「地位協定にメスを入れない限り基地被害は抑えられない」 自民党元沖縄県議が語る沖縄本土復帰50年

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自由民主党元沖縄県議会議員・具志孝助氏が5月16日、ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」に出演。沖縄の本土復帰50年について語った。

「地位協定にメスを入れない限り基地被害は抑えられない」 自民党元沖縄県議が語る沖縄本土復帰50年

キャンプ・シュワブ手前のフェンスには辺野古移設反対派の幕が並ぶ=2018年2月5日、沖縄県名護市辺野古 写真提供:産経新聞社

沖縄本土復帰50年、政府と沖縄県が記念式典を開催

5月15日、沖縄が本土に復帰してから50年を迎えた。沖縄と東京では、政府と沖縄県が合同で記念式典を開催。式典には天皇皇后両陛下がオンラインで出席され、沖縄会場には岸田文雄総理大臣や玉城デニー沖縄県知事などが出席した。

「堂々と自立できる沖縄県をつくらなくてはならない」ということが夢だった ~未だに至っていない

飯田)具志さんは50年前の沖縄復帰記念式典で、青年代表としてスピーチもされていますが、本土復帰当時はどのようなことを思われましたか?

具志)27年間も分断されたなかで、本土と沖縄との間に格差が出たのです。学生時代も「沖縄はどんな生活をしているのか」と言われました。「日本語は普通に通じるのですか?」と言われることもありました。みんながそうだとは言わないけれども、そういう人もいるような時代でした。

飯田)復帰当時は。

具志)当時、私が訴えたかったのは、沖縄県を理解してもらいたいということと、いつまでも同情されるような沖縄県民であってはならないということです。当時の政治家が言っていたのは、「本土政府からたくさんの補助金を引っ張ってくる」ということでした。それが自分たちの仕事だと、それが力のある政治家だと、いまでもそういう感覚はあるのだと思います。公共工事を引っ張ってくるという意識はあると思うのです。

飯田)いまでも。

具志)それが決して悪いことだとは言わないけれども、長年虐げられた生活を送っている者にとっては、劣等意識につながるような、同情されているような感じでした。特に若い青年にとっては嫌だったのです。だから1日でも早く自立して、みんなの負担になるような沖縄県であってはならないと、堂々と自立できる沖縄県をつくらなくてはならないということが夢でした。ところが、まだこんな状況です。特別措置法が沖縄県にはまだまだ必要だということで、第6次の沖縄振興施策もスタートするわけでしょう。

飯田)今年(2022年)の予定ですね。

具志)私も政治の場にいた1人として、我々の努力はまだ足りないと反省するところです。

合意しながら26年経ってまだ解決しない普天間基地移設問題

具志)いちばんのテーマは米軍基地の問題です。負担が大きすぎる、そして危険である。特に普天間飛行場は規模的にも広大で、しかも都市のど真ん中にあります。「一刻も早く」というのは当然の話です。

飯田)そうですね。

具志)SACO合意として、1996年に日米間で合意になったのです。当時の橋本総理と、沖縄は大田知事だった時代です。大田さんもよかったと言って、移設条件付きということでしたが、これを歓迎したのです。

飯田)SACO合意で。

具志)どこに移設するかということで、いろいろと議論があり、最終的に名護市に決まりました。いわゆる内陸部ではなく、万が一のことがあったら海に逃げられるようにと、海側の方になりました。そして空港は、離着陸で民間上空を通らないようにと、V字の滑走路2本をつくる。このような詰めを県も含めて合意しながら26年経ち、まだ解決していないのです。26年前と同じ議論をやっているのです。「条件付き反対だ」といまごろ言っている。

飯田)26年経って。

具志)まさにこれは政治です。私は、その場にいながら解決できなかったということが大変残念です。長い米軍の異民族支配が27年、そして返還合意から26年です。同じ期間です。「危険な基地を返す」と言っておきながら、返すと決まっているにも関わらず、返すための代替施設の建設が始まっているのに、まだ反対だという闘争で前に一歩も進みきれない。「なぜですか」と言いたいです。私も含めてです。政治の場にいた私が、それをできなかったということは、大変残念で申し訳ないと思っています。

「地位協定にメスを入れない限り基地被害は抑えられない」 自民党元沖縄県議が語る沖縄本土復帰50年

2022年5月15日、計画書を受け取る岸田総理~出典:首相官邸ホームページ(https://www.kantei.go.jp/jp/101_kishida/actions/202205/15shisatsu.html)

地位協定は改定すべき ~ここにメスを入れない限り基地被害は抑えられない

具志)もう1つ大きいのが地位協定です。特に、裁判権や捜査権、治外法権が認められているということは、沖縄県民にとって大変厳しい。裁判権の問題、警察の捜査権の問題は改定すべきだと思います。

飯田)ようやく公務内の部分はこちらでできるようになったというところですものね。

具志)沖縄県民としては、ここにメスを入れない限り、抜本的な基地被害、事件・事故を抑えることは難しいのではないかと思います。

普天間基地の移転を進めるためには、日米地位協定の見直しも同時に進める必要がある ~県民感情としてスムーズな移設を受け入れられない

飯田)須田さんはどうご覧になりますか?

ジャーナリスト・須田慎一郎)具志さんの話を聞いていて、論点がクリアになってきたのではないかなと思いました。普天間基地の辺野古への移設の問題と、日米地位協定について思うのですが、日米地位協定と言うと、かなり政治的な色彩を帯びてきてしまうのだけれども、まったく違う次元に存在するものではありません。2つの問題は表裏一体、コインの裏表の関係にあるのではないかと思います。

飯田)コインの裏表。

須田)普天間の返還が決まっているのだからと、移設を進めていくためには、合わせて、ある種の治外法権である日米地位協定の見直しを進めていかないと、県民感情としてスムーズな移設が受け入れられないのではないかと思います。ただ単純に基地を移設するだけでは、あるいはそれを動かすだけでは着地しないのではないかと、いまのインタビューを聞いて受け止めました。

「沖縄をどのような展開にするか」という中央政府によるグランドデザインが求められる

飯田)県政をやってきた具志さんが、いつまでも同情されるような沖縄県民であってはならないと、それを50年前に既にスピーチで話された。その後の補助金や経済等々まで含めて、1日も早く自立しなくてはいけないということをおっしゃっていました。そのための経済をつくるというのも大事なことですよね。

須田)その志は本当に立派です。とは言え、27年間も米軍統治下に置かれていたなかで、アメリカは何もやらなかったのですから、劣悪ですよね。その点で言うと、インフラ整備を沖縄県民の方々が受けるというのは、当然の権利としてあると思います。その次にどのような展開に持っていくのかというグランドデザインが、中央政府になかったということが残念ですね。

飯田)次の50年は、そのグランドデザインをどうするかということが求められるようになるのですね。

須田)そうですね。

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