、コメの生産者とかを、全然考えてくれてないですよね。心配もしてくれていないし。ワクチンが本当に有効で効いてくれれば、来年ムードが変わるかもしれないけど、もしこんなのあと1年2年続いたら、だいぶ廃業しますよ。メーカーも、我々酒販店も。もう限界に近いですよね」
確かに、酒販店など納品業者への支援策は非常に手薄です。
中小企業を「下支えする」という小池都知事だが
東京都は今回、売り上げが減少した中小企業向けに「月次支援給付金」というのを補正予算案に202億、予算計上しています。売り上げが50%以上減少した酒販業者へは、国と都独自の支援金合わせて1か月40万円、4月~6月分として合計120万円を支給することにしています。
先日記者会見した東京都の小池知事です。
「6月の売り上げが減少した都内の中小企業者などに対しまして、国の月次支援金に、都が上乗せをして支給をいたします。こうした取り組みを通じまして、緊急事態措置等の影響を受けられました中小企業者の皆様方の経営を着実に下支えをしてまいります」
「下支えする」という言葉、掛け声倒れにならないでほしいです。
「獺祭」の旭酒造が日経新聞に意見広告を掲載
今回、はせがわ酒店の長谷川社長にインタビューした日が先月5月24日でしたが、ちょうどその同じ日の日本経済新聞に、あの山口県の有名なお酒「獺祭」を生産する旭酒造が、『私たちは、日本の飲食店の「いのち」と共にあります』という大見出しを付けた意見広告を出していました。一面すべてを使ってぎっしりと文章が書かれているのですが、そこには「公表されている資料から」として兵庫県の感染経路で飲食店は最下位のわずか2.9%という調査結果が引用されていました。
それについて意見広告では『にもかかわらず、飲食店にはコロナウイルス感染防止策として極めて厳しい営業時間制限などが掛けられています。しかし、制限を課している職員の人たちそのものが、深夜遅くまでの会食を続けていたことが、誰もこの制限の実効性を信じていない証左です』と書かれています。
例の厚生労働省の職員が大人数で宴会していた、あれですよね。
こうした「納得できないこと、釈然としないこと」に、いつまでも従わなければいけない。
まじめにやっていても、ゴールポストが簡単に変えられてしまう。こうした徒労感が、日本全体を覆っていることを、国や自治体のリーダーには心からわかってほしいと思います。
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