安倍元総理が対中政策に駆使した「アメとムチ」
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青山学院大学客員教授でジャーナリストの峯村健司が7月25日、ニッポン放送「新行市佳のOK!Cozy up!」に出演。安倍晋三元内閣総理大臣が行った対中外交について解説した。
安倍晋三元内閣総理大臣、中国を翻弄した秘策
安倍晋三元内閣総理大臣が奈良市で街頭演説中に銃撃を受け暗殺された事件から2週間あまりが経った。今回は、安倍元総理に外交安全保障について定期的にレクチャーしてきた峯村健司氏が、安倍元総理の対中外交について語る。
新行)峯村さんにこの番組へご出演いただくのは、安倍元総理が暗殺されてから初めてになります。
峯村)前回の出演が暗殺された日でした。改めてご冥福をお祈りいたします。
安倍元総理の葬儀も終わらないのに死者を冒涜するような言説が流れる
新行)そうですね、7月8日のご出演でした。峯村さんは2022年7月24日付の東洋経済オンラインに、「中国が最も恐れた政治家」として安倍元総理の対中外交について寄稿されています。
峯村)安倍元総理とは個人的なお付き合いを長くさせていただいたし、もともとこの記事を書くつもりはありませんでした。私からいろいろ中国をはじめとする国際関係についてお話をさせていただいたこともあり、取材という立場ではなく、個人的なお話だったからです。
旧統一教会問題は容疑者の言っている動機であり、直接は関係ない ~国葬議論になることは違うのではないか
峯村)ところが、安倍氏が亡くなられたあとの世論の反応を見て、あまりにもショックを受けました。初七日どころかご葬儀もまだ終わっていないのに、死者を冒涜するような言説があった。誰しも功罪は当然あるし、批判されるべきこともたくさんあるでしょう。しかし、葬儀も待たずして、亡くなったことを揶揄したり、喜んだりすることはいかなる人にもすべきではありません。それが最近では、旧統一教会問題一色になっている。
新行)そうですね。
峯村)もちろん、旧統一教会は重要なファクターだと思いますが、直接は関係ありません。あくまで容疑者が言っている動機なのです。しかし、そちらにばかり関心が向かってしまい、「日本の憲政史上最も長く首相を務めた安倍晋三氏は何をやった人なのか」という検証がまったく行われないまま、感情論だけが前面に出てきた。さらには国葬議論になって、「反対だ、賛成だ」と完全に世論が分かれてしまっています。
最もショックを受けた朝日新聞の川柳問題
峯村)その中で私がいちばんショックを受けたのは、朝日新聞の川柳問題です。これを見たときに、激怒しました。川柳はもちろん社会を風刺する大事なものであり、川柳自体を否定はしません。
新行)川柳自体は。
峯村)川柳の中身というよりは、選んだ順番や載せ方などです。例えば「忖度はどこまで続く あの世まで」などという句はいま載せるものなのか。さらには「動機聞きゃ テロじゃなかったらしいです」というのは、もはや川柳の体をなしていません。
このような川柳を掲載することは新聞社の見識が問われる
峯村)いろいろな句があるのは当然のことです。問題は、このようなものを載せてしまう新聞社の見識だと思います。(朝日新聞は)私がいた組織です。未だに私の同僚や後輩がいるので、私は辞めたあとは組織の批判をしてこなかったし、言いたくはないのです。
新行)いらっしゃったところです。
峯村)しかし、この川柳問題は我慢の限界を超えました。さらに信じられないことに、SNS上ではいろいろな印象操作が行われていました。私はツイッター上で、7月15日付の6句すべてについて「絶句です」と書き込みました。するとしばらくして「記者のはしくれ」を名乗る会社関係者とみられる人物が、「幹事長代行」という匿名アカウントで、私のツイッターで絡んできました
訂正を掲載した朝日新聞 ~選者が名前を間違えることはない
峯村)「幹事長代行」氏は、1句目の『還らない命・幸せ無限大」という句について、「これは東電訴訟のことを言っているのです」と書き込んできました。「峯村さんが誤解をしているようだから」とも言っていました。そもそも私は1句目のことに言及していないにも関わらず、です。あからさまな印象操作です。しかも、この句が東電訴訟のことだとしても、何を言いたいのか趣旨を理解しがたいと言わざるをえません。
新行)東電訴訟のことだとしても。
