明海大学教授で日本国際問題研究所主任研究員の小谷哲男が6月29日、ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」に出演。トルコが容認したフィンランドとスウェーデンのNATO加盟について解説した。
北欧2ヵ国のNATO加盟をトルコが容認
北大西洋条約機構(NATO)の首脳会議が、日本時間6月29日午後からスペインの首都マドリードで開かれる。会議には日本の岸田総理も初めて参加する。これに先立ち、北欧のフィンランド、スウェーデンの2ヵ国のNATO加盟に反対していたトルコの首脳が28日にマドリードで会談し、トルコが加盟を支持することで合意した。
飯田)フィンランドのニーニスト大統領、スウェーデンのアンデション首相、トルコのエルドアン大統領、NATOのストルテンベルグ事務総長が会談したということです。巨頭が揃った感じがありますが、トルコがいままで反対していたものを容認しました。背景には何らかの取引があったと考えられますか?
スウェーデン、フィンランドのクルド人への支援について、3ヵ国で何からの合意が
小谷)トルコがスウェーデンとフィンランドのNATO加盟に反対していたのは、条件闘争と見られていました。両国がクルド人への支援を行っているということで、それをやめさせるというのがトルコの求めていたことです。この点に関して、3ヵ国で何らかの合意に達した。だからこそトルコが反対を取り下げたということだと思います。
飯田)国家を持たない最大の民族とも呼ばれるクルドの方々ですが、トルコ国内ではテロリスト指定をされていて、クルド人武装勢力との争いが続いています。エルドアン氏にとって、北欧の存在はある意味で目障りだったわけですか?
小谷)特にスウェーデンにはクルド人の移民がたくさんいて、スウェーデンの国会にもクルド人系の議員がいます。スウェーデンやフィンランドは、シリアでもトルコがクルド人に対して攻撃を仕掛けているので、それを理由にトルコに対する武器の禁輸措置も取っていました。これを解除させるという狙いもあったと思います。
トルコ国内を安定させるためのアピールか ~北欧2ヵ国からクルド人の問題で譲歩を勝ち取った
飯田)大統領府高官も「トルコは要求を勝ち得た」と言っているので、今後、取引の内容等々も出てくるかと思います。人道的に考えると、北欧2ヵ国としては苦渋の決断ということになりますか?
小谷)ただ、北欧2ヵ国としても、あくまで「国内的にできる範囲で」ということだと思います。どちらかと言えば、トルコとしても象徴的に「北欧2ヵ国からクルド人の問題で譲歩を勝ち取った」ということを、まずはトルコ国内に見せたいのではないかと思います。
飯田)国内向けのアピール。
小谷)そうだと思います。
飯田)トルコ国内も通貨が暴落したり、経済的には変調を来している部分はあるようですね。
小谷)そのなかで政権がクルド人の問題で譲歩を勝ち取ったというのは、政権を安定させる上で使える要素なのだと思います。
ウクライナ情勢により「中立が必ずしも安全につながらない」と考え方を変えたフィンランドとスウェーデン
飯田)もともとNATOには入っていなかった北欧2ヵ国ですけれども、ウクライナ情勢で地域の安全保障環境が相当変わっていますね。
小谷)フィンランドやスウェーデンの人たちは、「中立を維持することが自分たちの安全につながる」と長年考えてきたわけです。しかし、ウクライナ情勢を見て、「中立は必ずしも安全につながらない」と大きく考えが変わったということです。そこから数ヵ月でNATO加盟という流れになった。これはヨーロッパの情勢にとって、相当な驚きだろうと思います。
飯田)北欧の国々、デンマーク、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド。NATOに加盟しているノルウェーという国があり、一方でロシアに近い方はNATOには加盟しないけれども、EUには加盟している。また、フィンランドのようにユーロも使うなど、それぞれの国が役割分担のようにグラデーションで分かれていた。それが弱さに見えてしまうのではないかと、危機感を覚えたわけですか?
