ロコ・ソラーレ 吉田知那美はなぜ氷上で笑顔を見せるのか ~カーリング日本最高「銀」獲得

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話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、2月20日、北京五輪で銀メダルを獲得したカーリング女子日本代表、ロコ・ソラーレにまつわるエピソードを紹介する。

ロコ・ソラーレ 吉田知那美はなぜ氷上で笑顔を見せるのか ~カーリング日本最高「銀」獲得

北京五輪2022 カーリング女子 ロコ・ソラーレは銀メダル 平昌銅に続き2大会連続メダル獲得=2022年2月20日 写真提供:産経新聞社

連日、日本人選手の活躍に沸いた北京五輪。なかでも、最後の最後まで日本を沸かせてくれたのは、閉会式の日(2月20日)にカーリング女子決勝戦に出場した日本代表、ロコ・ソラーレの奮闘ぶりです。イギリスとの決勝には敗れてしまったものの、日本カーリング界初の銀メダルという快挙は誇るべき結果です。

もちろん、スキップの藤沢五月が「こんな悔しい表彰式ってあるんだ」と口にしたように、金メダルを逃した悔しさもあったでしょう。しかし、彼女たちが表彰式で見せてくれたのは「トレードマーク」とも言えるいつもの笑顔でした。SNSには「彼女たちの笑顔に勇気をもらった」というコメントが溢れました。

しかも、金メダルを獲得したイギリスのスキップ、イブ・ミュアヘッドは、日本チームについて、試合後の会見でこう語っています。

『大好きです。一緒に戦っていて楽しいです、本当に。笑ったり、カーリングにとって大事なことです』

~『日刊スポーツ』2022年2月20日配信記事 より

五輪の舞台で、対戦相手に「大好き」と言わせたチームが、かつてあったでしょうか?

もちろん、何度もダブルテイクアウトを見せた芸術的なコントールや、海外勢にも負けない力強いスイープもメダルを獲得できた大きな要因です。ただ、ロコ・ソラーレを見ていて、技術面以上に印象的だったのは、彼女たちの「笑顔」、さらに言えば「笑い」に満ちたプレーと受け答えです。

実は北京五輪開幕前、そんな「笑顔」が彼女たちのカギになると指摘していた人物がいます。ロコ・ソラーレを立ち上げ、2018年平昌五輪ではリザーブとして銅メダル獲得に尽力した、本橋麻里・代表理事です。

『笑顔だけで勝てるオリンピックではないというのは確かにあるけど、トップ10が集まってスキルも拮抗(きっこう)している。最終的には、すべての緊張を楽しめるか、箍(たが)を外せるかが勝負になってくるのかな。本当にみんなが笑顔でやってくれることが、最高のパフォーマンスを発揮できるきっかけかなと思う』

~『日刊スポーツ』2022年2月2日配信記事 より

ロコ・ソラーレの選手たちは昨年(2021年)12月、オランダで開催された北京五輪最終予選プレーオフで韓国に勝利し、五輪への切符を獲得。その後は帰国せず、カナダに渡り調整。そのまま中国入りと、長期の遠征が続いていました。

精神力がモノを言う競技において、家にも帰れない過酷な状況は、相当堪えるものがあったはず。そんな彼女たちに「元オリンピアン」であり、チームの代表理事として本橋さんが差し入れしたものが、実にロコ・ソラーレ的なものでした。

『みんな気を張っているというのは聞いている。私はそういうところをほぐす電話をしている。私から差し入れているのはコンタクトレンズと笑いぐらい』

~『日刊スポーツ』2022年2月2日配信記事 より

やはりここでも、「笑い」が重要な要素になっていたのです。

そんな「笑い」への意識について、誰よりも徹底しているのがサードの吉田知那美。プレー中、誰よりも「ナイスぅー!」の掛け声を発し、チームを盛り立てる彼女の座右の銘は、「笑うということは、諦めないという決意」と、まさに「笑い」に通じるもの。そして、笑いから生まれる「諦めない決意」は、ポジティブな要素となってチームを支えていました。

『特にちな(吉田知那美)が、私にポジティブな言葉をかけてくれた。落ち込みそうになった時もチーム全員で乗り越えて、最後まで勝ちを信じて、勝てたのが良かった』

~『読売新聞オンライン』2022年2月17日配信記事 より(藤沢五月の言葉)

今回、印象的だったのは、予選最終ゲームのスイス戦(17日)。準決勝進出が懸かったこの試合で、藤沢は大事な場面でらしくないショットを重ね、スイスにリードを許してしまいます。次第にこわばる藤沢の顔。

第7エンド、反撃のためにも得点を決めたい場面で、藤沢は2点ショットを決め、ようやく笑顔が戻りました。その表情を見た吉田知那美は、声を上げて大爆笑。メンバー全員が笑顔になり、観ているこちらまで明るい気持ちになりました。

結果的にこの試合は敗れましたが、日本は準決勝に進出。翌18日のスイスとの再戦で、苦杯をなめた相手を撃破できたのは、この「笑顔力」が大きかったように思います。

さらに、試合後のインタビューでも、吉田知那美は笑いを振りまいてくれました。勝った瞬間の感想を聞かれ「何も言えねぇ、です」と、2008年夏の北京五輪で競泳・北島康介が2大会連続金メダルを獲得したときの言葉を引用して報道陣を笑わせ、さらにこう付け加えて、チームメイトの笑いも誘ったのです。

『琴美ちゃんを手ぶらで帰らせるわけにはいかない』

~『スポニチアネックス』2022年2月20日配信記事 より

「琴美ちゃん」とは、リザーブメンバーで、戦略面など陰で活躍。冬季五輪の日本勢最年長メダリストとなった石崎琴美(43)のことです。このコメントはご存知の通り、2012年ロンドン五輪で、松田丈志が語った「康介さんを手ぶらで帰らせるわけにはいかない」のオマージュ。個人種目でメダルを逃した北島のために、リレーメンバーは奮起。みごとメダルを獲得しました。

「ちなみ」に……今回の北京五輪カーリング会場になった「国家水泳センター」は、2008年・北京夏季五輪の競泳会場であり、北島が「何も言えねぇ」と言った場所でもあります。それもふまえ、競泳の名言を引用した吉田知那美のセンスには脱帽する他ありません。

そんな吉田知那美が以前、カーリングとはどんな競技か、と質問された際に答えたのは「置きたいところに置けない将棋」。この表現もまた言い得て妙。彼女の「言語化能力」には唸らされるばかりです。この「将棋」と「笑い」で思い出すのは、元名人でもある、故・米長邦雄氏の名言です。

『この世の中には勝利の女神がいて、女神に好かれた人間が勝つんです。その女神が好きなことは《謙虚さと笑い》です』

~田丸昇著『名人を獲る:評伝 米長邦雄』(国書刊行会)より

まさに「謙虚さと笑い」で、勝利の女神を振り向かせてつかんだ銀メダル。ロコ・ソラーレの笑顔は、スポーツの在り方にも一石を投じた気がします。最後に、吉田知那美はなぜ氷上で笑顔を見せるのか、決勝後の本人のコメントを引用しておきます。

『勝つために、強くなるためにいろんな努力してきてますが、なんでカーリングをやっているのか、この競技が好きで、このチームが好きというのは忘れちゃいけない。氷の上で楽しむというのを忘れちゃいけないと思いました。苦しい舞台をつらそうな顔で、できるのはできる。でも、楽しむのは覚悟いる。それだけは大切にしていきたい』

~『日刊スポーツ』2022年2月20日配信記事 より

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