峯村)さらに同じく安倍氏の死去について掲載した翌7月16日の川柳に関しては訂正を出しているのです。「2句目の作者を間違えていました」と。そのようなことがあり得るのかという話です。朝日新聞の校閲もチェックしているのです。そもそも、たかだか6句しかないものについて、選者が名前を間違えることはあり得ないことです。
批判があるのであれば、社説で会社として書くべき
峯村)こうなってくると、一部のツイッター上の書き込みにあったように、「本当に作者は実在する人物なのか」という疑問すら出てくる。これは絶対に間違えてはいけない訂正です。率直に言って悪意しか感じられません。
新行)悪意しかない。
峯村)一部では「川柳だからいいじゃないか」という擁護論がありますが、選者は朝日新聞のOBであり、しかも最終的には当日の編集長が確認して掲載している。つまり、他の記事と同じく会社の総意として出しているわけです。
出てきた朝日新聞の社説は「これは社説ですか?」という内容のもの
峯村)安倍氏の国葬について反対なのならば、川柳ではなく、社説で正々堂々と論陣を張ればいいのです。ところが、政府が国葬を発表しても、いつまで経っても朝日新聞の社説は出てきませんでした。
新行)国葬が決まったあとも。
峯村)出てきたのは他の新聞よりも周回遅れの6日後です。出てきた社説のタイトルも、
『(社説)安倍氏を悼む 「国葬」に疑問と懸念』
~『朝日新聞デジタル』2022年7月20日掲載記事 より
峯村)……というもので、意味がわかりません。「これは社説ですか?」というような内容です。
自分たちが社説で正々堂々と言えないから川柳という読者の声を使ったのではと疑われてしまう
峯村)反対なら「反対」と鮮明に書いて、論を展開していけばいいのです。しかし、この社説は国葬の経緯や野党の反対論をただ紹介しているだけ。社の「論」が明確ではありません。
新行)なるほど。
峯村)これを考えると、自分たちが正々堂々と社説で言えないから、川柳という読者の声を使って代弁してもらったのではないか、と読者に疑われかねません。
東洋経済オンラインに安倍元総理の中国外交についての記事を掲載
峯村)このような印象操作や感情論ではなく、安倍氏の政策を客観的に分析をしようと思いました。私は安倍氏の外交に関しては、彼と20時間以上議論しているので、「考えて検証していきましょう」と一石を投じたくて今回、東洋経済に記事を書かせていただいたという流れです。
新行)2022年7月24日付の東洋経済オンラインに、『安倍晋三元首相が中国を翻弄した秘策「狂人理論」』という記事を書かれています。
峯村)安倍氏の死去後、米大統領副補佐官(国家安全保障担当)を務めていたマット・ポッティンジャー氏という知人から、「安倍さんの死は本当に悲しい」というメールがきたのです。「日本中が落ち込んでいるのではないか」と彼は言っていました。
「ウォール・ストリート・ジャーナル」に安倍元総理を称える記事が掲載
峯村)そこで「悲しんでいる人もいるけれど、悲しんでいない人もたくさんいる」と返信すると、「何だそれは」と信じられないという反応をするわけです。そうしたら、彼が米紙「ウォール・ストリート・ジャーナル」に安倍氏の外交功績を評価する追悼記事をを書いたのです。
新行)「ウォール・ストリート・ジャーナル」に。
峯村)「インド太平洋構想は、実は安倍氏が考えたものを我々がお借りしてやっているのだ」というようなことを書いてくれた。「最後に亡くなったときすらも、拉致被害者救出のシンボルであるブルーバッジをしていた」という印象的な記事でした。
安倍晋三元総理の対中外交 ~外交の8割は中国のことを考えていた
新行)安倍元総理の対中外交について、その内容ですが。
峯村)安倍さんといろいろ話しているなかでも、頭のなかの8割くらいは外交で、そのうちのさらに8割くらいは中国のことを考えておられたように感じます。
新行)外交のなかの8割は中国のこと。
峯村)安倍政権の1期目のときから「台頭する中国にどう対処するのか」ということを考ええていて、総理退任後も対中政策を常に憂慮していた。だから今回のコラムも、中国問題にフォーカスして書かせていただきました。
中国に対してムチとアメを使いこなす
峯村)安倍外交というと、事実上の対中包囲網となる「自由で開かれたインド・太平洋構想」をぶち上げ、領土問題や台湾問題でも積極的に対処していました。その一方では飴を与えるようなことも行っていました。
新行)その飴の部分というのは?
