黒木瞳がパーソナリティを務めるニッポン放送「あさナビ」(10月5日放送)に俳優の村井良大が出演。俳優になった経緯について語った。
黒木瞳が、さまざまなジャンルの“プロフェッショナル”に朝の活力になる話を訊く「あさナビ」。10月4日(月)~10月8日(金)のゲストは俳優の村井良大が出演。2日目は、俳優になった経緯について---
黒木)そもそも、俳優になろうと思ったのは何歳くらいだったのですか?
村井)18歳くらいです。高校3年生くらいのときに、ふと、下校途中の門をくぐったときに、「あ、俳優って楽しそうだな」と思ったのですよ。
黒木)そのきっかけは?
村井)高校のときに、進路の話をするではないですか。「大学、専門学校、働く」など、いろいろ道がありましたが、どれも、「なんだか違うな」とぼんやり思っていました。それまで、特に人よりドラマを観たり、お芝居を観ていたというわけではないのですが、ふと、降りて来たのですね。「お芝居って楽しそうだな」と。
黒木)どうされたのですか?
村井)当時、オーディション用紙がある雑誌があったのですが、自分で書いて、いろいろな事務所に送りました。そこで1次審査通ったところに面接に行って、面接をして、「合格です。うちの事務所に入ってください」ということで始まりましたね。
黒木)そんなにすんなりと?
村井)そうですね。すんなりといえばすんなりでした。
黒木)それは必然だったのですね。
村井)そんなに素敵な言葉ではないかも知れませんが。まったく知らない世界だったので、「このようにして会社に入るのだ」と思いました。「企業に勤める」というような感覚ではなく、「一緒にやろうか」というような雰囲気だったので、「こういう世界なのかな」というのは漠然と思っていました。
黒木)最初のお仕事は何だったのですか?
村井)『荒くれKNIGHT』という漫画原作の映画で、朝4時に起きて、1時間半くらい電車に乗って「木更津集合」というのが最初の仕事でした。
黒木)いきなりカメラの前に立ってお芝居したわけですか?
村井)そうなのですよ。「こういうものなのだな」と思って。
黒木)すごい度胸ですね。
村井)そのときは、何が起きるかも予想できないではないですか。「こういうものなのだ」と思いながらやっていました。
黒木)1つ1つ経験を積みながら勉強して行ったというような感じですよね。そこから踊りや歌を勉強して行かれたのですか?
村井)踊りは高校時代にダンス部に入っておりまして。そういう感じで。
黒木)やっていたのですね。
村井)そうですね。かじる程度なのですけれども。
黒木)歌は?
村井)歌はやっていませんでした。
黒木)でも、ミュージカルをやられる回数は多いではないですか。
村井)はい、ありがたいことに。
黒木)日々のレッスンは、どうなさっているのですか?
村井)音楽と触れて来なかった人生ですので、いろいろな音楽を聴いたり、ボイストレーナーの方からご指導をいただいたりしています。いろいろなミュージカル作品を観させていただくこともあるのですけれども、歌がうまければいいわけではなく、お芝居が根底にあって出て来るものだと思います。
黒木)そうですね。今回の『甘くない話』は歌と踊りもありますが、「お芝居のなかに溶け込むような歌や踊りになったらいいな」と思っています。
村井良大(むらい・りょうた)/ 俳優
■1988年6月29日生まれ。東京都出身。
■2006年、舞台『赤毛のアン』で俳優デビュー。
■2007年、テレビドラマ『風魔の小次郎』でテレビドラマ初出演・初主演。2008年、ドラマの舞台化作品『風魔の小次郎』で、舞台初主演。以降、数々の舞台・ドラマ・映画に出演。
■2021年11月3日からは、黒木瞳さん企画・演出の舞台、『甘くない話~ノン・ドサージュ~』に主演する。
番組情報
毎朝、さまざまなジャンルのプロフェッショナルをお迎えして、朝の活力になるお話をうかがっていく「あさナビ」。ナビゲーター:黒木瞳