ライダー養成所をつくる理由  車いすレーサー・青木拓磨 

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黒木瞳がパーソナリティを務めるニッポン放送「あさナビ」にプロレーサーの青木拓磨が出演。今春に開設されるライダー養成所について語った。

黒木瞳が、さまざまなジャンルの“プロフェッショナル”に朝の活力になる話を訊く「あさナビ」。2月7日(月)~2月11日(金)のゲストはプロレーサーの青木拓磨。4日目は、熊本に開設するライダー養成所について---

黒木)青木さんが熊本にライダー養成所を開設なさるということですが。

青木)今年の春に向けて動いております。

黒木)世界有数の二輪車メーカー「Honda」の生産拠点である熊本の阿蘇に開設されるのですね。

青木)はい。熊本県ですね。

黒木)そこで世界に通じるライダーを育てて、青少年の交通安全教育にもつなげたいという思いでつくられるという。九州では初めてということですね。

青木)九州地方ではなかったですね。関東と関西にはあるのですが、九州には、レーシングスクールやアカデミーがありません。

黒木)そうなのですね。

青木)熊本という場所は空気がよくて、そしてバイクに乗る環境が整っているのです。阿蘇山もありますし、「ミルクロード」という道もありますし、大観峰からは南阿蘇を一望できるのです。そういった素晴らしい「ワインディングロード」と言いましょうか。バイクに乗ってツーリングをしているライダーにとっても1度は訪れたい聖地ですね。

黒木)熊本の阿蘇は。

青木)週末になると、阿蘇山の外輪山沿いにある道に多くのライダーたちが集まってツーリングをされています。それから本田技研工業さんの大きな製作所が大洲町というところにありまして、そこからホンダの二輪が生まれて来るのです。ホンダのお膝元である熊本県で、九州地方のライダーや、これからレーサーになりたいと思っている人に対して、ライダー塾を今年から立ち上げます。

黒木)熊本から次世代のライダーを羽ばたかせるという1つの夢を、また追いかけてもいらっしゃるということですね。

青木拓磨が合流「SRT41チーム」~ATHLETEBANKのプレスリリース(2021.08.04) より

青木拓磨が合流「SRT41チーム」~ATHLETEBANKのプレスリリース(2021.08.04) より

青木)よいライダーを育てるには、環境が必要なのです。走る環境をつくってあげれば、バイクは人を育てると思うのです。

黒木)バイクは人を育てる。

青木)子どものときに小さいバイクの扱いを知ることによって、「あ、バイクってスピード出して、自分が運転できなくなると危ないんだな」「転ぶんだな」ということを、砂や泥や芝生の上でやってもらうことが重要なのです。

黒木)なるほど。

青木)大人になればなるほど、転ぶことができなくなるので、子どものときにそういう体験をしておくことによって、「バイクや車は自分のコントロール下でなければ危ないんだな」ということに気付き、彼らが16歳や18歳になり、二輪や四輪の免許を取れる歳になったときに役立つと思います。

黒木)免許証を取れる歳になったときに。

青木)それまでは、お父さんとお母さんの横しか乗ったことがなかったのに、教習所に行って1ヵ月乗って、「はい。では、すぐ出ていいよ」と言われたら、よくわからない状態で車に乗ったり、バイクに乗ったりすることになってしまいます。

黒木)そうですよね。

青木)小さいときに転んだり、「ヘルメットを被るとこんなに視野が狭くなるんだ」ということを知っていることによって、彼らが免許を取ったときに、「しっかり注意しよう」と思ってもらえるのだと思います。

黒木)知っていれば。

青木)レーサーをやっていましたけれど、ほとんど公道では乗っていないのですよ。

黒木)そうなのですか?

青木)サーキットの方が安全すぎて。一方通行だし、トラックは逆走して来ないし。ボールは飛び出して来ないし。「サーキットって危ないな」と思う方が多いのですけれど、そんなことはなく、完璧に揃っているのです。転んだらすぐに誰かが迎えに来てくれて助けてくれますし。

黒木)なるほど! ただライダーを育成するだけではなくて、交通安全の教育にもつながるようにということで、熊本県内に養成所がこの春に開設されるそうです。ぜひご興味のある方は行ってみてください。

青木拓磨 ~ATHLETEBANKのプレスリリース(2021.08.04) より

青木拓磨 ~ATHLETEBANKのプレスリリース(2021.08.04) より

青木拓磨(あおき・たくま)/ プロレーサー

■1974年生まれ。群馬県出身

■8歳の時に初めてポケバイに乗り、1990年にロードレースデビュー。群馬の「青木3兄弟」として全国的に知られていた存在。青木さんは次男。
■1995年・1996年、全日本選手権スーパーバイククラスチャンピオン2連覇を獲得。1996年は世界選手権スーパーバイククラスでも優勝。
■1997年には世界最高峰のロードレース世界選手権500ccに参戦、世界ランキング5位を獲得するも、翌年の1998年、開幕前のテスト中に転倒。このちきに脊髄を損傷し、下半身不随の後遺症を負い、以来 車イスでの生活に。
■その後、HRCチームの助監督に就任し、鈴鹿8時間耐久を3連覇させ、レンタルバイクによる耐久レース「Let’s レン耐!」を主宰するなどバイク業界に貢献。
■2007年にレースに復帰。四輪レースに転向。「ダカール・ラリー」などさまざまな四輪レースに健常者と同じ舞台の上で参戦。去年8月には 世界的なレース「ル・マン24時間」にも参戦した。
■またハンドシフトのバイクでサーキットを走行するなど2輪での活躍も注目される。
■今年4月には熊本県にライダー養成所を開設する予定。

番組情報

ENEOSプレゼンツ あさナビ

毎週月曜〜金曜 6:43 - 6:49

番組HP

毎朝、さまざまなジャンルのプロフェッショナルをお迎えして、朝の活力になるお話をうかがっていく「あさナビ」。ナビゲーター:黒木瞳

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