峯村)習近平氏が打ち出した巨大経済圏構想「一帯一路」がありました。アメリカは反対していたのですが、あえて日本は「条件付きで支持する」ことを表明したのです。
新行)条件付きで支持。
峯村)それによって中国からの対日認識が変わり、2018年に一気に日中関係が改善したのです。そういう硬軟織り交ぜた対応が、いちばん中国人にはワークするやり方なのです。
中国にとって面倒くさいが畏怖する存在でもあった安倍元総理 ~習近平、李克強の両氏からの中身の濃い弔電
峯村)安倍さんがよく言っていたのですが、「中国人は力の信奉者であり、あの人たちは力しか信じないと。そのくせ面子を上げて持ち上げてあげればすぐに機嫌がよくなる」と。
新行)そうなのですね。
峯村)それを安倍さんは「ドン」と「強い日本なのだ」と見せつつ、最後のところで顔を立てるというやり方をしていました。
新行)バランスをうまく取っていると。
峯村)取っていたと思います。安倍氏が急逝した時、習近平、李克強の両氏からの弔電も中身の濃いものだったし、2人が同時に出すということも珍しいといえます。
意図的に過激な発言をしていた安倍元総理 ~中国を動揺させることで上手くマネージする巧みな外交
峯村)中国にとって安倍元総理は、最も面倒くさい政治家でもあるけれど、最も畏怖した存在だったのだろうなと思います。
新行)面倒くさいが畏怖していた。
峯村)こうなると心配なのが、安倍さん亡きあとの外交、特に対中政策がどうなるのかということです。中国側は安倍さんが総理を辞めたあとも、安倍氏の動向に神経をとがらせていました。特に警戒していたのが、安倍氏の台湾訪問でした。。
新行)その動向には注目していた。
峯村)そうなのです。だからここでも「マッドマン・セオリー=狂人理論」という言葉を使ったのは、あえて相手側に「こいつはよくわからない、危ないやつだ」と思わせる。総理をお辞めになったあとも過激な発言をされていたのは、意図的にやっていたのです。
新行)意図的に。
峯村)ある意味、中国側を心理的に揺さぶり困惑させることで、うまく中国をマネージしていた。巧みな外交だったなという印象があります。
安部元総理「安倍外交の神髄を理解しているのは岸田氏だ」
新行)その継承者としては誰がいるでしょうか?
峯村)最近メディアなどで、岸田文雄首相と確執があったのではないかと言われますが、安倍さんから岸田さんの話を聞いていると、仲がいいのです。安倍さんはよく、「安倍外交の大部分は岸田さんが外務大臣として支えてくれていた」ということを、2~3回おっしゃっていました。
岸田総理には安倍外交を発展させて欲しい
峯村)「自分の側で最も長く安倍外交を見ていたし、実行してくれたのは岸田さんだ」ということです。だから最も安倍外交の真髄をわかっているのは岸田さんだったとおっしゃっていました。
新行)岸田総理であると。
峯村)前回の総裁選のときに、最初は高市早苗政調会長を推していましたが、最終的には岸田さんの方にシフトしたのはそういうところがあります。岸田さんにその辺りの自覚をしっかり持っていただいて、安倍外交を発展させる。そのいいところは引き継いでもらい、さらに発展させてもらいたいと思います。
安倍元総理の持っていた2つの「重し」 ~中国へのプレッシャーと自民党右派をマネージすること
新行)安倍元総理がいわゆる「瓶の蓋」というか「重し」である、そういう存在でもあったのだと感じます。
峯村)「重し」には2つの意味があります。対中国に対するプレッシャーとしての「重し」です。「日本には安倍という面倒くさいやつがいるな。強硬姿勢に出ると、、台湾に行くのではないか、憲法改正を進めるのではないか」という抑えとなっています。先ほど言ったマッドマン・セオリーである「不安に陥れる」というファクターです。
新行)プレッシャーとしての。
峯村)そして実はもう1つ、これは安倍さん自身がおっしゃっていたのですが、自分が自民党の右派、「対中強硬派の人たちをしっかりマネージしないといけない」ということです。
新行)対中強硬派の人たちを。
峯村)彼らの声を大事にしないといけない。自民党はあくまでも、右と左がうまくバランスを持って成り立っていると。そのなかで「右の方にリーチしている私が、しっかり彼らの声を汲み取り、彼らの声を政策などに反映させつつ、彼らが暴走したり、変な動きをしたりしないように抑える役割をしないといけないのだ」とおっしゃっていました。そういう意味での蓋の役割を果たしていたのだと思います。
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