小谷)そうだと思います。NATOとフィンランド、スウェーデンは、これまでも安全保障上の協力はしてきたのですが、「1つの国に対する攻撃をすべての国に対する攻撃とみなす」というNATO条約の第5条がある。集団安全保障の枠組みに入らない限り国家の安全は守れないと、フィンランドとスウェーデンは考えたのです。これはプーチン大統領も想定していなかったことではないかと思います。
フィンランドとスウェーデンの動きには反発するが、ウクライナ情勢もあり、軍事的な圧力はかけられないロシア
飯田)プーチン氏としては、ある程度の誤算が続いていますか?
小谷)ウクライナでの軍事作戦、キーウを数日で陥落させるというところも失敗であり、誤算だったと言えますが、フィンランドとスウェーデンの動きはおそらく想定できていなかったことだと思います。ロシアとしても当然、反発はすると思いますが、ウクライナでの作戦が続いている間にフィンランドやスウェーデンに対して強い軍事的な圧力をかけるというのも事実上、困難です。
飯田)ロシアとしても、ここでウクライナとフィンランドとスウェーデンを相手に、二正面、三正面にするわけにはいかないというところですか?
ロシアが核兵器をちらつかせる可能性も
小谷)ただ、怖いのは、ロシアは核兵器というオプションを持っていますので、それをどこかの段階でちらつかせてくる可能性はあります。
飯田)ベラルーシに核を搭載できるミサイルを運び込んだという話もありますし、飛び地のカリーニングラードに導入したという話もあります。この辺りが具体的な脅威になってきますか?
小谷)カリーニングラード、あるいはベラルーシに供与するミサイルは、核を搭載できますが、核弾頭自体はまだ本国に置いてあるはずです。その弾頭をミサイルに近いところに移すだけでも、危機の段階が1つ大きく上がりますので、今後、そういう動きを見せるのかどうかを注視していく必要があります。
飯田)エスカレーションの階段を明確に見せて、「登るぞ!」と言っている状態。
小谷)まだ登り切ってはいませんが、見せている段階ですね。
日米同盟だけではなく、いろいろな国と安全保障の協力関係を深めることで日本の安全を守る
飯田)よく日本国内で「北欧を見習え」と、いろいろな分野で言われます。特に中立でいることによって平和が維持されるのだと言われていましたが、ポスト冷戦のモデルのようなものが、今回の戦争で崩壊してしまっている部分がありますか?
小谷)フィンランドやスウェーデンは中立を維持してきましたけれども、一方で軍事力については、自分たちの身を守れるものを整備してきました。それが日本人の持つ中立のイメージと少し違うところですが、今回は集団安全保障への加盟が必要だという判断に至ったわけです。
飯田)NATO加盟という。
小谷)日本もアメリカと同盟関係を結んでいますが、それ以外にも、いろいろな国と安全保障の協力関係を深めることで、日本の安全や地域の安全も守れる。それを多くの日本人の人たちも、今回のウクライナ戦争を見て感じているのではないかと思います。
アジア版NATOをつくることは難しい ~「台湾有事の際どうするか」ということは共通の課題
飯田)NATO首脳会議に今回、日本だけではなく、韓国、オーストラリア、ニュージーランドもオブザーバー的に参加することになっています。アジアでNATOのような集団安全保障の体制はあり得るものですか?
小谷)NATOに近いような集団安全保障の枠組みを、アジアでつくるというのは相当難しいと思います。各国の政治体制がかなり違いますし、文化も違います。そういう意味で、NATOのようなものをつくるのは難しいと思います。
飯田)難しい。
小谷)ただ、特定の分野に限って、多国間での協力を進めるということは十分考えられます。今回、NATO首脳会議にオーストラリア、ニュージーランド、韓国も参加していますが、台湾海峡で問題が起こったときに、アジア諸国がどういう動きをするのかということは、共通の課題になってきていると思います。その辺りを話し合う機会にはなると思います。
課題ごとに枠組みを切り替えていくのがアジアには適している
飯田)「AUKUS(オーカス)」や「クアッド」という枠組みがありますが、課題ごとに「どこが核になって行うか」という枠組みを積み重ねるということですか?
小谷)課題を解決する枠組みをいくつもアジアでつくっていくというのが、今後の流れではないかと思います。NATOのような「何でもやる」という組織ではなく、課題に合わせてアドホックに枠組みを切り替えていくというのが、アジアには適しているのではないかと思いますし、そういう方向に動き出しているようにも見えます。
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